人工天使は準備する
ところで。
人工天使の体は素体こそ人間の体ではあるものの、骨格が金属だったり脳に核が埋め込まれてたり下半身に棒も穴も無かったりと普通の生物とはどうやっても言えない。
一応元々の体──私で言えばカラ自身は女の子みたいだけど、そこら辺の人間としての機能はほとんど停止してる。
そしてそれは当然、普通の人間と比べて生活様式の差が生じる原因になる。
「えっ…じゃあこれどうしよう…」
3時間弱ぐっすり眠っていたセリシアさんが起きた後で一応の事情説明と謝罪を受け入れてもらうことはできた。誤魔化しても良かったけど実際体に針刺したわけだし、流石にね。
で、さて何をしようかと思ったところ…セリシアさんに何やら「ここでちょっと待ってて」と言われ、肝心の彼女自身は聖堂の奥の方に行ってしまった。
まあ待っててと言われた以上下手に動くこともできまいと、しばらくの間ちょくちょく来る肉塊を蹴っ飛ばしたりそこら辺に打ち捨てたままだった肉塊を外に叩き出したりしていると、奥の方に呼ばれた。
彼女の指示に従って奥に行くとそこにあったのは結構ちゃんとした料理(あくまでこの私達基準。経口摂取してたの魔力補給用のレーションとかしか無かったから…)の数々。どうやらわざわざこっちの分まで作ってくれたらしい──けど。
人工天使は一応人間の体の名残の消化器官が形こそ存在してるものの一切働いていない上に老廃物の排出機関が存在せず、それこそ魔力補給用のもの以外、基本的に経口ではものを摂取できない。そもそも多分味覚死んでる。
更に言うと魔力で動く体だから食べ物も水も必要ない。むしろ邪魔。ガソリンで動く車にオレンジジュース注ぎ込むみたいなことになる。
そんな事したらBomb!するよね、そりゃ。
「…ん、なんか…ごめんなさい」
「あ、あぁいやいや、シスちゃんが謝ることじゃないよっ!」
『そーだよ。わざわざシスが謝ることないでしょ』
(カラぁ…)
そして研究所での教育のせいか、やっぱりカラのセリシアさんへの当たりがちょっと強い。
ちょっとずつ説得して慣れていってもらうしかないかなぁ…いやまあ100パー信頼できるわけじゃなくてもさ、多少信用するくらいは…ね?
「んー……保存の奇跡使って置いとこうかなぁ…」
と、セリシアさんが右手に銀色の光を集めて用意されてた食べ物に向けると、その光が料理を包みこむ。保存の奇跡って言ってたから、腐らないようにするとか虫がたからないようにするとかそんな感じ?やっぱ奇跡って何でもアリなんだなぁ…
というか、んー…それにしても?
「せりしあさん、じんこうてんし…にくい、ない?」
「えっ?」
『えっ?』
(えっなんでそこでカラがそんな声出すの)
『いやまあ私も多少気にはなってたけどね?まさかこのタイミングで直接聞くとは思わないじゃん』
(直接聞いたほうが早いし…別に悪い感情は感じないし良くない?)
『えぇ…脈絡どこ行った?』
神聖共和国の方から見れば人工天使は異端、もしくは排除対象のはず、でも何故かご飯を作ってくれた。なんで?って流れで良くない?
「えっと…どういうこと?」
「…あ、えと、けんきゅうじょ…きょうかい、の、こと…こしぬけ、とか、いろいろ、いってた…じんこうてんし、きょうかいのほう…いわれて、なかった?」
「あー……」
聞かれた通りに答えたところ、セリシアさんの言葉が詰まった。目線もずれた。
…心当たりはありそう。けどまあ本人の前だと言いづらいとかそういう感じかな。
「…ん……だいたい、わかった」
「あ、いや、違うよ!?その…ね。確かに教会は人工天使たちの事を良くは思ってないけど…私としてはそんなに悪く言うほどじゃないんじゃないかなって思ってたの。で、今日こうしてシスちゃんと会って、お話して…うん。やっぱりシスちゃんも普通の、いい子だなって思ったんだ」
…なんかすごい捲し立てられた。
これあれかな。「無理して良くしてくれてるんじゃない?」って思ってるように取られた感じ?もしかして。
『たぶんねー』
(あちゃあ)
『あちゃー』
「それに、ほら!シスちゃんも私のことそんなに悪く思ってなかったでしょ?きっとそれとおんなじような感じだよ」
「…ん」
まあ私の場合はほら、前提として脳内が既に成人済みで、めちゃくちゃ平和な世界基準の思考の持ち主だったから研究所の教育が全く意味を成してなかっただけなんだけどね。現にカラはセリシアさんに対してそんなにいい感情持ってなさげだし…
『むー…』
ほら。
教育ってのはこわいねぇ。
しかし…ここみたいな奥の部屋は比較的綺麗なんだね。
肉塊にとっての攻撃対象はあくまで聖堂の方ってことかな?表の方はもう壁に穴空いちゃったりしてたし…
…よし。
『え、本気?』
(本気と書いてマジだよー。ま、居候する身分で何もしないのも気が引けるし)
『うー…分かった』
ごめんて。後で何かしら埋め合わせ頑張るから。
「せりしあさん、きょうかい…なおす、てつだう。おれい」
「えっ、いや、良いよ!?わざわざそんな事しなくても…」
「なにもしない、と、あー…おちつかない。てつだい、したい」
何とか意図は伝えた。…伝わってる、はず!
それに、体を動かしてると人間でいう血流が良くなるみたいに魔力の流れも多少良くなって修復も若干早くなったりするからね。100%親切心ってわけじゃないけど、今の語彙と言語能力じゃ正直それをちゃんと説明できないから省く。
それに、巣を破壊しても無傷で帰れるかはわかんないし、一時的とはいえ拠点の準備をしとくに越したことはないしね。
「んー……わかった。シスちゃんのおかげで異教徒達の襲撃もマシになったし、簡単なことだけで良いから手伝ってくれる?」
「、ん!」
よし、人工天使の実力とくとみよー!
『…無理はしないようにね』
(わ、分かってるって!)
素の身体能力だけでも十分だってば!
▼▼▼
…やれやれ、大変だぁ。
忙しく動くシスの視界を通して、私は状況を確認する。
肉塊との連戦の後に、不本意とは言え隣国に不法侵入し、教会の戦闘に介入する羽目になった後…今、シスは何故か荒廃した教会の外壁を直す作業をしている。
…なんで?
確かに、人工天使として肉塊と戦うために最適化されたシスの体は肉体労働をするにはもってこいな力を持ってる。
外から見ただけだとただの子供に見えるかもしれないけど、膂力はもはや人じゃない。レンガ程度なら500個あろうと片手で軽々持ち上げられると思う。というかそうでもないとあの主砲の反動に耐えられないし近接戦闘をするにも体がついてこない。
とはいえ。とはいえその能力は戦うために最適化された肉体という前提がある。決して土木工事を行うために体を弄られてるわけじゃない…んだけど。
…今やってるのはレンガ造りの教会の外壁に聖女がレンガを積み、その上にシスがこの…コンクリートみたいな白い何かを塗りたくってその上にまたレンガを積みとなかなか地味な作業を繰り返している。
生憎と今の私の本体には神経なんて通ってないから苦痛を感じることもないけど、時折シスや聖女が伸びをしてるし、あの体勢は結構腰に負担がかかるはず。背中は曲がってるし屈むみたいな姿勢だからね、傍から見ても分かる。
別に聖女がどうなろうと私の知ったことじゃないけど、シスに負担がかかるのはちょっとやだから忠告だけしておく。
『再三言うけど無理は禁物だよ。腰曲げすぎ。負担がすごいことになってる』
(う、けどこの体勢でもないとやりづらい…)
『ふくらはぎの上に太もも下ろす形で座ったら?背筋伸ばしてれば足は多少圧迫されるけど、重心を膝の方に寄せて時々親指を立ててたらましだと思うけど』
(…そうか、正座か)
『…せいざ?』
…なんの話だろ。たまにシスはよくわかんない言葉を使う。
特に最初の頃は酷かった。頭の中の言葉は通じるけど書く言葉も文字も、あとまあ…ほとんど無かったけど喋るときも全然理解できない羅列を表そうとしてた。
今でこそ私が脳内レッスンを繰り返してなんとか落ち着いたけど、今でもしょっちゅう私の知らない言葉で喋ろうとするし、知らない単語で一人で納得して理解する。
そこらへんを盗み聞きしようとしても完全に一人で考えようとしてるせいで私の意識が入り込めないし。
なんかおもしろくない。むー。
(おー、だいぶ楽だぁ。ありがと、カラ)
………ま、まあ?シスに喜んでもらえるなら?別に大したことじゃないけど。
……ついでに、“巣”の方の探知の続きもやっとこうかな。
この教会の西の方向にかなり大きな巣があるのを見つけたのはつい3時間くらい前の事。…正直ちょっと反応の多さに引いた。なんであんなに密集してるの…
まあそんなレベルで巣の情報が多かったせいで、まだ探知が終わってないんだよねー。
しかも大した魔力も残ってない状態でシスはあれに単騎で乗り込もうとするし……ほんと、こういう所あるんだよなぁ。あんまり深く考えずに突っ走って、撹乱して、傷を負いながらもなんだかんだ任務は遂行する。それでうまくいってるから私としても止めづらい。
できれば傷ついてほしくないのも本音だけど…シスがそうしたいと思ってやってるのも何となく分かるからね。理由は分からないし本人は全然そんなこと言ってないけど、ぼんやりと感じる。
なら私はシスの意向に沿うまで。まあ、あんまり無茶するようなら体内の機構をちょっと弄って動けなくしたりするけど。さっきグラビティドライブ止めたみたいに。
さて、シスも頑張ってるし私もやることやっておこうかな。
天冠の持つ機能の一部に、周囲への探知ができる、本体の居場所を解析できる、一定の場所へ瞬間的に転移することができるってものがある。
…まあ、どちらかというとできるというか強制的にさせられるというかって感じだけど。……1秒間に何百回も常に本体の位置を探知し続け、本体の上に存在してるようにし続けないといけない。なにせ探知機能とかも含めて、天冠の干渉できる範囲は200mくらいが限界だから。
だから私は探査する時に限ってこれを十倍以上しつつ、シスの周辺に転移しまくって探知のできる限界距離である200mという有効範囲の制限を取っ払った。
天冠の場所から200mしか効果が効かないなら、そこから更に200m離れた場所から探知すれば400mの探知が可能になるでしょ?って事。
本体との根本的な繋がりを利用すれば、本体に戻るのは何万mと離れていようと一瞬で戻ってこれるし。感覚的に言えばシスの体から紐みたいなのが出てて、それにつながった状態で私が動き回ってる感じに近い。戻るときは紐を思いっきり引っ張って元々あるべき場所に戻せばいい。
というわけで、シスの体からちょっとだけ魔力を拝借して…いざ。
天冠の内部機構を魔力で活性化させ、一瞬にも満たない時間の転移を無数に繰り返す。
転移して、戻ってを繰り返してるから残像でシスの頭の上では天冠は多少回ったりはしてるかもしれないけど動いてないように見えてるはず。
しかも今回はどこに巣があるのか既に分かってる状況。その方向まで一直線に飛ぶ。
ただしあいにく余計な思考をしてるほどの暇はないから、整理は戻ってから。今は探知をしつつ情報を集められるだけ集める事に専念する。
処理を移動と探知、情報の入力、記憶のみに絞り、とりあえず巣のある場所の全容とその内部構造の確認のみを行う。
────────よし、完了。
ここから処理に移るとしよう………ん?
……えっ、いや、うわっなにこれ、えっ。




