第48話 ベアトリス、フェンリルをもふもふする!
フェンリルと名乗った子犬姿のユゥと、銀髪の少年
ドラゴンを倒したベアトリスは、白銀のもふもふに向き直り、やさしく手を伸ばした。
「うふふ……よしよし、怖かったわねえ、いい子、いい子……」
もふもふ。もふもふもふ。
その毛並みは思った以上に柔らかく、ふわふわで、ほんのりといい匂いさえする。癒される。魔法の研究で固くなった肩も心も、すべてがとろけるようだった。
「そういえば、お名前……どうしましょう?」
ベアトリスは両手で子犬を持ち上げ、じっと顔を覗き込む。
「うーん……そうね、『ユゥ』とか、どうかしら。短くて呼びやすいし、柔らかい音がとても可愛いですわ!」
すると――。
白銀の子犬が、ふわりと宙に浮いた。
「……え?」
光が彼女の体から溢れ出す。淡い金と白の光の粒が周囲を包み込み、風がさざめくように、音もなく舞った。
そしてその光が、ベアトリスの胸元のペンダントに触れた瞬間――。
「――契約、完了」
少女の声が頭の中に直接響いた。
「わたしの名前は……ユゥ、ね。女の子よ。あなたの名前は?」
「えっ……? い、いま、喋った? えっ、しゃべった? い、犬が……!」
思わずユゥを地面に落としそうになって、慌てて抱き直すベアトリス。
「ちがいます、わたしはフェンリル族です。神獣の血を引く、誇り高き……もふもふです」
「もふもふ自称した!? かわいい!!」
混乱と萌えが同時に押し寄せてきて、ベアトリスの理性はあっという間に蒸発しかけていた。
だが、そのときだった。
山の斜面を駆け上がる足音と共に、冷たい声が響いた。
「――そこの女、うちのフェンリルから離れろ!」
振り返ると、そこにいたのは――
銀髪の少年だった。
切れ長の目、整った顔立ち。肩まで届く銀髪が風に揺れ、その姿はまるで月光を纏った剣士のようだ。
彼もまた、ベアトリスと同じくらいの年齢に見えた。
しかしその視線は鋭く、手には鞘に収まった剣を携え、油断のない構えでこちらを睨みつけていた。
「……フェンリル?」
ベアトリスはそっとユゥを抱え直す。
「この子のことかしら?」
「その通りだ。彼女は俺の相棒――なに勝手に名付けて契約してるんだ!」
「え? でも、ユゥが『わたしの名前はユゥです』って言いましたわよ?」
「それは……! 名前を呼ばれたら、フェンリルは契約が成立する。そういう“種族の特性”だ!」
少年が叫ぶ。どうやら、フェンリル族との契約は、名を与えられることで発動してしまうらしい。
「ふむふむ、では……契約完了ですね。よし、今日からあなたはうちの家族ですわね、ユゥ!」
「ええ!? 話聞いてた!?」
「聞いてましたけど、もう契約完了したんですもの。仕方ありませんわよ? わたくし、契約には責任を持つ主義ですの。ふふ、バーベキュー用にちょうどよい仲間も増えましたし」
「BBQ!? 戦利品の肉目当てで契約したのか!?」
少年は憤慨しながら剣に手をかけるが、ユゥがぴょんと彼の前に飛び出して止めた。
「や、やめてルーク。このひとは悪い人じゃないわ! ドラゴンから助けてくれたの!」
「……ユゥ。おまえ……」
ルークと呼ばれた少年の顔に、かすかに葛藤の色が浮かぶ。
「……でもな、これは大事な契約なんだ。俺たちの領地では、フェンリルと契約するのは、選ばれた者だけ。こんな、変な女に――」
「変な女とは失礼ですわね?」
ベアトリスは微笑を浮かべたまま、手に光を灯す。
「わたくし、ベアトリス・ローデリア。ローデリア辺境伯家の長女にして、王立魔術学院主席、ドラゴンを一撃で仕留める魔法の使い手にして、もふもふを愛する者です」
「も、もふもふを愛する……?」
「ええ。むしろ、ユゥを粗雑に扱うそちらの態度のほうが、契約者としては相応しくないのでは?」
ベアトリスは胸を張って堂々と宣言する。
「わたくしはユゥに名前を与え、命を救い、契約を受け入れた。ならばもう、彼女は“わたくしのもの”ですわ」
ルークはしばらく沈黙していたが――
「……くっ。いいだろう。ならば認めさせてもらう。おまえが“本当に”彼女の主に相応しいかどうかをな!」
「ふふ、望むところですわ」
こうして、奇妙な出会いと勘違いから始まったベアトリスとユゥ、そしてルークの関係は――まだまだ波乱に満ちた物語の始まりだった。




