第2章 第1話 ゲルマンド王都学院に新学期がはじまる。
『新学期、魔塔にて』
朝の光が王都の中心、黄金の魔塔を淡く染める。塔の最上階に位置する王都学院は、長い夏の終わりを迎え、新たな学期の始まりを告げる鐘を鳴らしていた。
食堂の扉が勢いよく開き、赤いマントをひるがえして飛び込んできたのは、バルグレイン侯爵家の嫡男、アルフレッドだった。
「おいベア、朝からそんな難しい顔してると、肉が逃げるぞ!」
そう言って、アルフレッドはどさっとベアトリスの向かいに腰を下ろす。髪は以前の銀から、燃えるような赤に染まっていた。夏の間、故郷の山で修行を積んできたという彼の肌は日焼けし、以前にも増して逞しさを帯びている。
ベアトリス=ローデリアは、彼の顔を見るなり、ふっと微笑んだ。
「夏休み中に、肉に取り憑かれたようね。……その髪、まるで炎の精霊みたい。」
「流行ってるんだろ? 王都じゃ今、髪色変える魔法が人気なんだってさ。ほら、見てみろよ」
アルフレッドが顎で示した方を見ると、青いローブを翻して現れたのは、ランスロット・グラディウス。彼もまた、新学期に合わせて髪色を変えていた。深い藍色の髪は、空のように澄み、朝の光を柔らかく跳ね返している。
「おはよう、みんな。やっぱり流行ってるね、髪色チェンジ。僕も試してみたよ。ちょっと派手かな?」
「似合ってるわ、ランスロット。あなたらしい色だと思う」
ベアトリスがそう言うと、ランスロットは少し照れくさそうに笑い、トレーに乗せたクロワッサンをそっと彼女の前に差し出した。
「はい、これ。新作のハニーアップルクロワッサン。君、甘いの好きだったよね?」
「ありがとう。……やっぱりスイーツ仲間は侮れないわね」
そのやり取りを見ていたアルフレッドが、少し面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「まったく、お前らは朝から甘すぎるんだよ」
そんな彼の隣に、静かに腰を下ろしたのは、キャンベラ=フェルノだった。
「騒がしい朝ね。……あなたたち、変わりすぎじゃない?」
桃色の髪を軽く揺らしながら、彼女は冷めた口調で言う。だが、その瞳には以前とは違う柔らかさがあった。かつての“冷血特待生”の面影は薄れ、今やベアトリスと自然に会話を交わせるようになっていた。
「キャンベラこそ。髪色、かわいいじゃない。すごく似合ってる」
「べ、別に、流行に乗ったわけじゃ……ちょっと、妹に勧められて」
「ええ、妹さんのセンス、なかなかのものね」
そう言ってベアトリスが微笑むと、キャンベラはわずかに頬を赤くし、視線を逸らした。
食堂の窓からは、青く澄んだ空が見える。まだ暑さの残る朝だったが、学生たちの間には新学期の高揚感が満ちていた。
「ところでさあ……聞いた? 転入生の話」
アルフレッドが声をひそめて言うと、ランスロットが目を輝かせて応じた。
「うん、聞いたよ。隣国フリューゲンから、特別な推薦で来るらしいって。しかも、王族に近い身分だとか」
「またそういう噂を信じて……どうせ、普通の貴族の子じゃないの?」
キャンベラが冷静に返すが、その表情にはどこか興味の色も混じっていた。
フリューゲンといえば、王国の西に広がる大森林と雪山を越えた先の隣国。剣聖カールが有名であり、最近は友好使節団の交流も盛んになっている。
「フリューゲンって、ローデリア家との国境の先にある国だよね。夏休みにちょっと近くまで行ったわよ」
ベアトリスが思い出したように言うと、周囲の空気がぴんと張り詰める。
「その転入生……ベアトリスの関係者ってこともあるのか?」
「わからないけど、もしそうだったら……面白くなるわね。この学院、また何かが始まる予感がする」
そう語るベアトリスの瞳は、どこか遠くを見つめていた。まるで、まだ見ぬ未来を見通すように。
「おいおい、なんかベアトリスが不吉なこと言いだしたぞ。頼むから、今年こそ平和な学期にしてくれよな!」
アルフレッドが両手をあげて叫ぶと、みんなの笑い声が食堂に広がった。夏の間、しばし離れていた仲間たちが、再びこうして集い、騒ぎ、語り合う――それは魔塔の朝にふさわしい、明るく力強い始まりだった。
その時、ふいに食堂の扉が再び開いた。見慣れぬ制服、白銀の髪を風になびかせた少女が、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「……まさか、もう来たの?」
誰かがそう呟いた。
そして始まる、新たなる波乱と友情と、魔法の物語。




