人工天使は話を聞く
「何さ、こんな時間に。良い子は寝る時間だぞー?」
「あ…じんこうてんしは、ねない、から」
「ありゃ、そうなの。ふーん」
とりとめのない話をしながら、やけにはっきりした足取りでミカニコスさんは歩いてきて私の横に座った。
「…だいぶ顔色が良くなったみたいでよかったよ」
「へっ」
顔はこっちに向けず、遠くを見ながら声がかけられた。
「アインの奴も妙に深刻そうな顔をしてたし、そのうえアンタもなかなか辛そうな顔してたからね。何があったのやらと思ったけど…まあ、自分の中である程度消化できた感じかな?」
「あ、うん…あ、え、わた、し…かお、ひょうじょう…かわって、た?」
「んや、そこまで。でも、それくらいはなんとなく分かる」
あらら…自分では自覚してなかったけど、思ったよりだいぶ深刻に受け止めてたらしい。
「それにしても、アインのあんな顔は初めて見たくらいだし…本当に稀にある、あいつが踏み込むラインを見誤った感じかね」
と、ミカニコスさんはぐい、とお酒の瓶を傾けて少し嚥下してから呟いた。
「あ、や…これは、わたしの、みす…」
「…ふぅん、そうかい」
……?
なんか、おかしい…?
いや別にそんなに私自身がミカニコスさんの事を知り尽くしてるわけじゃないから詳しく言えないけど、なんというか…ミカニコスさんって、快活な感じで性格もカラッとしてて大抵のことを笑い飛ばすみたいな感じの人だと思ってたんだけど…
「…シス、良いかい。自分の行動に疑問を持つんじゃないよ」
「……え?」
「自分のしたことが本当に正しかったのか、自分の決めたことで本当に良かったのか……そんな事を考え続けてたら先に進むものも進まない。何か、したいことがあるんだろう?ならその方向に突っ走ってみればいい」
………
「ミカニコスさん、も、そんな、かんじのこと…ある?」
と、一瞬ミカニコスさんの肩が揺れた。
「そんなことばっかりだよ。大人になるとどうしてもねぇ…」
あーあ、とどこか遠くを眺めたその目は、やけに鋭かった。
「後悔、後悔、後悔。何をやってもどんだけ頑張っても、もっと良い手はなかったのか、本当にあれは正しかったのか、なんて延々と悩み続ける羽目になる。そして直に、悩む暇すらもなくなって一見悩まなくなったように見えるようになる。…これはあくまで持論だけどね、人間は基本的に成長するにつれて孤独になっていくもんだと思ってる。心から信頼できる人ってのが少なくなっていく気がする。それを紛らわそうとしていろんな物に手も出すし、周りと上手くいってるように振る舞う。大体のものは見れば分かるようになっていくが…だからといって見たものが全てってわけじゃない。難しいもんだよねぇ…」
……正直な話をすると。私はこの話を聞いても、なんか難しい──私自身にはそこまで関係の薄いような話としか思えなかった。
私が前で死んだのがいつ頃だったか──もうあんまり覚えてないけど、一応まだ社会人ではなかった気がするから「大人」という存在が少し大きく見えていた気がする。
でも。
「ミカニコスさん、は………」
「おっと」
一つ、追加で聞こうとしたところで彼女が声を上げた。
「無くなったか…ちぇ、今日はここらへんにしとくか」
……無くなった?もしかしてその一升瓶みたいなサイズのやつ一本飲んだ?顔色一つ変わってないけど……もしかしてとんでもないザル?
と、ミカニコスさんは小さくため息をついて目をこっちに向けた。
「…ま、そんなわけだ。別に理解できないならできないでいいが…最後に一応聞いとこうか。……何かしら考えがあるんだろう?それを実行することで「今」の時間が、平穏が壊されるとは考えなかった?」
薄く開かれたその目は、責めるような口調とは真逆に今まで見たことがないくらい優しかった。
「……かんがえは、した。けど……うごかなかったら、それはそれ、で…もやもやする、から…それでも、やる」
「!……そうかい。まあそこまで意志が固いならいうことはないかね。ま、何かしら失敗してどうしようもなくなったらよしみで拾ったげるよ。後悔しないくらい思いっきりやってきな」
「…ん」
硬くなった手で頭を撫でられた。その合間に小さく吐き出された息の音が聞こえた。
「…まったく、こんな子が人工天使なんかにされるなんてね……神サマとやらはよっぽど仕事をしたくないとみえる」
「…かみさま……」
「そ、神サマ。もっと正確に言えば女神サマとして信仰されてるね。……人間には大して何もしてくれやしない、そんなやつさ」
……わお。
「…シス、そもそも神サマなんて、いると思うかい?」
「………」
神様、か……
(神ねぇ…そんなのいるわけないとは思うけどね。けどそれはそれとして、そんなこと普通に言っちゃって良いのかな)
『微妙。でもここでそんなこと聞いてくるってことは、ミカニコスさんにとって大事な考え方なんだと思う』
だから…答えるとするならちゃんと答えないと。
「…いる、とは、おもう」
「…!まさか」
「けど、その…そんなに、すごいちからを、もった…すごいひと、みたいな、かんじじゃ、なくて…こう、つくるだけつくって、ぼうかんしてる、みたいな…そんな、かんじ?」
「………」
何度目か分からないくらい驚いたような顔でミカニコスさんは固まった。頭に乗せられた手が小刻みに震えてる。
「…はは、そうか…そうか。はは…」
と、ミカニコスさんは手を退けて薄く、長く息を吐いて…
「…もっと早く、会ってれば……」
「え?」
何かを小さく呟いた、気がした。
けど次の瞬間にはまた快活そうな表情に戻ってて。
「いや、何でもないよ。んじゃ、アタシはそろそろ戻るかとしようかね。シスは…アインのやつに話をしに行くのかい?」
「…ん」
「そうか。まああいつのことだ、変に心配することはないだろうさ。味方である内はだいぶ心強いだろうさ」
…?味方である内は?
え、アインさんが敵になる可能性あるってこと?
『いや、この言い方は…』
(……いやいや、それは想定したくないよぅ…?)
『でも、想定はしておいたほうがいい。何が起こるか分からないっていうのはシスがよく言ってくれてたでしょ?』
(うへぇ……)
いやいやながら…本当にいやいやながら、ミカニコスさんと対峙する可能性を本格的に頭の片隅に入れながら、アインさんの部屋に向かう事にすることにした。……杞憂であって欲しいなぁ…あいや、これフラグか。
ともかく、そんな考えは頭の隅に追いやり、一旦アインさんのもとに向かうことにした私とカラだった。
▼▼▼
「……はは、は……」
あの子を…シスを見送ってから、アタシは自室で自嘲していた。
…自嘲、ねぇ。そんなのする資格もあるのかわかんないな。
「あぁ、糞…後悔するな、もうどうしようもない所まで来てるんだ…」
いっそ一時的でもいいから酔って忘れてしまいたい衝動に駆られるが、あいにく遺伝のせいか、酒にめっぽう強いアタシの身体はそんな簡単に、都合よく働いてくれやしない。
全くだ、どの身で、どの口があの子に説法してるんだ。誰にも打ち明けず、周りを騙し続けた結果後悔に飲まれた無様な阿呆が、どの口で……
…あぁ、糞。なんなら、もしかすれば大聖女にはもうバレてるんだろうか。あれからも何の変わりもない日常が続いてるあたり、何かしらでは打たれてる可能性が高い…ならこっちに直接文句も言いに来ないのは何だ?一体何を考えてる?
…………ああ。
…………もう一本、呑むか。酔うに酔えないだろうけど。




