人工天使は不審がる
翌日。
とりあえずアインさんの指示に従って、周囲に見つからないようにステルスも使いつつ上空まで飛んできた私なわけなんだけど。
(…あれ?)
『何かあった?』
(ううん……逆。なんにもない)
右手に赤い聖石を手に持っているのを確認しながら周りを見渡す。けど……昨日見たような結界の境界が見当たらない。おかしいな…高度的にこれ以上高い位置に境界は作る必要ないと思うんだけどな……
現時点の高度は地上八千メートル程。吐く息すら白くなるような、前世で言うエベレストくらいの高度まで生身で上がれるのは人工天使の体所以──とかそこは良いんだけど。
これ以上高いところに結界を張っても、そもそもこのレベルの高度まで来れば肉塊がまずいない。というのも、奴らは一応体自体はタンパク質みたいなのでできてて、寒さ暑さにそこまで強いわけじゃない。魔力で補強されてたりしてるとはいえ、それでも限度がある。ここレベルになると気温はもうとっくにマイナス値に足を突っ込んでるし、酸素だってかなり薄い。弄られた部分を操作して気温の変動に超がつくほど鈍感にした私でも少し肌寒いと感じる程度な時点でもう相当。風もかなり強いから姿勢制御もちょっと厳しいレベル。
そのうえ、ここから上空を見てみても昨日アインさんに見せてもらったような境界や空間の揺らぎらしいものは見えないからほんとに高度一万メートルに境界があるみたいなことになりかねない。そんなもう半分宇宙みたいなところ、もう肉塊がいるわけない。
うーん……一旦上空の調査は中断かな。アインさんに一旦連絡してから、地上近くの結界の境界を調べに行こう。
『はーい』
手元の青い聖石に向かって、しどろもどろながらに現状…上空に結界の境界が見つからないことと、一旦地上の調査に向かうことにした旨を伝えてグラビティドライブを止める。通信用とはいえいつでも向こうから返信が来るわけじゃないから、言うだけ言って高度を落として、鉄翼を操作していい感じに滑空する。
魔力の節約ね、ぐんぐん速度上がるからめっちゃ怖いけど。
そんなこんなで滑空すること1分強くらい。
『地上までの距離2000切ったよー』
(……ここらへんかな。ステルスドライブ起動)
地上から下手に観測されないようにステルスを起動すると、ザザ、と砂嵐みたいな音が耳に届いて、少しノイズみたいなのが体を透明にしていく。そこから人目の少ない場所を見極める。……まあ私の目じゃ限度があるからカラにも頼るけど。
『前方方向600mくらい先、ナビするから目指して。そこらへんなら家も少ないし、そこから奥の生命反応も少ない』
(おけー)
脳内に、なんとなくどういうふうに進めばいいか、どこを目指せばいいかのルートが浮かぶ。体勢を少し変えて揚力を受け、鉄翼を操って前進していく。
(ちなみに、一応聞いとくけど周辺に魔力反応は?)
『なーし。少なくとも現時点で400m圏内、及び目標地点周辺に魔力反応は───』
ふと、カラの声が途切れた。
『──っ!目標地点から北西に50m、ごく小規模の魔力反応2…!?なんで…!』
えっ。
(ちょっと待って、ここまだ結界内のはずだよね!?)
『領主さんの話が正しければ。…まさか』
いや、そんなまさか…ね?
けれど、私もカラも、考えてたことは同じみたいで。
上空八千メートルまで上っても見つからない結界の境界、本来結界内のはずなのに存在してる肉塊、そして何より──元々考えてた違和感。
──結界の内外を決めるための条件は、二択式で決められる。
肉塊と人を分けるのであれば、その決定的な違いは──魔力の有無。でも類似物ではあれど同じく魔力を持つ私が入国の時に一切弾かれなかった。
そもそも魔力以外で人間と肉塊を判別してるのか、よほど結界を展開した者の魔力への理解が高く、私たちの持つ魔力モドキと魔力を分別できたのか、それとも、まさか……
(『結界が、張られてない…?』)
地上までの距離推定200mを切った。もう木々に紛れて目視で肉塊の姿が見える。同時に滑空によって魔力反応を伝えられた位置での真上へ到着、鉄翼と体勢をまた少し操って空気抵抗の少ない体勢へ切り替え、右手のブレードのみを展開、そのまま真上から──
「ふ、っ!」
ほぼ自由落下みたいな勢いをつけたまま視界に入った肉塊を横に一閃、容易く通った刃の勢いのまま横に転がってその近くにいたもう一つの肉塊も切り裂く。
あの高度から落下しても私自身は大したダメージは負っておらず、十全な力で攻撃した肉塊はあっさりと沈黙した。
…抵抗するほどの大した力も反応速度もなし、魔力反応も小規模だったみたいだから何かしらの能力がある可能性も低い。
(……これは…)
…いや、まだ確定はさせられない。もしかしたら何もないところに肉塊がポップする可能性もあるし…念の為地上の境界探査もしておこう。
『…いや、多分必要ないよ』
と、カラの深刻そうな声がした。
『領主さんが言ってた通り結界が奇跡で展開される産物なら…絶対に魔力反応に近い反応が出るはず。実際昨日の夜に領主さんが試しに展開した結界も、聖女さんが展開してたバリアも、近い反応はあった。けれど少なくとも、今私の探知にはそれに近い反応は一切引っかかってない』
……これは…ちょっと冗談や勘違いじゃ済まなくなってきた気がする。
急いで青の聖石を取って、アインさんに連絡を取る。
「…けっかい、の…きょうかい、ちじょう、にも…なし。そもそも、はられてない、かのうせいが、ある」
【おっと、マジ?】
うわ、返ってきた。まさか返ってくるとは思ってなくてちょっと慌てたけど、すぐに報告を続ける。
「う、うん。けっかい、の、さかいめは…じょうくうに、みつから、なかった。まりょくに、ちかい…はんのうも、ないし、うちがわに、にくかいが、いた」
【………そうか…そうかぁ…うん、分かった】
「ねんのため、もうちょっと、さがして、みる」
【了解。頼んだよ、気をつけてねぇ】
「…ん」
さて、念の為もう少し調査を続けよう。
…もしも。もしも今本当に結界がないんだとしたら…
……ちょっと、嫌な予想が出てきてしまう。
『予想?』
(…いや、こっちの話。あくまでも可能性だし、確率も高くはないけど…一応、ね)
まあ一旦頭の片隅においておく、くらいにしておこう。とりあえず今は探索が優先。時間自体はまだまだあるし──情報は多いに越したことはないはず。
(…行こう)
結界云々を一旦置いといて、結界が張られてるものとして考えてみても、一応ここに肉塊がいる理由はいくつか考えられる。
①肉塊が結界内でポップ、リポップした。
聞いたことはないけれど、肉塊の生態もそこまで深くわかってるわけじゃない。もしかしたらそこら辺から生えてきてたり、打ち捨てられた肉塊の残骸から新しい肉塊が生まれることもある可能性はある。
②結界が張られる前から結界内に存在してた。
結界が張られてもその内部の肉塊が死滅するわけじゃない。掃討はどうしても人力になる。その時からの生き残りの可能性もある。…まあそれにしてはアレは弱すぎたけど。
③2つ目の派生で、巣が残ってる。
単なる肉塊が生き残ってるだけじゃなく、巣が残ってる可能性もある。そうなると状況は少し拙い。肉塊の中には、「肉塊を増殖させる肉塊」がいることがある。エレボスの巣穴のあの貯蔵庫みたいな、人間には知覚できないような場所でひっそりと増殖してるとだいぶ面倒なことになる。
凡そこんなところかな。
『探してみよっか。ちょっとグラウヴ公領より広いから時間かかるかもだけど…』
(お願い。とりあえず他に肉塊がいないかだけ私も探してみる)
グラビティドライブを再度起動して木々の中を飛び回る。
巣にせよ肉塊にせよ、町中にいるとは考えづらい…そんなところにあれば即退治されるだろうから…探すとすれば中心地から外れた場所。特に人が立ち入らないような場所だ。
……心の中で、そっと舌打ちをする。同時に、アインさんに着いてきて良かったとも。
もし来てなかったら誰も気づかずそのまま放置されてた可能性もある。下手すれば気づかれないうちに肉塊が周囲から侵食してきて──なんて状況も想定できるわけだし。
……いや、待った。そういえば周辺の探索を頼んだのってアインさんだった──まさかあの人ここまで見越して…?いや、流石にない…とも言い切れないなぁ…。
色々と考えていると頭に溜まってきた熱を、ため息と一緒に吐き出す。少し涼しくなった頭で目前に出てきた標的を見据える。
三、四、五体目。
嫌な予感…ではなくとも、想定していた事象。鈍い動きで這い動く不定形の肉塊の内、一体を展開したブレードで貫いてその勢いのまま他の二体も切り飛ばす。
『…シス、ある程度探ってみたけど…巣の感じはなかったよ。ただ、魔力反応は若干ポツポツと見つかる。だいぶバラバラに点在してるから全部やるのは無理だけど…一応送る?』
(ありがとう、お願い)
頭の中に大まかな地図と魔力反応の点が広がる。
そこまで数は多くない…あー、街中に密集してるのは多分神聖力の反応として、国の外れに分布してるものだけをカウントするとそこまで多くないけど、確かに全部倒そうと思うと一日中飛び回る羽目になりそうか。さすがに現実的じゃないね。
…じゃあここ周辺の反応だけ潰しておこうかな。そして…
(これ、つまりここに出てる以外の反応はなかったんだよね?)
『…うん。結界から出るであろう反応もなし』
(やっぱりそうかぁ…分かった、ありがとう)
さて。
じゃあ…とりあえず動くだけ動こう。近場の肉塊の殲滅を第一目標として行動開始。
……頼むから、大事にならないでよ…!




