表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/72

第2話 ベアトリス、ルークと挨拶する。


『月光の剣士、再会の朝』


 新学期初日。王都学院の朝は、どこか浮き立つような喧騒に包まれていた。


 寮の食堂では、夏休みの土産話や噂話が飛び交い、パンの香ばしい香りと紅茶の香りが入り混じる中、生徒たちは思い思いの笑顔で再会を喜んでいた。


 その中央に、ひときわ目を引く姿があった。


 銀髪がさらりと揺れる。制服の上着はぴしりと整えられ、その背筋は凛としてまるで剣のよう。切れ長の瞳が人波を静かに見渡し、その瞳の奥に、迷いもためらいもなかった。


 「――ルークだ!」


 誰かの声が上がる。


 食堂の一角が、ざわめきに包まれた。


 「えっ、あの転校生って……ルーク=キリト!? あの剣聖カール=キリトの息子……!」


 「てか、女の子じゃなかったの……?」


 「違うって! 男の子! ていうか、なんで銀髪!? カッコよすぎんだけど……!」


 騒ぎの中心にいるのは、明らかに場慣れしていない様子の転校生――ルーク=キリトだった。彼は額に一筋の汗を浮かべながら、目を逸らして言った。


 「……騒ぐな。別に目立ちたくて来たわけじゃない」


 ツンとした声音。だがその口調の端には、わずかな照れが混ざっていた。


 「夏休みに見た時より、髪が伸びたわね」


 その柔らかな声に、ルークの肩がびくりと動く。


 ベアトリス=ローデリア。王都学院の金の薔薇と謳われる令嬢は、白いマントをはためかせ、すらりと立っていた。夏の日の光のように、優しく、そして確かな自信を漂わせた姿。


 「……ああ。切る暇がなかっただけだ。別に、君の好みに合わせたとか、そんなんじゃない」


 ルークはわざわざ否定してから、そっぽを向いた。


 「ふふ、言ってないわよ。――でも、よく来てくれたわね、ルーク。新学期からこっちの学院って、結構な決断だったんじゃない?」


 「……ま、まあな。親父に無理やり押し込まれた感はあるけど……」


 そう言いながら、ルークの表情にふと懐かしさがよぎる。


 「――ベアトリス。あのときのこと、覚えてるか?」


 「あのとき?」


 「夏の森だよ。フリューゲンとゲルマンドの国境近く。――お前が親父と戦った、あの窪地」


 食堂の周囲が水を打ったように静まり返る。


 ルークの父、剣聖カール=キリト。剣の達人として名高い彼と、学院生でありながら一戦交えた少女――それがベアトリスだった。


 「……ええ、覚えてるわ。あの時は……ほんとに、恐ろしい戦いだったわ……」


 「まー、強烈な戦いだったな」


 ルークの声はどこか誇らしげだった。けれど、それだけではなかった。


 「親父がさ、その場所に最近行ったんだって。そしたら、窪地に水が溜まってて、池になってたって言ってた」


 「池に?」


 「ああ。剣気で地形が変わって、水脈が流れ込んで、静かな水面になってるって。親父、言ってたよ。『あの子は、ただの貴族令嬢じゃない。自然すら形を変えるほどの力を持った子だ』って」


 ベアトリスは少し目を伏せた。夏の記憶が、心の奥に蘇る。


 あのとき、自分の魔力と剣気をぶつけることで精一杯だった。でも――


 「そんな場所が、今も残ってるんだ……」


 「親父、あそこを“月影の池”って名付けたんだ。……お前と戦った時の月が、忘れられないんだとさ」


 「……変な人ね」


 「まあ、あいつなりの敬意ってやつだよ。――それに、池のほとりに咲いてた花の名前、覚えてる?」


 「ええ。ミリシア。夜明けにだけ咲く、青白い花」


 「親父、それ持って帰ってきた。今、家の庭に植えてある。……お前が咲かせたって言ってた」


 沈黙が流れた。


 でもそれは、ぎこちないものじゃなかった。むしろ、優しさと懐かしさが同居した、ふたりだけの間に流れる静かな時間だった。


 「……まあ、そんな感じで。親父から“挨拶しとけ”って言われてる。お前と戦えたこと、一生誇りに思ってるってさ」


 「……こちらこそ、光栄だわ。ふふ、カールさんらしい言い方」


 ルークは一つ咳払いをすると、再び照れ隠しのように視線を逸らす。


 「べ、別に、思い出話をしにきたわけじゃない。ただの報告であって……それ以上の意味なんかないからな!」


 「ええ、わかってるわ。でも……会えて嬉しい。こうして、また同じ学院で学べるなんて、思ってなかったもの」


 「っ……!」


 ルークの顔が、途端に真っ赤になる。


 「そ、そんなこと、……急に言うなよ!」


 「なにを? 素直に言っただけよ?」


 「くっ……この女、ホント、どこまでも油断ならない……!」


 アルフレッドとランスロットが、端の席で同時にコーヒーを吹き出した。


 「やっぱ、あいつら……夏休みになんかあったな……?」


 「確定だな。にしても……なんだこの甘酸っぱさ」


 キャンベラは冷静な顔でパンにバターを塗りながら、ぼそりと呟いた。


 「――この学院、もう静かには過ごせない気がする」


 そして、食堂の窓の外、東の空に、朝日が差し込んだ。


 新学期は始まったばかり。


 ベアトリスとルーク。夏に芽吹いた“なにか”は、静かに、けれど確かに、新たな季節を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ