表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!レベル99になってシナリオをぶち壊す!  作者: 山田 バルス
第一章 ベアトリス、レベル99の少女編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/119

第46話 キャンベラ、ナースソルト動物王国の思い出!

ナースソルト動物王国 ―キャンベラの手記―



 山の空気は、肌を冷やすほどに澄んでいた。

 ナースソルト高原での戦いのあとは、汗と血の臭いがわたしたちを包んでいたけれど、それを洗い流した今は、まるで違う世界に来たかのようだった。陽光はやわらかく、風は涼やかで、馬車の車輪が草を踏みしめるたびに、心がゆるむような音がした。


「ついたーっ!」


 ランスロットの声が、世界に色を塗るように響いた。

 馬車から降り立つと、目の前には大きな木造ゲート。その上には、笑顔の動物たちが描かれた看板――《ようこそ! ナスソルト動物王国へ》。


 ベアトリスが歓声を上げながら駆けていく。その背中を目で追いながら、私はゆっくりと歩き出した。旅の疲れは、まだ足元に残っている。でも、ここではその疲れすら、少しずつ癒えていくような気がした。


 最初に現れたのは、氷の小屋でくつろぐペンギンたち。

 ふらりと立ち止まったベアトリスは、しばらく言葉もなくその姿を見つめていた。


「……わたし、小さい頃、母に連れられて田舎の動物園に行ったことがあるの」


 ふいに話し始めた彼女の横顔は、どこか懐かしさに包まれていた。

 ペンギンが手袋を拾ってくれた話、泣いてしまったこと、そして嬉しかったこと。

 そのすべてを、彼女は淡々と語った。けれどその声は、揺れていた。


「……優しい子ね。あなたも、そのペンギンも」


 気づけば、自然とそんな言葉が口からこぼれていた。

 私はベアトリスのように素直に感情を語ることができない。だからこそ、彼女が過去の思い出を打ち明けてくれたことが、心に深く沁みた。


 ふれあい広場では、アルパカがのんびりと草を食み、ヤギたちが首をのばして柵の外を覗いていた。

 ランスロットはアルパカに顔を埋めようとし、アルフレッドは静かにポニーのたてがみを撫でている。


 私はといえば、その喧噪から少し離れたところで、柵の向こうに見える狼のエリアを見つめていた。


 ――北方の灰色狼。


 噂では、凶暴で、人の気配にさえ牙をむくという。けれど、目の前の狼は違った。確かに体は大きい。でも、その瞳には静かな光が宿っていた。まるで、すべてを受け入れているかのような、そんな優しさがあった。


「うん……でも、なんだか目が優しい気がする」


 隣に立つベアトリスがぽつりと呟いた。

 彼女の言葉が、わたしの思いと重なるのが、なんだか少し嬉しかった。


 午後の牧羊犬ショーでは、笛の合図に合わせて犬たちが駆け、跳び、吠えた。

 観客席に座るランスロットは、ひとつひとつの演技に大きな声で反応している。普段の彼の剣の腕前からは想像できないほど、子どものようなはしゃぎぶりだった。


「ランスロット、もう少し落ち着いて……って言いたいけど、まぁわかるわ」


 誰よりも純粋に楽しんでいるその姿に、自然と微笑みが浮かんだ。


 昼食は園内の小さなレストランで。

 地元のチーズやミルクをふんだんに使った料理は、どれも滋味深くて、舌だけでなく心までも満たしてくれた。わたしはミルクシチューを選び、ベアトリスは野菜のキッシュ、ランスロットは肉料理に舌鼓を打っていた。アルフレッドは、食事中もどこか静かで、しかし満足げに微笑んでいたのが印象的だった。


「このチーズケーキ、ぜったい買って帰る!」


 ランスロットはそう言って、スイーツ売り場で箱入りを即購入していた。子どもみたい、と言えばそうだけれど、その素直さが、どこか羨ましくもある。


 ショップでは、わたしもつい手が伸びた。

 灰色狼のイラストが描かれたマグカップ。よく見ると、瞳まで丁寧に描かれている。妹が狼好きだったことを思い出し、そっと手に取った。


「ふふ、それ似合ってるわ。私は……この狼のマグカップにしようかな。妹が狼好きだから」


 誰にともなく呟いた言葉に、ベアトリスがにこりと笑った。

 彼女は、幻の猫「ナールイネコ」のトートバッグを選んでいた。耳がくるんと丸まった猫。そのイラストは、なんとなく彼女に似ているような気がして、わたしも思わず笑みをこぼした。


 帰り道。馬車に揺られながら、空は夕焼けに染まり、頬を撫でる風が一層冷たくなっていた。けれど、心は不思議と温かかった。


「今日は……いろんな命に触れた気がする」


 ベアトリスが呟いたその言葉に、わたしは大きく頷いた。


「それを忘れないようにしたいわね。魔術も剣も、命を守るためにあるものだから」


 ――そう。わたしの魔術も、学びも、そしてこの旅も。

 何かを壊すためではなく、誰かを守るためにあるものだと、改めてそう思った。


 宿に着くころ、空にはいくつかの星が瞬き始めていた。

 夜風に混じって、微かに風鈴の音が聞こえた。


 どこか、遠い日の記憶と重なるような、優しい音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ