第32話 ベアトリス、スイーツを堪能する!
◆アフターエピソード:『妖精のきらめき』と勝者の余韻
ランスロットとの魔法決闘を終え、学院を後にしたベアトリス・ローデリアは、上機嫌で城下町を歩いていた。
「予約、ちゃんと取れてるのよね? 本当に、あの子ったら意地張っちゃって……でも、まあ感謝はしてあげなくもないわ」
風に揺れる金の巻き髪。制服の上から羽織った白いケープが、春の夕風にふわりと舞う。彼女の足取りは軽い。戦いの疲れも、勝利の余韻に溶けてしまったかのようだった。
目的地——『スイーツサンシャイン』は城下町の路地裏にひっそりと佇んでいた。看板の妖精のイラストは、今日の限定ロールケーキの名にぴったりで、彼女の胸の期待をより一層膨らませた。
「ふふ……ついに、この時が来たのね」
ドアを押して店に入る。上品な鈴の音と共に、香ばしいカラメルとバニラの香りが彼女を迎えた。
「いらっしゃいませ、ベアトリス様。お待ちしておりました」
迎えたのは、落ち着いた雰囲気の中年女性スタッフ。ランスロット家の名が効いたのか、対応も極めて丁寧だ。
「今日の予約席は——こちらですね?」
通されたのは、奥の窓際の特等席。陽の傾いたオレンジの光が、テーブルクロスを優しく染めていた。
ベアトリスは席につき、膝にナプキンを置く。テーブルの上には、すでに銀のフォークとナイフ、そして本日の主役——『妖精のきらめき』と名付けられたロールケーキが運ばれていた。
薄く透けるピンク色のクリームに、砂糖菓子でできた羽が飾られ、まるで本物の妖精がそこに佇んでいるかのよう。
「……綺麗」
その一言に尽きた。しばらくの間、ベアトリスは何も言わず、ただスイーツを見つめていた。彼女の中の“伯爵令嬢”としての矜持と、“ただの甘いもの好きな少女”としての本音が、静かに交差する。
(あの戦いがなければ、きっと今日この席には座れてなかった。まさか魔法で勝負してまでスイーツを食べる日が来るなんて……でも、後悔なんて一ミリもしてないわ)
「いただきます」
フォークで一口大に切り取ると、ふわふわのスポンジと、とろけるようなクリームが口の中で溶けていく。甘すぎず、軽すぎず、まさに妖精の舞踏のような味わい。
「……最高」
ぽつりと呟いたその声は、誰に聞かせるでもない、本心そのものだった。
しばらく夢見心地でスイーツを堪能したのち、彼女はカップの紅茶に口をつける。ケーキの甘さを引き立てるようにブレンドされた茶葉の香りが、余韻を深くする。
(あのランスロットも、案外役に立つじゃない)
思い出したのは、敗北に打ちひしがれた彼の姿。だが、それ以上に印象に残ったのは、彼の魔法の完成度の高さと、悔しさに滲む真摯な瞳だった。
「ふふ……また挑んできたりして。今度はチョコレートパフェでも賭けてみようかしら」
自分でも呆れるほど、スイーツのことばかり考えている。けれど、これがベアトリス・ローデリアという少女の“素”なのだ。
——その時。
テーブルに置かれた小さな包み紙に気がついた。中を開けると、一通の手紙と共に、小さなキャンディが入っていた。
『次は負けない。約束どおり、予約はちゃんと通しておいた。味の感想は——気が向いたら教えてくれ。ランスロット・グラディウス』
「……ふうん」
思わず笑みがこぼれた。
「やっぱり、憎めないわね」
彼女はキャンディを口に含む。ベリー系の、少しだけ酸っぱい味。まるでランスロットの性格を表しているかのようだ。
(さて……)
紅茶を飲み干し、立ち上がったベアトリスは、店を出る前にスタッフへ一言告げる。
「来月の限定ケーキの情報、出たらすぐ知らせてちょうだいな。予約はまたその時に考えるわ」
「かしこまりました、ベアトリス様」
店を後にし、夜風の中を歩く帰り道。空には小さな星が瞬いていた。
「……あの子も、少しは男らしくなったかしらね」
ふと、何かが始まる予感がした。
それが甘い恋の予感なのか、次なる勝負の始まりなのかは、まだ彼女自身にもわからなかったけれど。
ただ一つ確かなのは、今日の『妖精のきらめき』が、今までのどんなスイーツよりも“心に残る味”だったということ。
「ふふっ……また勝っちゃうかもね、私」
そう呟く声は、夜の王都に溶けていった。
こうして、スイーツと勝利を愛する伯爵令嬢の、華やかなる日常は、今日もまた一ページを加えるのだった。




