第1話 ベアトリス、イライラ解消法は、ダンジョンのモンスターで!
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
「ベア、また一人で昼食か?」
友人の一人が声をかけても、彼女は微笑みで答えるだけだった。その微笑は、どこか寂しげで、冷たい風のようだった。
「私は平気よ。彼には……王女殿下という、ふさわしい方がいらっしゃるもの」
そう言ってベアトリスは、手にしていた魔導書を閉じ、立ち上がる。そして学院を離れ、城壁の外れにある「旧市街の地下迷宮」へと足を運ぶのだった。
かつて王都を守るために築かれたその地下迷宮は、今では訓練場として解放されており、一定以上の許可を得た生徒ならば立ち入りが認められていた。だが、危険な魔物が潜むその場所に足を踏み入れる者はそう多くはない。
しかし、ベアトリスは違った。
「──火よ、我が敵を焼き尽くせ。“クリムゾン・レイン”!」
紅蓮の雨が降り注ぎ、現れた魔物たちが一瞬で灰と化す。彼女の魔力は学院でも屈指のものであり、その戦闘技術もまた実戦経験に裏打ちされたものだった。
怒り、悲しみ、失望。シャルルへの報われぬ想いが、彼女の心に炎を灯し、それが戦場での強さとなって現れる。何度も迷宮に足を運び、何百、何千という魔物を打ち倒すうち、いつしか彼女は「地下の女王」とまで呼ばれるようになっていた。
学院に入学してから三年。
ベアトリスのレベルはすでに「99」に到達していた。これは王国の歴史上、わずか数人しか到達していない境地であり、魔導士としての頂点に等しい力だった。
だが、それほどの力を手にしても、彼女の胸の虚しさは埋まらなかった。
ある日、学院で開かれた舞踏会にて、シャルルが王女殿下と優雅に踊る姿を見たベアトリスは、何も言わずにその場を離れた。彼女の心に宿っていた最後の光が、その時、音もなく砕け散ったのだった。
「もういいの……。私は、彼の影を追うのをやめる」
その晩、ベアトリスは地下迷宮の最深部へと一人で向かった。誰も到達したことのない最奥に、かつて魔王が封じられたという伝説の扉があるという。
人知れず、自らの限界を超えようとする彼女の姿は、もはや伯爵令嬢ではなく、一人の「冒険者」であり、「戦士」であった。
そして――。
その先でベアトリスが見たものは、ただの戦いではなかった。
深淵の魔獣と相対し、自らの魂を削るような戦いを経て、彼女はついに「超越者」と呼ばれる存在へと至る。
そしてその帰還の日。学院の大広間が静まり返る中、黒の戦装束に身を包み、淡い光を纏って現れたベアトリスの姿は、誰の目にも別格だった。
シャルルがその場にいたかどうかは、もうどうでもよかった。
彼女は、自分自身の道を見つけたのだから。
「私はもう、誰かの隣に立つだけの存在じゃない。私は――私の力で、この世界を変えてみせる」
金の薔薇は、もはや誰かに飾られる存在ではない。
それは、戦場に咲く孤高の花。
そして、その花の名は、ベアトリス=ローデリア。
彼女の伝説は、ここから始まるのだった。