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プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!レベル99になってシナリオをぶち壊す!  作者: 山田 バルス
第一章 ベアトリス、レベル99の少女編

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第21話 リュシアン、親友の娘ベアトリスとの冒険を語る!

紫の契約 ―リュシアンの視点から見たベアトリス―



 静かな朝だった。

 ギルドの酒場は、まだ本格的に人が集まり始める前の静寂に包まれている。私はいつもの席で赤ワインを転がしながら、ゆるやかに時間を殺していた。


 そして、そのとき――ふわりと、ひとつの気配が扉をくぐった。


 若い娘。だが、ただの甘ったれたお嬢様じゃない。

革の鞄を背負って、どこか焦げた紙の匂いを漂わせる魔術師の気配。眼差しに、妙な芯があった。


「おやおや、可愛らしいお嬢さんだこと。もしかして依頼かい?」


 言葉は軽く投げた。だが、こちらの反応をうかがうようなその瞳に、私は何か――既視感のようなものを感じていた。


 名を名乗られたとき、その既視感は確信に変わった。

ベアトリス・ローデリア。アーベルトの娘。

 なるほど、そう来たかと、胸の奥が僅かに疼いた。


 あいつの娘が、こんな年頃になるとは。

 それだけの時間が過ぎたのだ。


 ──アーベルト・ローデリア。

 誇り高くて、愚直で、面倒くさいほど真っ直ぐな奴。

 私が、かつて本気で命を賭けた戦場に立った、数少ない“背中を預けられる男”だった。


 ベアトリスは彼に似ていた。

 言葉の端々に、幼い頃に刷り込まれた「正しさ」が染み付いている。

 けれど同時に、それをただ振りかざすのではなく、他人に強要しないところがいい。


 ――救いたい人がいる、と。

 そのために力を借りたい、と。


 最初は笑い飛ばしたさ。

 露店で手に入れた“願いが叶うペンダント”だなんて、冗談にしても古臭い。

 それにそれ、私が昔売りつけた代物じゃないか。まさか持ち主がこうして現れるなんて思いもしなかった。


 でも、彼女は本気だった。

 ペンダントの意味じゃない。

 “願いを託す”という、その覚悟のほうに。


 だから付き合ってやることにした。

 依頼として、ではない。これは――私にとって、過去に向き合う旅でもある。アーベルトと、その娘に向き合うための。


 準備の三日間、彼女の手際は悪くなかった。

 知識もある。行動も早い。だが、脆さも見え隠れしていた。


 瘴気の対策に護符を探し、魔物の対処にアイテムを揃えるその姿勢は立派だったけれど、どこか空回りしているところもあった。

 まるで、「自分が動き続けていないと、何かが崩れてしまいそう」とでも言いたげな――そんな不安定さを、私は感じ取っていた。


 夜営の準備を教えながら、私は何度か彼女を試した。

 撤退ルートの確認、装備のチェック、感知魔物に備えた“沈黙の外套”の使い方。

 一度教えれば、彼女はきっちり覚える。それは評価に値するけれど――


 本当に大切なのは、“何が起きても、心が折れないこと”。


 グラズヘイムはただの迷宮ではない。

 あそこは“記憶を喰らう森”。

 生半可な覚悟で踏み込めば、森に囚われ、戻って来れなくなる。


 私はそれを知っていた。

 仲間を失ったことがあるから。


 でも、彼女は違う。

 まだ何も知らない顔で、それでも目を逸らさず、こう言った。


「目が死んでたら、きっと誰も救えないもの」


 そのとき、ほんの少しだけ、あの頃のアーベルトの横顔が、彼女の瞳に重なって見えた。


 グラズヘイムの入口に立ったとき。

 彼女は迷わなかった。


 森の中から聞こえてくる呻き声や、死者の残した瘴気の匂いに一瞬たじろぎながらも、ベアトリスはまっすぐ前を見据えていた。


 私はその背を見ていた。

 あのときの私とは違う。

 あの娘は、震えながらも歩を進める“勇気”を持っている。


 ああ、アーベルト。

 あんた、いい娘を育てたんだな。


 私はこの旅で、たぶん何度も命を張るだろう。

 だけど、悪くないと思ってる。

 この娘の願いのためなら――“紫の契約”も、そう悪くない。


 かつて、血と命と、裏切りと約束とで散っていったあの戦場に、もう一度立つ価値があると思えるのだから。


 そして願わくば、この娘が最後まで“目を失わずに”いられるように。

 私の剣が、そのためにあるのだと、今は信じてみてもいいと思えるのだ。


 ベアトリス・ローデリア。

 ――お前、思った以上に面白いわ。


 次はどんな顔を見せてくれる?

 死者の森の奥で、お前が選ぶ答えを、私は見届けよう。


 それが、かつての戦友への礼であり、私自身の“贖い”でもあるのだから。

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