人工天使は遭遇する
時計塔の中は六階建てになってて、一、二階は居住区域、三、四、五階は吹き抜けで真ん中に床、天井を貫通して時計の機構が設置されてて、六階には大型の機構によって制御された時計と、この国全体に張り巡らせる結界の起点があるらしい。
結界の起点って?と思ったけど、そういえばアインさんがグラウヴ公領でもなんか鐘を起点にして結界を張ったみたいな話してたし、多分それに近い物なんだろうということで納得しておいた。
そして、とりあえず私とアインさんは二階の居住スペースの一室を貸してもらえることになった。部屋を分けてもいいとのことだったけど、別に分ける必要もそんなに無いしなぁ、と思ってのこと。
で、そんな塔の中の案内も一通り終わった後。
「シスー、そこの箱取ってくれるかい」
「あ、はい」
私はミカニコスさんの作業の手伝いをしております。ほんとに何でこうなった。
事の発端は…なんて遡る必要もそこまで無いんだけど、まあ言っちゃえばアインさん曰く「今君にはやることないからとりあえずミカニの指示に従っといて」とのことで。ウッソでしょと思いながらも、ミカニコスさんの整備作業を手伝う事になったんだよ。
しっかし…この機構どうなってんだろ。たかだか時計でしょ?こんな…10メートルくらいはありそうなゴテゴテした機構いる?
『これは…多分だけど時計だけじゃないよ。だいぶいろいろ盛り込まれてるみたい。日照時間の計測とか天気の予測……時計の機能にしても、地軸と自転公転とかから割り出す最も正確な現在時刻を計測してるっぽい?詳しいことは専門家じゃないからわかんないけど…』
(専門家じゃないのになんでそんなの分かるのさ…)
普通わかんないって。私なんて見た感じ「わーすごーい」しか思わなかったよこれ。
「シス、気付いてる?」
「…へ、ぁえ、は、い?」
「アタシの名前」
目線は前向き、機械に対して真剣な目を向けつつ、背中で私に話しかけてきた。
……名前、と言うと…あぁ、あの事。
「あ、ぇと、まあ…“ぎし”さん……」
「あはは、流石に気付くよねぇ。“技師”の“ミカニコス”…私が名乗った時に若干不審そうな表情したろ?けど大して聞いてこないなぁと思ってね。気になんないの?」
「…きには、なる…けど、きかれ、たい?」
ミカニコス……それは、この世界での古い言葉で“機械”や“技師”を指す言葉らしい。もし仮に、天性からの名前がそれで今ついてる職業が時計塔の技師となると、まさにこの職業は天職って感じになるわけだけど……ま、そこまで単純じゃないよね。
それに、わざわざ偽名を名乗ってる理由なんて碌なことがないに決まってるから聞かなかった。まあ他人の深い部分にズカズカと踏み入るのもちょっとアレだしね。
と、ミカニコスさんが整備の手を止めて振り向いた。
暗い土色の目が大きく見開かれて…言うなら、それこそありえないものを見たような、そんな顔をして。
でも次の瞬間にはくくっ、と喉を震わせていた。
「…っあっはっは!そうか、そうかそうか…あの人工天使に気遣かわれたわけか!これは笑える」
…そういえばこの人、人工天使の事割と知ってるっぽいよね。研究に関わってたりした?
『んー……あいにく私の記憶にはないけどなぁ。研究所の人員にそこまで詳しかったわけじゃないけど、そもそも私たちの周りで関わった人に、女性がいなかったはず』
(だよね。だいたいおっさんかおじさんだった気がする)
しかも特に、こんな快活な感じの人は見たことも聞いたこともない。一応帝国の国民も人工天使の事は知ってるはずだから別におかしいわけじゃないけど…なんか、妙に詳しい?前の世界で言う「ミリオタ」みたいなタイプの人でもない限り、人工天使なんてだいたいは名前だけ知ってるみたいな人が大半だと思うんだけど。
「いやはや、まあアインのところで暮らしてるんなら、そうもなるのかね。ああ見えて人との関わりが上手いだろう?軽薄そうに見えて当人が本気で嫌がりそうな事はあんまりしないからね」
あんまり、なんだ。絶対じゃないのか…
『まさにシスのことタクシー代わりにしてたじゃん』
(いやまあ別にあれ自体は私は特に何とも思ってないし…)
『思ってて』
(いや『思ってて?』…はい)
こわい。(こわい)
なんか声が重たい。これが…暗黒微笑ってやつ…?
「まあそこはともかく…気にはなるんだろ?名前。ま、そこまで深い理由があるわけでもないけどね。宗教国家からしてみれば帝国はとんでもなく邪道な国に見られてるのは知ってるだろ?そこから移住してくるだけでも一苦労、そのうえ普通に生活しようものなら……相当強力な後ろ盾を作るか、偽名を使って全くの別人になるかくらいしか手段が無いのさ」
顔を戻して手を再び動かしつつ、ミカニコスさんはそう言った。
それ深い理由じゃないの?ある程度推測はしてたとはいえ、普通に世知辛い内容では。
「ま、例外もあるけどね。あ、ー…アンタなんかがその良い例じゃないかい?」
確かに。まあ私の場合は移住というか不法侵入から成り行きで認められた形になったというか。
「というかよくあそこから逃げてこれたよね。アインが何か手回しでもしたのかね…」
「あ、や、アインさんと、あったのは、けっこう、さいきん…あ、えと、セリシアさん、と、さいしょにあって…あ、セリシアさん、っていう、のは…」
「…セリシア?…もしかしてセリシア聖女の事かい?」
…ん?なんか声が変わった。けどこれもどちらかと言うと驚きの方が近い声っぽい?
「え、あ、うん…しってる、?」
「知ってるも何も…かなりの有名人だよ。期待の大新人なんて言い方は微妙に違うかもだけど、ニュアンス的にはそんな感じの天才さ。そうか、確かにあの人もアインのとこの所属だったっけか」
ほえー。有名人だし、やっぱすごい人なんだセリシアさん。サインでももらっとこうかな。
『多分そんな感じじゃないと思うよ』
(流石に分かってるって…)
サインもらって私にそれをどうしろと。私の住んでる所セリシアさんと一緒だよ。部屋も一つしか無いから部屋まで一緒だし、飾ろうものならセリシアさんの部屋に自分のサインが飾られることになるよ。
……ん?今私、完全にこれからもあそこに居座ること前提で考えてた?
「よし、ここらへんはこんな感じで良いかな。移動するよ」
「あぇ、あ、これ…もしかして、ぜんぶ、ミカニコスさん、が…せいび、してる?」
よいしょと言いながらミカニコスさんが立ち上がったのに慌てて思考を合わせて、吃りながら聞く。
まさかとは思うけどこのバカでかい機械を一人で整備してるわけじゃ…
「あはは、流石に無い無い。とは言っても弟子が一人いるだけだけどね。今は丁度買い出し中でいないだけさ。少し前まで二人いたんだけど…一人辞めちゃったからさ」
あー忙しい忙しいと言いながら工具類をベルトやポーチにしまって、部品類も持と…うとしてたけど、さすがにそれは私が持って。あの大量の工具プラスこの量の部品は下手すると腰がやられかねないからね。10キロはありそうだし。
というわけで三階から上って四階へ、大きな機構の一角へまたスペースを移動してこっちからじゃ何をしてるのかもわからない作業を手伝う(?)こと数分ほど。
「ししょー!もっどりましたーー!!」
下の方の階から、やけに元気そうで大きな声が聞こえてきた。
…いやすごい声量。ここ四階よ?機構も動いてるからそれなりに雑音も多いのにそれでもかなりはっきり聞こえる声って…
『だいたい100db…えぇ?』
え?100デシベルって…えっと、確か電車の通過音とかそんな感じだっけ。
…え、ちゃんと人間の声だったよね?今の?
「お、噂をすれば何とやら…まあ出てから1時間半くらい経ってるし、少し遅いくらいか。紹介もしたいし一旦降りよう。あの子もアインのことは知ってるが、アンタのことは知らないからね」
工具類は置いといて良い、と言われて一旦箱に戻すだけ戻しておいて、機構を取り囲むような螺旋階段を降りて一階に行く。
と、そこにはかなりの大きさの袋を三つ抱えるようにして、前もろくに見えていないような状況でよたよたと荷物を運ぶ少年がいた。もはや積み重なった袋のせいで、よく日に焼けた肌と青っぽい髪しか見えてない。
流石に見てて危なっかしいという事で、その三つの袋のうち上に乗ってるだけになっててずり落ちそうになってる二つを取る。
「おわっ!?って、あれ、お客さん?」
「ああ、諸用でアインが連れてきたんだよ。フォス、自己紹介」
フォスと呼ばれた彼は、地面に袋を下ろしてニカッ、と笑った。なんというか…とても光属性っぽい顔をしてる。常々無表情の私とは大違いな感じ。
「フォスっていうっす!ミカニコスししょーの所で技師見習いみたいな感じで色々教えてもらってるところっすね!よろしくっす!」
「あ…わたしは、シス。よろしく」
うんうん!と頷いた。いちいちの動作が大きい。
握手でもしたほうが良いかと思って右手を若干出したものの、すぐ引っ込めようとしたらそのままぐいと引っ張られてブンブンと上下に振り回された。…げ、元気だ。
「こーら、フォス。あんまり自分のペースで振り回すんじゃないよ」
「!あっご、ごめんっす!」
「あ、いや、だいじょう、ぶ」
あんまり見ないタイプで驚いてただけなんで…とは言えなかった。まだそこまで口は動いてくれない。
こういう元気タイプの人、こっちで見たことないしなぁ…なんかほら、体の周辺にオレンジ色のキラキラエフェクトが出てきてそうな感じの人。
まあそこまでたくさんの人と関わってるのかと言われると…まあ、うーんって感じだけど。
「五日くらいうちに泊まることになってるから、良くしてやりな」
「はいっす!!」
あととても声が大きい。元気なのは良いことだけど…キーンってなる。
前にも言ったと思うけど、人工天使は機構由来の補助のおかげで味覚を除いた五感がかなり鋭い。それこそ虫の羽音だけでもかなり煩わしく聞こえるくらいには。
まあ日常でそんな感覚の強さしてたらまともに生活できないからある程度制御してるけど、それでも遺伝子的な操作からの五感の鋭さはさすがに完全に制御はできない。よって大きな音とかは苦手な部類に入る。
戦闘状態なら色々便宜が図れるんだけどね…さすがに町中で翼やら砲身やら出すわけにいかないし。
『こっちでなんとかしよっか?』
(いや、いい。カラに頼り切りになるのはちょっと避けたいし、こういうのにも慣れとかないと)
『…私は良いのに』
そう言われてもね、ただでさえカラには日常生活レベルで色々手伝ってもらってるんだし。カラの助けがないと生命維持活動すら一部行えないからね…難儀なもんだよ。
「あっそうだ!ししょー!さっき道端でクレボに会ったんすよ!」
「ん?あぁそうかい。元気してたかい?」
「それが…なんかちょっと元気なさげだったっす」
クレボ?知り合いさんかな?
『それかフォスの友達とかかな。言いぶり的に最近は会えてなかったみたいだけど』
…けど、ミカニコスさんが一瞬顔を顰めてた。何か良くない記憶でもあるんだろうか。
「ってなことで引っ張ってきたっす!」
「は?」
「え?」
『ん?』
いやそうはならんやろ。
どうにも、フォス君はパーソナルスペースを詰めるのがとんでもなく早いらしい。いやまあ会った時点で何となく察してはいたけど。
にしてもよ。ミカニコスさんの反応見るに何か因縁…といえる程じゃないかもしれないけど、まあ何かしら問題がある可能性ある人を、しかもなんか調子悪そうな状態で連れてくる?
で、フォス君は塔の入口のドアの向こうから一人の人を連れて……というかほんとに物理的に引っ張ってきた。
なんか…あれだ。既視感あると思ったら、めっちゃ元気な小型犬に散歩させられてるみたいに見える人。アレっぽい。
で、入ってきた人を見て……
「……あ、」
『……戦闘状態へ(しなくていいから)移行……むぅ』
咄嗟にカラが武装を展開しようとしたのを制止しておいて。
何がどういう風になってこういう事になったのかは分からないけど……そこにいた人は。
「ふしん、しゃ」
「…は?…はぁ!?」
灰地のローブの奥で明らかに驚いた緑の目をして、指でこっちを指してくる痩せ型のその彼は。
どういう因果か、この都市に来た時に私にスリか誘拐か何かを仕掛けようとしていたあの男の人であった。
なんでよ。というかそれより、そもそもあなた誰なのよ。




