第41話 ベアトリス、ジビエ料理を楽しむ!
夏陽の風 ―ナースソルト高原・二日目
朝の光が木々の隙間から差し込んでいる。ナースソルト高原の夜明けは、どこか特別だ。まるで世界がまだ静寂の中にいるような、そんな不思議な空気が漂っていた。
「……ん~……いい匂い……」
ベアトリスが目を擦りながら、縁側に座る。すでに朝食の準備が整い、香ばしい匂いが旅館の中庭まで流れてきていた。炭火で焼かれる魚と、山菜の味噌汁の香り。ヤマメの塩焼き、イワナの骨酒、季節の山菜の天ぷら――。朝から豪華だが、高原の澄んだ空気と合わせると、不思議と胃が自然に動き出す。
「おはよう、ベアトリス。寝癖、すごいわよ」
キャンベラがタオルを手にして微笑んだ。今日もすっぴんのままなのに、どこか涼やかな雰囲気を纏っている。
「うー、直してくる~」
バタバタと洗面所に駆け込むベアトリスを見送りつつ、ランスロットが朝食の席につく。
「ふっふっふ。今日はイワナ二匹ゲットできたからな、俺が一番乗りだぜ!」
「寝坊したくせに……」
アルフレッドが呆れ顔で続いたが、その口元には微笑みが浮かんでいた。
朝食を楽しんだあとは、旅館から伸びる遊歩道を歩いてみることにした。木立の中を抜け、小川を渡り、やがて吊り橋へと辿り着く。橋の先には岩場が広がり、川のせせらぎと鳥の声が重なって、まるで絵の中に入り込んだようだった。
「すごい……! 吊り橋って、こんなに揺れるんだ!」
ベアトリスが歓声を上げながら、橋をそろそろと渡っていく。
「ほら、キャンベラも早く~!」
「私はゆっくり行くわ。こういうの、苦手なのよ……」
慎重に手すりを掴みながら進むキャンベラの姿に、後ろのランスロットが思わず吹き出す。
「え~、意外だな。魔法で空も飛べるのに?」
「飛ぶのと揺れるのは別問題よ!」
渡り終えた四人は、吊り橋の先に広がる河原へと降りていった。そこはまるで、自然が用意した遊び場だった。平らな石が並び、浅瀬には小魚が泳ぎ、時折跳ねる水音が耳に心地いい。
「よしっ、水切り勝負しようぜ!」
「やるなら手加減なしよ?」
アルフレッドとランスロットが石を投げては数回跳ねさせ、ベアトリスは水辺で小魚を追いかけ、キャンベラは岩陰に腰掛けて本を読み始める――。それぞれが、思い思いの時間を楽しんでいた。
だが、その静寂は唐突に破られる。
「た、たすけてぇぇぇーっ!!」
「く、クマだーっ! 魔獣のクマがぁぁ!」
川の上流から、駆け下りてくる村人たちの叫び声が響いた。振り返ると、確かに山道の影から、黒々とした巨体が姿を現す。熊のような姿だが、背中には岩のような甲殻、そして目は赤く光っている。
「クマの魔獣……ッ!」
ランスロットがすばやく腰の剣を抜き、ベアトリスを背後に庇う。
「皆、離れて! これはただの獣じゃないわ。魔力を帯びてる……!」
キャンベラが杖を構え、魔法の詠唱を始める。アルフレッドは手際よく魔術式を展開し、空間を固定する結界を張る。
「くっ、突進してくるぞ!」
魔獣が咆哮し、地面を蹴って突進してくる。その質量と勢いはまるで暴風のようだった。
だが、四人はすでに動いていた。ランスロットが魔獣の正面に立ち、太刀筋で注意を引きつける。その間にアルフレッドが封印術を組み上げ、足元に魔法陣を展開。ベアトリスは支援魔法で防御力を高め、キャンベラの氷の魔法が魔獣の脚を凍らせる。
「今だ、ランス!」
「おうっ!」
ランスロットの剣が閃き、魔獣の首筋に深く突き刺さる。次の瞬間、魔獣は絶叫とともに崩れ落ち、静寂が戻った。
「……ふぅ。無事か、皆」
アルフレッドが安堵の息をつくと、ベアトリスが目を丸くして言った。
「すごい……! 本当に倒しちゃった……!」
「これが“避暑”ってやつかよ……」
ランスロットが笑いながら剣を納めた。
村人たちが礼を言いながら駆け寄ってくる。どうやら近くの森で暴れていたらしく、狩猟もままならなかったのだという。
その日の夕方、旅館に戻った四人を待っていたのは、思いがけないごちそうだった。
「今日は特別に、山の幸のフルコースをご用意しましたよ。先ほどの魔獣――あのクマの肉も、特別に処理してます。クセは強いですが、香草で漬ければ絶品です」
「ま、マジで……?」
ランスロットが驚きの声を上げる。食卓には、鹿肉のロースト、イノシシの味噌煮、そしてクマ肉のグリル。まさに“山の宴”だ。
「これが……山のフルコンボ……!」
ベアトリスが目を輝かせて肉を頬張る。
「んん~っ、ジビエ最高っ! あ、でもやっぱり鹿肉が一番食べやすいかな~。イノシシも捨てがたいけど……クマ肉、意外と柔らかいかも!」
「お前、よくそんなに食えるな……」
ランスロットが苦笑しつつも、彼もまた箸が止まらない。アルフレッドは静かにワインを傾け、キャンベラは一口ずつ、肉の味を丁寧に確かめるようにしていた。
「こういう旅も、悪くないわね……」
「うん、最高の夏休みだよ」
ベアトリスが笑い、夜風がふっと吹いた。縁側の風鈴が鳴る。その音色に包まれて、ナースソルト高原の夜は、また静かに更けていった。




