第26話 シャルル、ベアトリスに会いに行く!
王立学院の春は、いつも新たな出会いと、淡い別れの香りを運んでくる。
その日の昼下がり、ルクレツィア王女はシャルル=フォンティーヌの様子がどこか落ち着かないことに気づいた。
「どうしたの? 名簿の整理は終わったのかしら?」
「……はい。すぐに仕上げます」
返事はしたものの、シャルルの指先はどこかぎこちない。王女は不思議そうに首を傾げる。
学院の新入生名簿には、確かに見覚えのある名があった。――ベアトリス=ローデリア。シャルルの婚約者だった少女の名だ。
「……シャルル、ベアトリス嬢が魔法コースに進んだこと、知っている?」
「……魔法、ですか? 淑女科ではなく?」
その瞬間、シャルルの眉が明らかに動いた。王女はその反応に驚く。
「ええ。驚いたわ。辺境の名門のご令嬢が、あえて魔法の道を選ぶなんて」
「…………」
シャルルは答えなかった。代わりに、急に立ち上がると、王女に頭を下げた。
「ルクレツィア様、ひとつお願いがあります。少しだけ時間を頂けませんか。……彼女に会って、話をしてきたいのです」
王女はその真剣な表情に圧され、ゆっくりと頷いた。
「……ええ、いいわ。だけど、失礼のないようにね」
学院の東棟――魔法コースの実習場近くの庭園で、シャルルはベアトリスを見つけた。
春風に揺れる桃色のドレス。けれどその手には魔術書があり、少女の瞳はまっすぐに頁を追っていた。
「……ベアトリス嬢」
その声に、ベアトリスは顔を上げた。驚きも、喜びも、戸惑いもなかった。
「……はい。どなたでしたかしら?」
シャルルはその一言に小さくたじろいだ。
「シャルル=フォンティーヌです。……久しぶりですね」
「そうでしたか。お久しぶりです」
彼女の返答は、まるで他人行儀だった。まるで、長年の婚約者を目の前にしているとは思えぬほどに。
「ずっと手紙を送れずに、すまなかった。だが、今日こうして――」
「婚約は、すでに解消されていますよ」
シャルルの言葉を遮るように、ベアトリスが言った。
「……な、何だって?」
シャルルの顔色が一気に変わる。ベアトリスはまっすぐに彼を見た。
「一月前に、ローデリア家より正式に文書を送りました。理由は明記してありませんでしたが……おそらく、貴方もお分かりのはずです」
「ま、待ってくれ……そんな通知、私は……」
「届いていたはずです。ただ、貴方が目を通していなかっただけでしょう。あるいは、興味がなかったのかしら」
ベアトリスの声音は冷たいわけではなかった。けれど、どこか遠く、決して戻らぬ距離を感じさせた。
「それに……同じ学院にいて、一度も会いに来ない婚約者なんて、誰が結婚したいと思いますか?」
シャルルは言葉を失った。
「私は、最初は嬉しかったんです。手紙の返事が遅くても、忙しいんだろうと。でも……入学してから、貴方が一度も顔を見せなかった時、ようやく分かりました。……私は、必要とされていないんだって」
彼女は小さく微笑んだ。
「だから、私から願い下げしました。貴方には王女殿下がいらっしゃるでしょう? 私は、誰かの代わりじゃなく、自分の人生を歩みたいんです」
シャルルは、ただ立ち尽くすしかなかった。
その後ろで、話を聞いてしまっていたルクレツィア王女が小さく息を呑んだ。
「ま……まさか……」
彼女はショックを受けたように、シャルルに視線を向けた。
「シャルル、どういうことなの? あなた……婚約者とは順調と言ってたわよね……? え、もしかして……わたしのせいなの?」
彼は目を伏せた。弁明もできなかった。
春の終わりを告げるように空は高く澄んで、ただ静かにその場を見下ろしていた。




