人工天使は演算する
次の日。
「一応もう一回聞いておくけど…本当に大丈夫なのかい?」
「ん…だいじょうぶ」
(とは言いつつだけど、カラの方の準備は大丈夫?)
『問題ないよー。後は作動と同期だけだね』
………頭の片隅にミカニコスさんの事がちらつくけど、一旦焦点を外す。これからやる内容的に余計な事を考えてる余裕はない。
「じゃあ改めて説明しとこうか。これからシス君にはセリシア君の周囲探知をやってもらう。周りで不審な動きとかがあれば僕からセリシア君へ伝えつつ、僕の方からも遠隔で干渉を試みる」
何度目かの説明を聞きつつ、魔力を全身と天冠に回し、行動リソース……体を動かすために必要な魔力を一時的に探知と処理速度に振る。
その関係上やってる間は動けなくなるけど、今は動く必要ないしむしろ情報処理の方しか必要ないから問題ない。
「方法は深掘りしないけど…無理はしないようにねぇ」
「…ん」
息を浅く、長くする。
「……会議の内容はこっちで傍受してるから、タイミングはある程度こっちから教えられる。シス君の方はどうにも声とかは拾えないみたいだけど、それはこっちで補完するから問題ない。……こんな感じで良いね?」
「だいじょうぶ。…かいしまで、というか…セリシアさんが、はいるまで、どれくらい?」
「もうそろそろだねぇ。………………来たね」
『広域探知フェーズに移行。ここから私の声は聞こえなくなると思うから、シスの方は処理お願いね』
(ん、問題ないはず。カラも探知頑張って)
『おー!』
(おー!)
その掛け声を聞いてから、カラの声が切れた。同時に頭の中に大量の情報が叩き込まれ始めた。魔力を用いたソナーみたいな映像と、神聖力の反応の強度によるおおよその立体映像。それらが1秒に数十枚づつ送られてくる。
会議に集合してるのは全員聖女さんか牧師さんだ。だから、神聖力の動きさえ見れれば建物のなかでどこでどれくらいの人がどんな動きをしてるのか、そしてこれからどんな動きをしようとしてるのかが、だいたい分かる。
(……かなりの大きさの神殿に入った…動き的には周囲の動きは問題なし…神聖力の反応的にも、今のところ大きな害意はなさそうか)
安全かつ私たちが協力する方法。
それは、広域探知を駆使してリアルタイムで状況を把握し続け、その情報から予測される障害をアインさんが遠隔物理的に潰す、もしくはセリシアさんに伝えて回避してもらうっていうもの。
ただ、ちょっと前に言った気もするけど、私の…というか私たちの使う探知はだいぶややこしい性能をしてる。
まず、そもそも私自身は探知はできない。探知機能が盛り込まれてるのはカラの方。だから本来ならいちいちカラが探知して私に伝える、っていう段階を踏まないといけない。しかもカラの探知は魔力によるソナーみたいな情報。それらを解析、分析するのは生身では少々面倒くさい。私の行動はすべて魔力がエネルギーになってる関係上、頭を使えば使うほど魔力を使うし、そんな広域の探知を断続的にやってたら何かしらの行動を起こすためのリソースが全く足りない。
が。ここで応用が利くのが人工天使。行動を起こすためのリソースの割り振りを、再分配することができる。
つまり、行動…立ったり座ったりといった物理的動作のためのリソースをほぼ全部捨てて、その分探知からの情報の解析にリソースを回す。具体的に言えば、動作のためのリソースは最低限座っていられるだけのリソースと口を動かすだけのリソースだけ残し、それ以外全てをカラから送られてきた情報の分析のためのリソースに回すわけだ。
私の身体の中でのリソースの分配は、ざっくり分けると「生命維持:動作、行動:情報分析:その他=4:3:2:1」くらい。だから動作、行動のリソースを情報の分析に回せば普段の2倍以上の量、速度で処理ができる。
だから、カラにはとりあえず情報の収集だけに尽力してもらうことで情報収集能力を上げてもらって、私の頭で分析、解析。何かしら問題が起こりそうならアインさんに伝えて対処を仰ぐ。
会議の時間はおよそ2〜3時間くらいらしいから、その間、カラは探知を、私は情報の処理を行い続ける。
キツくはあるけど、まだマシではある。…負荷的には、ね。私的には戦闘してるほうが気が楽でいいけど。
そんな中で、二日目の会議が始まった。
▼▼▼
30分経過。なんの問題もないように、シスは目を閉じたまま頭のなかで演算を続け、アインは会議を傍聴しつつ対策を練っていた。
幸いと言うべきか何と言うべきか、現状、特に目立った問題事は起きていない。まあ、一応は各国から選び出された国の代表者たる聖人たち。そもそも不確定な話で疑心を起こされても、それが確定するまでセリシアに対して大きな行動を起こすようなことはしないだろう。
会議前に孤立していたりと小さな問題はあったが、直接何か手を出されたわけではない上に当人も緊張状態下だった。だからそこまで気にする必要もないとアインは判断したし、そもそもそこに対して何か手を出すこともできなかった。
現状の問題を強いて言うなら、まあ……シスがただただ座って寝ているだけに見えるのと、絵面がびっくりするほど地味なことくらいだろう。
しかし、元よりアインは会議中に関しては危惧していなかった。むしろ、どちらかといえば問題は会議前か会議後の方が危ないと想定していた。
というのも昨日、カリタナがグラウヴ公領の内部について言及した際、シビュラがその話を「止めた」という事実が「大聖女が危惧する必要はないと判断した」という楔になると踏んでいたからだ。相手の存在、行動が害を成すか否かというものに関しては、彼女の得意な奇跡の性質上、彼女に全幅の信頼を寄せられる。だから、わざわざ会議の腰を折ってまで言及させようとすることはあまりないだろう、と。
だが、いくら大聖女と言っても個々人の興味関心にまで口を出す権限は持ち合わせていない。よって何かしら仕掛けるなら会議前か会議後。しかし会議前時点では特にアクションは起こらず、むしろ孤立という状態だった。ならば彼女が帰る前に、誰も聞かぬなら自分がと会議後に何かを仕掛ける可能性が高いと踏んだ。
シスは、情報収集の感覚から少なくともセリシアの周囲から害意を感じることはないと判断を下した。
周囲の動きは、ともかく現在の自分の「するべきこと」に注力しているように見られた。大半は、この会議内において正確な情報を伝え、今後の危機に備え乗り越えるため、と言ったところだろうか。
気がかりがあるとすれば大聖女、シビュラの動向だが、幸い今のところ危険そうな…セリシアを害そうとするような動きは見られない。いろんな意味で、皆が皆会議に注力しているというのが現状だろうと判断した。
ただし、ここまで来て最後まで誰もアクションを起こさないという可能性は、アインもシスもまったく考えていない。
アインは各国聖人のことを知っているがゆえ。シスは長年(数年とも言う)の勘ゆえ。
だから、両者とも現状の問題解決に注力しつつこの後のことも考えていた。
だから、いっぱいいっぱいだったともいえる。
普段なら──特にシスとカラが、絶対に見逃すはずのないような、そんな致命的な見逃しに気づかぬまま。
そのミスが、後々ひどく響くことも想定できぬまま。
▼▼▼
そのまま会議自体はしめやかに終わった。
本来ならここで気が抜けるんだろうけど、むしろ警戒心を上げる。
セリシアさんの周りを重点的に、コンマ0何秒毎レベルで、まるで映像を見ているかのように探知する。
と、セリシアさんの近くにいた聖人さんが何かを持ってきたっぽい。…コップ?水か?でも、それを探知できた時点で危うい。カラの探知は魔力、もしくは神聖力に反応するものだから。
「そのこっぷ、しんせいりょくの、はんのうある」
「セリシア君、それは受け取らない方がいいかも。自白系の奇跡が混じってる可能性があるね」
手短に、アインさんに伝える。するとアインさんの方がセリシアさんに連絡を入れて警戒してもらう。
あれが何か、なんてのは今考えることじゃない。ともかく今の任務はセリシアさんの身辺警護。害を及ぼす可能性があると判断したものを片っ端から報告するだけ。
「ちょっといった、ところ、あしでも、だそうとしてるひと、いる」
「セリシア君、少し足元にも注意した方が良い。すっ転ばないようにね〜」
人の害意っていうのは案外わかりやすい。特に、人を相手にしてこなかったであろう彼ら彼女らの動きは、だいぶ読みやすい。
「うしろから、おいかけてるひと、いる」
「…どんな感じの人?」
「たぶん、がいいというより、わるだくみしてそう」
「後ろから追いかけてる人がいるね。面倒なことを聞かれる可能性もあるから少し急ごう」
そんな様子で残り四つほどの面倒事も何とか回避し、セリシアさんが備え付けの部屋まで戻ったのも確認した。…ゆっくりと息を吐く。
…いや、ちょっかい出し過ぎでは?さっきまでの大人しめだった反応は何だったと言わんばかりに攻めてきてたんだけど。
『それはそう。特に最初の水。初見殺しが過ぎない?』
(あ、カラお疲れ様。ほんとに助かったよ、ありがと。…水はほんとに気付けてよかったね…まあもしかしたら全然関係なかったかもしれないけど…警戒するに越したことはないしね)
ふとカラの声が聞こえてきた。
いやはや、ほんの数時間だったはずだけど、えらく懐かしく感じる…時間単位でカラの声が一切聞こえなかったことなんてほぼなかったからなぁ…
…我ながら結構依存してる気がするな。落ち着け落ち着け、相手は精神年齢一桁のまだ子ども、私は一応精神年齢では成人してるくらいのはず。よくないよくない。絵面的にも精神的にも。
『シスもお疲れ様ー。長時間の分析は疲れたでしょ?』
(慣れないことした感覚は強いかなぁ。まあでもカラの方が大変だったとは思うけどね)
『私は慣れてるからいいのー。とはいえ、流石に疲労が見えるかな…ここまで一点の高密度な探知だけに注力したの初めてじゃない?ってくらいだし』
それはそう。基本的には広い範囲をそこそこの密度で探知するのが主だからねぇ。というかそれでだいたい事足りるし。今日はゆっくり休みなよー。
「おつかれー…いやあ、何とかなったねぇ。シス君のおかげだよ〜」
カラとそんな話をしていると、アインさんもやっと一息つける、と解けた声を出した。
「ん…おつかれ、さま」
少し時間をかけて目を開くと、少しばかり眩しい。
「まだ明日…最終日が残ってるけど、ともかく何とか乗り越えた感じかなぁ。…明日が一番大変なんだけどねぇ」
そうだねぇ…流れ的には明日、セリシアさんが聞かれるんだよねぇ…
「まあでも明日の策はすでに立ててある。心配はいらない…と断言はできないけど、でも今日よりかは気楽に越えられるはずだよ〜」
ほえー。変に断言されるよりそっちのほうが安心感あるのはなんでだろうね。フラグの関係かな。
『フラグ?』
(あー…どう言うかな。こんな発言してたらそれ、悪い方向に向かわない?みたいなジンクスというか…)
『ほえー。そんなのもあるんだねぇ』
まあこっちの世界じゃ娯楽的なのがほぼ発展してない関係上、フラグの元となるものが無いんだよねぇ。「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」みたいなこと言ってる映画が普通に恋愛映画になってそうな気がする。いろんな意味で掟破りというか何というか。
「明日についてちょっとだけ話しておこう。とは言っても、明日シス君にしてもらうことはそんなに多くない。ただ、万一があるから僕の指示するタイミングで一瞬探知をお願いするくらいかな。今日ほどの精度じゃなくていいし、最悪無くてもいい。まあ保険みたいな役割かな?」
…ん?明日って多分セリシアさんが奇跡使うんだよね。それもエレボスの巣穴を直接ぶっ壊した(ことになってる)大技を。それに関してはどうにかする術があるのかな。
まあでも言及されなかったってことは何か策はあるんでしょ、ってことで、その日は一旦解散とした。
…して、しまった。




