人工天使は葛藤する
「せ、せん、にゅう?」
「そそ〜。明日の会議そのものにシス君も行ってもらおうと思ってねぇ」
探索を終えて戻ってきた頃合い。アインさんと明日の予定を話し合ってると、そんな事を言われた。
いやいや、いやいやいや、そうはならんでしょ。まさにこないだ言ってたじゃん、聖人会議なんだから反帝国主義の人もいっぱいいるって。
確かに一応昨日の段階で二日目からはアインさんの方を手伝ってもらうみたいなこと言ってたけどさ…!
『ほーん、私の許諾を得ずにそんな事を勝手に進めるんだー。ふーん?』
(か、カラ、落ち着いて)
「とは言っても、当然そのまま行かせるわけにもいかない。そのまま行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだからねぇ」
…よ、良かった、ほぼ死刑宣告みたいなこと言われなくて助かった…このままだと私は死ぬしカラは暴走することになるとこだった。
「シス君、透明になるとか認識できなくなる、みたいな力あるでしょ?」
「へ、」
え、いや待ってステルスの事は誰にも言ってないはずなんだけど。なんで知ってるの!?
『あれ、言ってないっけ?………言ってないね。えぇ…なんで知ってるのこの人…』
カラも呆れた声を出してた。
「あ、いや、あー、ま、まぁ…ある、けど」
「うん、それを使ってセリシア君を後方から支援してあげてほしいんだ」
「…でも、ステルス、は、ねんぴが…すごいわるい、から…あんまり、ながくは、つかえない、かも」
そう、それが問題なんだよなぁ…
再三言うけどステルスは本当に燃費が悪い。グラビティドライブの消費魔力が10だとすればステルスは同じ時間で使うと500くらい持っていかれる。
連続で使い続けると考えると1時間くらいが限界だろうなぁ…しかもそれだけ使い続けたら完全に魔力すっからかんになるから動くことすらできなくなる上に人間で言う血液が全部なくなるみたいになるから、なんなら生命維持ができなくなって死ぬっていうね。ははっ。
……笑い事じゃないねこれ。
『ほんとだよ』
(そ、そんなマジトーンで言わなくても…)
いやまあマジトーンで言われても仕方ないけどね。
「あー、心配しなくてもそんな長時間は使い続ける必要ないよ。そうだなぁ……連続で使うのはだいぶ長く見積もっても10分。総計で見たとしても、長くても20分もいらないと思うよ。なんなら使う必要ない可能性もあるし」
…ん?総計で見ても?
ってことは使ったり使わなかったりするってこと?一体私に何をさせる気なのやら…
「まあとりあえず…まず、明日君にしてもらいたい事を伝えとこっか。明日、君にはセリシア君を後ろから直接サポートしてもらいたいんだ。…もしかすると何かしら妨害が入る可能性があってねぇ」
…妨害?
詳しく聞いてみたところ、どうやらセリシアさんが一人でエレボスの巣穴を破壊したんじゃなくて協力者がいて、しかもそれがアインさん以外だっていうことがバレかけたらしい。
私が関与してる、みたいな確信的なところはだいぶごまかしたらしいけど、疑念を持った人から探りが入ったりする可能性が高い上下手すると直接吐かせようとする人が出てくる可能性がある、らしい。
うえぇ…人同士で争うのやめよ?肉塊とかいう共通の敵がいるんだからさぁ…
「で、その中で君にはセリシア君への直接的な妨害──物理的に彼女を害そうとするものから守ってあげてほしいんだよ」
とのこと。
どうやら、平常──普通の時はアインさんが『秘匿』の奇跡をかけてくれるらしいんだけど、前にも教えてもらった通り秘匿の奇跡は「認識しづらくなる」だけ。そこに「何かいる」「何かある」と感知されるだけで効力は半分以下に落とされるらしい。
だから平常時はそのままでいて良いけど、何かしらアクションを起こす場合はステルスを使え、ってことらしい。
……ん?あれ?…
「ひとくの、きせき、の、せいせきは…つかわない、の?」
「?……あぁ、君の頭の上の歯車には聖石を使ってるのになんで今回は直接かけるのかってことね。…どっちかと言うと、これは僕の能力の話かなぁ。聖石は奇跡を込めた石、もしくはそれに準ずる物体の事を言うんだけど、元の奇跡よりも性能がだいぶ低くなるんだ。普段使いするだけならなんら問題ないくらいなんだけど、相手は国を代表するようなとんでもない聖人ばっかりな上に姫さ……大聖女サマまでいる。相手も相応にひりついてる中で、その上警戒状態となれば下手すりゃ普通にバレるんだよ。君の歯車を隠し続けるのに直接使わなかったのは…まあ、君のステルスと似たようなものかな。かなり燃費が悪くて四六時中直接かけるのは僕の負担が大きすぎるから聖石を使ってた、って感じかなぁ」
あー、なるほどね。
それでも直接的な干渉をする時は二重に使えってか。とんでもない人ばっかりなんだねぇ…
「……最後に一つだけ、忠告しておこうかな。大聖女──って言われても分からないよねぇ。外見の特徴で言おう、当て布で目を隠してる特徴的な見た目をした銀の長髪をした女性。……あの人には最大限警戒しなきゃいけない。絶対にだ。彼女の扱う奇跡は正直並じゃ太刀打ちできないし、敵に回られたら僕らにできる対処は多分無い」
…わお。アインさんがここまで言い切るって相当な気がする。
「今回の作戦では僕からの指示は出せない。詳しい説明は省くけど、聖石に対して他の奇跡はかけられないから通信の聖石を使おうとするとそれには秘匿が適応されないんだ。一から作り直せばできないこともないんだけど……それをやるにはあまりに時間が足りない。それに、僕の目には実際の状況が見えないからあらかたの指示は出せても詳しくは出せそうもないんだ。…正直、かなり危険で無茶なお願いをしてるのは重々承知だ。……引き受けてくれるかい?」
……口調が変わった。あの目は、本気でこっちを思案してくれてる目だ。
………アインさんがここまで言うとなると本当にやばいんだろうな…しかも、私の行動の責任が私以外に伝わるのがキツイ。
『…私は、やってほしくない』
と、頭の中で冷たい声が響いた。
(カラ…)
『もう無茶苦茶でしょ。なんでここまで背負わされてるの?言ってることもやってることもぐちゃぐちゃ。エレボスの巣穴だかなんだか知らないけどあの行動だって正直私は反対だったよ。でも元々私たちは肉塊の殲滅の目的で生み出されたものだから、当初の目的として…身の安全の確保っていう意味も兼ねて許した。その結果一歩間違えばシスが死にかけたわけじゃん。まあこれは確かに私も許した行動だったし、危険性は考慮した上での行動だったよ。でもこれはもう関係ないじゃん!』
徐々に強くなる語気に、気圧された。
『勝手にそっちで話が燃え上がって勝手に危険になったからってほぼ関係ないシスを巻き込もうとしてるんでしょ?責任とか以前の問題じゃん!むしろここまでついてきていろいろ調べてる時点でやることはやってるはずでしょ!?結界の境界の探索もして本来知り得なかった情報も持って帰ってきたし、その内側で湧いてた肉塊も処理した!本来ならそれだけでも相当な成果のはずでしょ!?その上もう一回危険地帯に生身で飛び込めって!?もう意味分かんない!!何なの!!?』
(か、カラ、一旦落ち着いて…)
『落ち着いてられないよ!!今どういう状況かわかってるの!?下手すればなんてところじゃない、ほんとに死ぬよりひどい目にあうかもしれない場所に連れて行かれそうになってるんだよ!?しかも後方支援もほとんどなしの状態で!!ありえない!!!』
ぶ、ブチギレてる…初めて見たこんなカラ…
…でもそれはそうなんだよなぁ…実際課されてるのはそういう事。できるかできないかで言えば「できないことはない」レベルだけど、それはカラの協力があるからこそ。しかももっと言えば「できる」と胸を張って言うのは憚られるような状況。
そもそも、私は「戦って勝つ」のは得意だけど「守って勝つ」みたいな動き方をするのは不得意だ。というかそんな動き方はほぼ知らないとまで言える。
どれだけ戦闘に特化させられた身体と武器があって超優秀な仲間がいるとはいえ、そもそも体の主導権を握る私は平和な日常を謳歌してた元パンピーだ。価値観だって、まぁ…だいぶ緩くはなっちゃってるけどまだ平和的な方だと思うし、人相手だと戦闘よりは先に和解の選択肢を出したくなる。そんなのだから戦闘について発展能力とか応用能力はほぼ皆無と言っていい。それをカラの超常じみた情報収集能力とⅠ機という人工天使の特化身体能力を使って補ってるだけなのが現状だ。
『ねえシス、お願い、もうやめようよ。………私はシスに助けられた身だし、できることならシスの考えに賛同してあげたいよ。でもこれはもう無理だよ。どうせ領主さんの事だから私たちが断っても何かしら案は考えてるでしょ』
……それは、そう。正直、アインさんにはどんな状況でも何とかしてしまいそうな雰囲気はある。
でも、この件はそもそも私からついて来たいと言い出したもの。それを途中でほっぽり出すのは……
「………いや、今のは少し良くなかったな。君の力を“使えるかどうか”で判断してた。そもそも、“使う”なんて表現はして良いものじゃなかったね」
「え、」
と、思考に埋もれているとアインさんの声が降ってきた。
その時点で自分が想像以上に深く考え込んでて、顔を深くうつ向かせていたのに気づいた。
「……この件は僕が何とかしてみよう。幸い今のところセリシア君にも君がここにいることは気づかれてないし──君の存在を確信できている人もいない。これについては僕が不用意だった──ごめんね」
そう言うとアインさんは声をかける間もなく立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
……………どう、しよう。
▽▽▽
「…………」
真夜中。
元々睡眠が必要ない……というよりはそもそも寝ることができない私は、時計塔の外階段を登って辿り着いた屋上で考えを回していた。
(……カラ)
『………ん』
答えは短く返ってきた。でも、呼んだはいいものの頭の中が真っ黒で何を話せばいいのか分からない。真っ白じゃなくて、真っ黒。言いたいことや聞きたい事が頭の中で絡まって、うまく出力できない。
『…ごめん。うまく、言えないけど……なんていうか、心の中がもやもやして…気付いたら、怒っちゃってた』
ふと、話はカラの方から切り出してくれた。
…いや、これに関しては私の配慮もできてなかった。そもそも、普段の言動とかで隠れて忘れがちだけど、カラの精神的な年齢はまだ一桁、なんなら一桁前半だ。研究所の教育とか私との対話で色々と成長しているとはいえ、まだそんなところ。
もちろんそう言われて想像するような、普通の人間の、まだ上手く言葉も喋れないような子供時代とは違うけれど、そもそも自我がかなりはっきり残った状態でここまでのストレスを一身に背負ってるのがおかしい状態だったんだ。
(ううん、これに関しては私の方にも問題があったよ。…カラはいつも助けてくれてたけど、私から何かしてあげられたことってあんまり無かったし……今回だって、結構私が勝手に動いちゃってたからね)
『ぇ、あ、そ、それは、違っ──』
考えなくても、理解る。混乱して自分の状態が分からなくなりかけてるカラの気持ちが感じ取れる。
その心を前に、少しだけ心を落ち着かせる。小さく、息を吐く。
(でも、ごめん。こればっかりは勝手に決められないんだよ…私が言い出したことを、勝手に一方的に拒否するのはさすがに無責任が過ぎる。だから、お願い。少しだけ力を貸して。幸い──一つだけ、案がある。たった今思いついたやつだけど……私も、カラも、傷つく危険性は限りなく低い上でアインさん達に協力できる案)
『…ぁえ?いや、でもそんな案、あるなら領主さんがとっくに想定して──』
(いや、これは私たちの機能についてそこそこ理解できてないと思いつくのもだいぶ難しい案だから、多分想定できてないだけだと思う。もともとそんなのできないって言っちゃってたし。内容は────)
『……なる、ほど…でも、それシスは大丈夫なの?』
(問題ないはず。これでも人工天使として強化されてるんだよ?)
少しきついところはあるけれど、言っても多少キツイだけ。全然問題ない。何なら蝶形の肉塊と戦ったのがよほどキツイまである。
(それで、独断の行動はこれでおしまいにする。ちゃんとカラの話も聞くようにするよ)
『……ん』
そんな話をしている中。
「んあ?あら、シス。何してんの?」
「ふぁっ」
突然背中に覆いかぶさってきた声に普通にびっくりした。
慌てて振り向くと、オレンジの顔で少しだけ安堵したような顔をしたミカニコスさんが、何故か酒瓶を片手に掲げて立っていた。




