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人工天使は祈らない  作者: 謎の通行人δ
各国代表聖人会議編
13/23

とある聖女も考える

 本当に、不思議な子だと思っていた。



 聖人──聖女と牧師の総称──は、10歳になると女神様から神聖力を賜る。

 正確に言えば、生まれたときから神聖力を生み出す器官自体はあるけれどしばらくの間は動かず、体がある程度発達して神聖力の行使に耐えられるくらいになってからその器官が働き始める。

 そして神聖力が発現すると中央神殿に連絡され、聖人の養成機関に通い、聖人となるための教育を受ける。そもそも聖人というのは元々の数が少ない。だからこれはほとんど強制だ。

 その例に漏れず10歳の時に神聖力が発現した私、セリシアは家族の元を離れて…数人の同期の聖人達と一緒に聖人としての教育を受けていた。

 自分で言うのもなんだけど、私はその中で一番神聖力が多くて、一番その操作にも長けていた。それなりに頭も良かったから周りの子にも頼られてたし、私も頼られるのが嬉しかった。

 でも、いつしか頼られることが当たり前になっていて……頼られる内容もどんどん重くなっていって…少しずつそれが重荷に感じるようになっていた。

 もっと正確に、もっと誠実に、強く、優しく、清く、正しく…自分で自分に呪いのように認識をかけて、まさに文字通り身を削っていた。

 そんな事をしていたものだから皆が皆私を担ぎ上げようとした。天才だとか聖女の鑑だとか、いろんな賛辞をもらって…そんな評価が増えるたびに、対等な友人と言えるような人がいなくなっていった。


 その上、最終的にその結果についてきたのが「エレボスの巣穴の封じ込め」という役割を持つ、フローリオ教会の聖女への任命なのだから笑えない。

 もちろん役職に対して文句を言うようなことはしない。フローリオ教会のあるグラウヴ公領は人手もそこまで足りているとは言えない小さな国。領主さんが頑張っているとはいえ万全とまではいえないだろうから、そこに行けば相当の人の役に立てるはず。で、あれば喜ぶべきなんだろう。

 けれど…フローリオ教会で任期を終えるまで命を繋げられた人がいないという事や、エレボスの巣穴という恐ろしい異教徒達の住処の存在が、私の心に何か違和感を呼び起こしていた。


 幸い、領主さん…アインさんの助力もあって、侵攻も多いし異教徒自体もそれなりに強い部類のものが多かったものの、一年は保った。

 けれどそこからが大変だった。いきなり激化した侵攻、絶え間なく襲いかかってくる異教徒達に精神をすり減らして、もうだめだと思った。


 本当は怖かった。


 本当は嫌だった。


 そんな心に、自分で気づけていなかった。


 そこまで追い詰められてやっと気づけたけど、もう遅いと思った。


 …シスちゃんは、そんな時に現れてくれた、まさしく天使と言うべき子だと思った。

 シスちゃん本人には少し誤魔化したけれど、生まれがどこだとか実は何者だとか、そんな事はあんまり関係なかった。



 エレボスの巣穴を破壊して、かつまだアインさんからの招集の手紙も来てなかった頃。

 ずっと気になっていたことをシスちゃんに聞いてみた。


「シスちゃんは、戦ったりするのは怖くないの?」

 聖人は養成機関に入って適切な教育を受けて、15歳くらいから異教徒との戦いが始まる。

 私もその例に漏れず教育を受けた身だけど……初めて異教徒と戦うことになったのは、周りより少し早い13の時だった。

 もちろん危険はそんなに無いように、他の聖人の方々が倒さずに弱らせて捕まえてきた異教徒と戦った。

 でも、それですら最初はとてつもなく怖かった。今でこそかなり慣れたものの、その時はただ相手を傷つけるために力を振るう事が、怖くて仕方なかった。なんなら今でも怖いものは怖い。でもこちらから力を振るわないと守りたいものも守れない、そうして割り切ることができるようになっただけ。


 それなのに……シスちゃんは見た感じ多分10歳にもなってないような、そんなところ。そんな子が、振るう手も攻撃することにも一切の躊躇いがなかったから……まるで息をするように戦っていたものだったから、気になっていた。


 と、いつもよくしているように少しぼーっとしていたシスちゃんは、慌てて目の焦点を合わせて私の方に少し体を寄せた。


「あ……んー…こわくは、ない。…ん、や…こわく、ないよう、に…なってる?し、たたかっ、てる、のが…ふつう、に、なってる…から、んー…むしろ、おちつく?」


 …きゅっ、と胸のあたりが締まる感覚がした。


 そう、前にも聞いてたはずだった。シスちゃんを含めた人工天使っていうのは異教徒に対峙するために作られた命で、不要な部分を取り除いて戦闘のために最適化されたモノだと。

 …自分から声をかけておいて、返す言葉が思いつかなかった。かわいそうとは思う、同情もする…けれど、それはきっとシスちゃんにとっては理解できないもの。だから、余計に。


 もちろん内心ではこんな小さな子には戦ってほしくない。けれどその「小さな子」の「大きな力」に助けられたのも確か。

 兵器として育てられることとなったかわいそうな子という評価を下すべきか、各国にも名が知れ渡るほどの異教徒の住処を破壊しきるような強大な力を持った子という評価を与えるべきか……揺れる2つの考えに挟まれて身動きが取れなくなった気分だった。



 …けれど、少しの間一緒に過ごしてみてその認識は変わった。

 確かに、シスちゃんは普段少し掴み所がない感じがして、表情も読み取りづらい。

 でも感情が無いわけじゃない。

 楽しいと思った時には少しだけ不器用そうな笑顔を浮かべようとしてたし、ぼーっとしている時に頬を突っついたりした時には、びっくりしたように目を大きくして少しふてくされたような目で見られたりもした。

 そんな姿がおかしくて、可愛くて…同時に、人工天使としてじゃない、シスちゃん本人を見れたことが嬉しくて。


 だから、揺れていた気持ちに少し整理がつけられたのかもしれない。

 人工天使じゃない、ましてや可哀想な小さな子でもない。かつての私がされていたようなラベルを剥がして、等身大のシスちゃんを見て、その上で私ができることをしよう、と。



「アインさん、一つ相談がありまして──」

 そのために、まずはアインさんに相談した。私一人じゃできることはそんなに多くない。必要なのは機会と、道具と、技術。技術以外は私は何も持っていなかったから。


「なるほどねぇ……うん、良いよ〜」

 二つ返事で機会と道具の2つも貰えた。

 …あの子が普段からずっと身にまとっていたあの服。シスちゃん自身も「布切れ」と称してたくらいには本当に質素としか言いようのないもの。

 だからまずは服を一着、プレゼントすることにした。

 ただの服じゃない。確かに服自体は買ったものだけれど、そこに私の奇跡を織り込ませた特別な服。

 あんなに冷たくて硬い、無機質な服じゃなくて、もっと優しくて柔らかい、それでいてシスちゃんを守れる装束を。


 …戦わないで、なんて言うのは簡単。でもそれはシスちゃんの気持ちを踏みにじることにもなる。

 たとえその心が“作られたもの”でしかなかったとしても、シスちゃんからしてみればそれは紛れもない自分の心。それを無視することは、たとえ本人を想ってのことでも良い事とは思わない。


 椅子に座って洋服を前に、目を閉じる。

 アインさんに用意してもらったのは、ワンピースタイプの白い服と少し特殊な糸。そして教会内にシスちゃんがいないという状況。


 深呼吸を挟んで、ゆっくり目を開く。


 石に奇跡を籠められるなら、服にだって籠められる。

 シスちゃんが不用意に傷つかないように、もう辛い思いをしなくて済むように、祈りを込めながら少しずつ奇跡を浸透させていく。

 本当は聖石を作るのだって楽じゃない。アインさんは火の聖石の量産なんていう事をやってのけてたけど、普通はそんな事できない。

 とてつもない集中力が必要で、神聖力の量や奇跡の威力がその奇跡を込める対象の耐久力を超えてしまえば、あっという間に壊れてしまう。

 しかも石ならともかく今回は服。余計に慎重に、丁寧に、ゆっくりと奇跡を込めていく。


 …私、こう見えても養成所じゃ天才なんて言われてたんだよ。そんな私ならこれくらいのこと、できないはずがない。できるに決まってる。


 慎重に、丁寧に、深く集中する。時間なんて分からない、気にしている余裕はない。

 けれど。


「っ………できたっ!」

 それで良い。それで成功させられたなら、何の問題もない。

 防護の奇跡を込めた、白い装束。フリルのあしらわれた洋服に、淡い光が吸い込まれているように見える。


 でもまだ終わりじゃない。


 用意してもらった糸を手に、別の奇跡を織り交ぜる。

 基本的に一つのものには一つの奇跡しか込められない。よほど特殊な素材でもない限りは、奇跡そのものの負担に素材が耐えられない。

 だから私は、2つのものを使って2種類の奇跡を込める。

 ゆっくり、ゆっくりと慎重に奇跡を込め、更にその糸で刺繍をしていく。

 …刺繍なんてそんなにした記憶はない。けれど、多少不格好でも心を込めて記す、とある言葉。

 薄い青色の糸で胸元に短く記された言葉の意味は、「福音」。


 ただの服でも、ましてや防具でもない。

 祈りと願いと想いを乗せて防護と治癒の奇跡を起こす、不器用で、優しくて、あの子の背中をそっと支えてあげるための、私からの加護。


 戦い舞うあの子に贈る、優しさの一歩になればいいなと。そう思った。



 そうして一ヶ月後。私は各国代表聖人会議に赴くことになった。

 ……その時はまだ、まさかあんな事に繋がるとは思いもしなかったけれど。

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