人工天使は突っ込む
魚型の肉塊は空中を泳ぐように、徐々に速度を上げながら私たちの周りをぐるぐると飛ぶ。それなりの数がいて、それぞれがバラバラに飛ぶせいでちょっと逃げ道がなくなりつつある。
犬型の肉塊は飛べないみたいだけどその分すばしっこく周りを駆け回り、隙を見せたら飛びついて噛みちぎると言わんばかりに眼光を光らせている。カラの情報だと咬合力が特に強いらしいから下手に近づけない。
猿型の肉塊は…なんか尖った石とかをすごい速度でぶん投げてくる。けどかなり動きも身軽なせいで固定砲台にはなってなくて、気をつけてないと死角から飛んでくるしその勢いも野球選手の投げる玉とか比じゃないレベルで飛んでくる。あとコントロールも良いから気を抜くとやられる。
そして問題の蝶型の肉塊…
今は何もしてなくて、ちょっと上からゆっくり羽ばたきながら俯瞰して情報を集めてるような感じに近い。魔力が相当多いみたいだから厄介な能力を持ってる可能性が高いし…何と言うか、立ち回りが上手いな。全体的に意識を向けてないと集中が途切れた瞬間そこから敵が崩しにかかってくる布陣だ。
(…ま、勝てない相手じゃないけど)
『だよねー。翼の兵装を全て起動、とりあえずこっちは犬型やっとくね』
(じゃあ私は魚型で)
猿型はちまちました遠距離攻撃しかしてきてないから一旦放置。何かアクションを見せたらその時に応じて対処。
今はまず大体5体くらいの魚型が飛び回るせいで迂闊に動けなくなってるから…
ここか。
魚型はあまりに速度が上がりすぎて、方向転換する際に一瞬止まるおかげで残る残像しか見えてない。けどその残像がどこにどう出たかを認識できればどんな軌道でどこらへんをどんな速度で飛んでいるのかが分かる。
強化された動体視力と反射神経をフル活用しつつ、右手を思いっきり振るう。
そこに確かな手応え。
(ありゃ2匹かかった。まあラッキーってことで…)
まさか反撃されると思っていなかったのか、他の魚型の動きが一瞬かなり鈍った。そのおかげでその瞬間だけ目視で相手を認識できた。
空中がそっちだけの領域、なんて思ったら大間違いだ。
体を反転させて後ろにいたのを一突き、その状態から後ろに倒れ込むようにして足で上にいたのを全力で蹴り飛ばし、下の方にいたのを横薙ぎに一閃。全部で五匹だったか。
『流石シス、お見事』
(へへー)
ま、当然ではあるけど褒められて悪い気はしない──けど気は抜けない。それこそ今まさに起こってる、顔の真ん前に石が飛んできてるみたいなことが…
…!?
(っぶなっ!?)
『…シス、油断しすぎ』
(ごめんて…)
慢心はやっぱ駄目だね。どこぞの慢心王さんみたいになる。
ということでギリギリキャッチできた石を猿型の方に全力投球。人工天使として弄られた化け物膂力で投げた石は……そのまま猿型肉塊に衝突する前に耐えきれずに粉々になった。
ミス?いいや、想定通り。
「───!───!─────!」
その砂みたいになった石の煙が猿型の目に侵入、視界を奪う。
その一瞬で肉薄して顔を蹴り上げ、足の間から逃げる隙も作らせずに人差し指の銃口を向ける。
(バンバンバン、っと…カラ、そっちは?)
『終わったよー』
振り向くとプラズマミサイルの爆発に巻き込まれて紫の電気をパチパチさせながら焼け焦げてる犬型肉塊が二体。どうやらこっちに飛びかかってきた瞬間に後ろから斉射したらしい。容赦ないなー。
『褒めても何も出ないよー』
これ褒めてるのかな…まあ良いけど。で……
(…結局何もしてこなかったね、蝶型)
『……逆にちょっと不気味。まあ動く気がないならさっさとやっちゃおう』
ちょっと視線を上げると、その先で蝶型はいまだにゆっくり羽ばたきながら戦場を俯瞰してる…だけに見える。
まあそこにいるだけなら好都合、と瞬間的に最大まで加速して肉薄…しようとすると。
(っ!?)
『右!』
その場から蝶型が消え、同時にカラからの指示が飛んだ。慌てて右手のブレードを真横に振るい、それに少し遅れて視線を向けると視界の先に蝶型が一瞬だけ見えた。と思ったら急に上方向に向きを変えて上昇、そこから体当りするように加速しつつ近づいてきた。
…おーけー、なら受けるまで。
振り抜いてた右手の勢いを殺さぬままに横に一回転して刃を突き出そうとして…
(は、)
また消えた。
次はどこから…と思ったがカラからの警告は飛んでこない。代わりに…
『シス、蝶型が下でなんかやってる』
(え?)
下を見ると、いつの間に降りたのか蝶型は私の方を標的にはせずにさっきカラが焼いた犬型の上に止まっていた。
何を、と思った瞬間、蝶型の羽が大きくなってその場からすごい高さまで飛び、そこから急降下してきた。…違ったのは、その威力。
(っ…!!嘘っ!?)
避けることはできた。というのも、速度自体はそこまで変わってない…けれどその威力がおかしい。元々速度がすごいのもあってそこに更に重さが増したのか、そのまま止まらずに地面に衝突した瞬間に爆発みたいなのが起こった。
『シス、分かった。あいつ他の肉塊の死骸食べて成長してる』
(じゃあ今ので犬型を食べたってこと?)
『完全には食べれてないみたいだけど、多少は』
とのこと。
蝶って草食でしょうが…そんな死骸なんて食べるんじゃない。ペッしなさいペッ。
…なんて、言ってられないのが現状。
あのちょっとの時間で多少とは言え吸収できるのなら、周りに肉塊の残骸が大量に残ってるここは相手にとって最良のフィールドってことになる。
そうかぁ、こいつが他の肉塊を引き連れてきたのはこういう事をする手があったからか。上で俯瞰してたのは、こっちの戦力を探るのと自分に有利な盤面を作るためだったかな?どちらにせよかなり高い知能がありそう。
まあでもどのみち、やることは変わらない。
(成長しきって手に負えなくなるのが先か、私たちが倒すのが先か…二者択一ってところかな)
『よくわからないけど…多分そういう事。周囲の警戒とか索敵も含めて、全力で支援するよ』
(ありがと。お願い)
その場から急上昇、蝶型の方に突っ込んでまずは羽を狙う。
肉塊は別に羽がなくとも飛ぶ奴は飛ぶけど、羽があることに慣れた肉塊は羽がないと思ったように動けなくなる。
そこらへんは私達みたいなものだね。翼がなくとも浮きはするけど姿勢制御がままならない。
だから、羽に穴でも開けば少なくともさっきみたいな慣性をガン無視した超高速飛行はできなくなるはず。
…まあでもそんな急所に対する防御ができてないわけがないわけで。
蝶型はその場から真横に動き、私たちの飛行軌道から外れて地面の方に飛んでいく。こっちは後ろからそれを追従する。
『シスはとりあえず蝶型を見逃さないように、振り払われないように追従して。攻撃は私の方で狙ってみる』
(分かった)
翼から赤く燃えるミサイルと紫色の電気を纏ったプラズマミサイルが次々飛んでいき、当たらずとも地上の肉塊の残骸を巻き込みながら逃げ道を塞ぎつつ攻撃を続ける。
と、逃げ道が少なくなってきていることに気づいたか、蝶型が飛行方向を変えて左右にブレながらまた私達の上に飛び上がった。けど二度も同じ手を食らう私達じゃない。
まだこの程度の大きさで、しかも動き回る状況じゃ主砲は使えない。
私は指銃の狙いを合わせて弾幕としてばら撒き、カラがその間を縫ってミサイルの兵装をフル稼働させる。
魔力が少しずつ削られる感覚もあるけど、同時に追い詰めていっている感覚もあった。
(っ!?)
が、蝶型はそれらを一部その身で受けながら急降下、しかもさっきまでのとは一線を画すレベルの速度。避けるには少し時間が足りない──けれど完全に防御に回らされるほどの速度じゃないと判断して鉄翼の一枚を操作して横薙ぎに振り抜く。
ちょうどのタイミングで振り抜いたと思っていたその翼は──直撃したはずのその攻撃は、空を切っていた。
『…?ッ、シス!』
振り抜いた直後に目の前に蝶型が姿を現した。どうやら一拍早かったっぽいか。
もう回避はおろか防御も間に合わないと判断して右腕の簡易装甲でその突進を受け止める…けどまさかそのまま終わらせない。
鈍い違和感が腕に走ると同時にそのまま衝撃を受け流すように右手を回し、蝶型の左羽を右手で掴む。
「…っ─ぃ、た!」
全身に力を入れてその掴んだ羽を手繰り寄せ、至近距離で胴体を狙おう…とすると同時に蝶型がいきなりその場で高速振動、同時に翼を振り回して衝撃波みたいなのを放ってきた。
そんな予測外の反撃に一瞬体が怯んで弾き飛ばされる。
『シス、大丈夫?』
(問題ない。ありがと)
…強い。
軽く相手できると構えてたのがとんだまちがいだった。こいつとんでもなく強い。
どう考えてもこんなところにいていい強さじゃない…下手すると今まで戦った中でもトップクラスに強いかもしれない。
もしここでこいつを取り逃がしでもして、直接どこかの街にでも現れたら、なんて…想像もしたくないね。少なくともそれくらいは。
というか正直、この手の強力な単体相手は私じゃない方のⅠ機のあの子が受け持つんだよ…基本的に私は多対一の戦況に投入される汎用型人工天使だから…
…いや、元々多対一だったかこれ。そういや肉塊、700くらいいたんだった。もうすでにめっちゃ減ってるから忘れてたけども。
『これ普通に魔法も使ってるね…風を操る感じかな。けど、今ので触られたくない部分が分かった』
(うん。羽に触った瞬間反応がけた違いに上がったから…)
今の時点で分かるのは、とりあえず弱点は羽。成長した時も胴体は変わらずに羽だけが大きくなったことから、羽に魔力をたくわえる器官でもあるんだろうという結論になった。
なら、後はこっちの得意を押し付ける戦い方をするだけ。
蝶型を視界から逃さないようにしながらいきなりトップスピードまで加速し、頭の中で狙う優先順位をつけて無理に深追いはせずにちまちまと削る。
優先順位は羽上部(左右近い方)→羽下部(左右近い方)→胴体の順にしておいて、最低限相手に羽の上部を守らせる。
私達は汎用型として超近距離、近距離、中距離、遠距離、超遠距離のどれでも戦えるように手数が他の人工天使よりも多く備え付けられてるから、その分攻め手が多くある。それをくしして立体機動をしながら蝶型を防御に回らせる。
『翼下プラズマミサイル全弾斉発…シス、上の翼2枚借りるよ』
(了解ー、ミサイルを上二部以外斉発、肘部機銃機構展開)
上の方の翼二枚が私の制御を離れた感覚とともに、蝶型の周りで二本の鉄剣が暴れ始める。
私は私で右肘を曲げてその先に12mm機銃を展開し、斉射を開始する。
大多数は当たらないけどそれでも羽を狙ってる関係上蝶型はけいかいせざるをえない。
さっきまで散々こっちの集中を散らばらせてくれたからね…同じ手を使ってるだけだよ。
と、二種類の誘導弾と機銃斉射、そしてカラが操る鉄剣のせいで逃げる場所がなくなった蝶型が、一瞬動きを止めた。
そこだ。
機銃斉射はそのまま、主砲はもう起動してる…魔力はもうどれだけ持っていってもいい。一瞬でも早くうつ!
この隙を逃すわけにいかない。
普段じゃぜったいしない速度と密度で魔力を込め、最速で弾丸を形成、主砲をちょう型に向ける。
ぎり、と肩から若干いやな音がした気がするけど、そのままう──とうとして。
『シス!?…シス!シス、大丈夫!?』
ちょうがたが、ぶれた。
ぐらり。




