第44話 ランスロット、高原の風、夏の匂い
高原の風、夏の匂い――ランスロットの手記
ナースソルト高原に着いた瞬間、俺は「来てよかった」って、心の底から思った。
王都の夏は、なんていうか、息を吸うのも苦しいくらいだった。石畳の街は熱を溜め込んで、昼を過ぎれば照り返しが肌を焼く。どこへ行っても人だらけで、喧騒と暑さで気が滅入る。それに、最近はちょっと……色々と気を張ることも多くてさ。仲間が増えたり、魔法の訓練もあったり。楽しいけど、やっぱり疲れることもある。
だから、ベアトリスが「高原に行きたい」って言い出した時、正直大賛成だったんだ。
馬車でぐんぐん坂を上っていって、やっとたどり着いた場所――その光景は、想像を遥かに超えてた。雲が、俺たちの足元に広がっていたんだぜ? まるで空の上に立ってるみたいで、風が涼しくて、肌に触れるたびに全身が喜んでるようだった。ベアトリスが窓から身を乗り出して「見て、雲が下にあるよ!」ってはしゃいでて、それがまた嬉しそうでさ。ああ、こういう時間、いいなって思った。
空気が違う。鼻の奥に草の香りが残って、胸の奥までスッとする。王都の空気とは、全然別物だった。
キャンベラも、アルフレッドも、ベアトリスも、それぞれ違う反応してたけど、みんなこの場所を気に入ってるのはすぐにわかった。特にアルは、こういう静かな場所が似合う。荷物持ちながら黙って景色を見てる背中が、なんだか絵になってた。
俺はっていうと、もう完全に旅人気分だった。ストローハットなんて普段はかぶらないけど、この時ばかりは似合ってるって自信があったぞ。たぶん、な?
旅館に着いて、まず驚いたのは“かき氷”だった。いや、あれはもうスイーツってより、芸術だよ。ガラスみたいに透き通った氷が、ふわふわに削られてて、地元のフルーツや抹茶蜜がのっかってるんだぜ? 口に入れた瞬間、サラッと溶けてなくなって、「え? 今、本当に食べた?」ってくらい儚かった。
俺は調子に乗って「ミックス全部のせください!!」って叫んじまったけど、店主のおじいさんが笑ってくれて、なんだか嬉しかったな。
キャンベラが「これは自然の魔法」って言ってたけど、ほんと、その通りだと思った。あれは魔法だ。氷の精霊が作ったって言われても、信じるくらい。
それから、露天風呂も最高だった。丘の中腹にある岩風呂ってだけでロマンあるのに、湯けむりが木々の間から立ち上って、風が時々ふっと吹き抜けてさ。身体中が溶けそうなくらい気持ちよかった。
「ぅぅ~……極楽、極楽……」って思わず声が出ちゃったけど、隣のアルが目ぇ閉じて「静かにしろ」ってぼそっと言ってきてさ。でも、あいつの声もなんか柔らかくて、ぜんぜん怒ってる感じじゃなかった。
俺は思ったんだ。こういう瞬間が、いちばんの贅沢なんじゃないかって。
女子たちの方も楽しんでる声が聞こえてきて、なんか安心した。ベアトリスもキャンベラも、普段はそれぞれ違った意味で気を張ってるようなところがある。でも、その夜は二人とも、心からリラックスしてる感じが伝わってきた。湯気越しに響く笑い声って、なんであんなに心地いいんだろうな。
夜になって、星を見た時のことは、たぶん一生忘れられない。
旅館の庭の縁側に座って、水出し茶を飲みながら、見上げた空。びっくりしたよ。王都じゃ見えないような星が、まるで近づいてくるみたいに、空いっぱいに広がってた。流れ星も見えたんだ。
「願い事しないの?」ってベアトリスが聞いて、キャンベラが「今、十分すぎるほど幸せだから」って答えた時……なんか、胸の奥がじんとした。
俺も思った。ああ、いま、ほんとにいい時間を過ごしてるんだなって。
アルが「明日、朝霧の谷を歩かないか」って言った時も、すぐ「行く!」って答えた。たぶんみんな、同じ気持ちだったと思う。この時間を、もう少しだけ延ばしたいっていう気持ち。
あの夜、風が木の葉を揺らしてた。虫の音が心地よくて、街の喧騒も、任務の重圧も、遠くに追いやられたようだった。何も考えずに、ただみんなで笑って、同じ空を見ていた。そんな時間が、何より尊いんだって……初めて、心の底から感じたんだ。
旅は、目的地に着くことが大事なんじゃない。誰と、どんな風にその時間を過ごすか。きっとそれが、旅の意味なんだろうなって。
ナースソルト高原は、俺にとって“もうひとつの夏休み”になった。特別な冒険も、戦いもなかったけど、心の奥に残る時間だった。
帰りの馬車で、また雲の上を走った。窓から顔を出すベアトリスの笑顔が、風に揺れていた。キャンベラはうとうとしてて、アルは静かに本を読んでた。みんな違って、みんな、同じ気持ちでいたと思う。
――また、来ような。あの星空の下で、もう一度、笑い合いたい。
次は……雪見風呂だってさ。へへ、今から楽しみだ。
俺の“夏陽の風”は、きっとあの高原に、ずっと吹いてる。




