第5話 キャンベラ視点で見た転校生ルーク
月光の剣士と、桃色の観測者
秋の風が、塔の高窓から入り込んでくる。少し乾いた空気が、髪の毛をやさしく撫でていった。
新学期の朝、教室の雰囲気はいつもと違っていた。ざわついているわけではない。かといって静かすぎるわけでもない。ただ、空気の層が、いつもより一枚多く重なっているような、そんな感じ。
私は窓際の席に座りながら、教室の扉を見つめていた。
来る。――そう思った。
転校生。しかも「剣聖の息子」らしい。そんな話、信じないわけにはいかなかった。
だって、それがベアトリス=ローデリアの隣の席に来るっていうのだから。
そして、彼は現れた。
音もなく開いた扉。その向こうから、月光をまとったような少年が、まるで物語から抜け出したように歩いてきた。
銀の髪。冷たい瞳。完璧に整えられた制服。……ああ、なるほど。これは、騒がれるわけだ。
「ルーク=キリト。フリューゲン王国よりの留学生であり、剣聖カール=キリトの嫡男だ」
ヴァルト教授の紹介に、教室中が一気に色めき立った。驚きと尊敬と、少しの緊張。けれど、その中心にいるルーク本人は、表情ひとつ動かさない。
鋭い観察眼。それは剣士の資質か、それとも――生き方の結果か。
「今日からこの学院に編入します。……別に目立ちたくて来たわけじゃないので、放っておいてくれて構いません」
声のトーンは低く、そしてどこか尖っていた。私はすぐに気づいた。彼の視線が向いていたのは、生徒たちではない。――ベアトリスだった。
彼女は、何も言わずに微笑んでいた。けれど、その笑みの奥には、きっといくつもの想いが込められている。
「ローデリア嬢の隣だな」
その一言で、ルークの肩がわずかに跳ねた。
おもしろい、と思った。
彼は冷静な仮面を被っているけれど、その下ではちゃんと揺れている。心がある。だからこそ、私は彼を「観測」することにした。
彼はまだ、誰のことも信用していないようだった。
机に視線を落としながら、隣のベアトリスに対しては、どこか素直になれない様子。だけど、時折見せる表情の綻びや、彼女の言葉に真っ赤になる耳――それが、彼がここに「ちゃんと居たい」と願っている証拠だと思った。
……それは、少し前の私と似ていたから。
誰とも話さず、必要以上の会話を避け、感情のない顔をして、ただひとりで居場所を確保していたあの頃。そうやって、自分を守っていた。
でも――ベアトリスが、私を救ってくれた。
薬をくれたとか、病の妹を助けたとか、そういうことじゃない。
それだけじゃ、心までは変わらない。
彼女は、私の孤独を見抜いた上で、あえて明るく接してきた。「無理に話さなくてもいいけど、君は一人じゃないよ」と言ってくれたような、そんな態度で。
ルークも、たぶんそれに気づき始めている。
あの金の薔薇の光に、月光が少しずつ溶けていくのが見える。
ランスロットが茶々を入れ、アルフレッドが熱く語り出し、周囲はどんどん賑やかになっていく。
でも、ルークはその波に飲まれず、ゆっくりと歩き出すつもりのようだ。焦らず、無理せず、だけど心の中では――「仲間になれるだろうか」「この場所にいていいのか」と問い続けているような眼をしていた。
今日の昼休み、私はこっそりと屋上に登った。風が強くて、桃色に染めた髪が舞い上がる。
ベアトリスとルークが、中庭で話しているのが見えた。遠目にだけれど、彼が少しだけ笑ったのがわかった。
あの笑顔を、彼自身が「許せる」と思えるようになるまでには、少し時間がかかるかもしれない。でも、きっといつか。
私は、自分の指先を握りながら小さく呟いた。
「ルーク=キリト。あなたは強いけれど、弱い。でも、その弱さが、あなたの優しさなのだと、私は思う」
私は見ている。ちゃんと、あなたを見ている。
――そして、もしあなたが望むなら、手を貸す準備も、ある。
新学期の教室は、色彩にあふれている。
赤い髪の情熱。青い髪の静けさ。金の髪の光。桃色のぬくもり。そして、銀色の月光。
その中で、ルーク=キリトという転校生は、少しずつ、確かに自分の場所を探していた。
彼の歩幅はゆっくりだ。でも、その一歩一歩には、剣士としての覚悟と、少年としての不器用な優しさが宿っている。
――大丈夫。ここは、もうあなたの居場所だ。
そう心の中で思いながら、私はまたページをめくった。魔導理論の本の活字が、風にさらわれて、どこか遠くへ飛んでいくようだった。
秋は、出会いの季節。
そして――月光の剣士が、再び誰かと「繋がる」ための、始まりの朝だった。




