人工天使は逃げてみる
今日は快晴、いい天気だ。
ちょうど暑さが和らいできてて、でも寒いと言うほどでもない。秋晴れってところかな?その上今日みたいな雲一つない天気となれば、ピクニックやのんびりした散歩といった日常が恋しくなってくる。
(ま、こんな状況じゃ無理なんですけどね……)
背中に浮かぶ四対八枚の錆びた鉄剣みたいな翼が擦れてキリキリと音を立てる。
頭を振るとその上で浮かぶ歯車が視界に少しだけ入ってくる。
左腕を包むように生えている鈍色の筒を右手でなでると、返ってくるのは見て予想できるようなひんやりした、無機質で硬い感触。更に銀筒を撫でた右手の甲からは、20センチくらいの白い刃ブレードが肉を破って生えている。
そしてなにより……少し深く深呼吸をすると、独特の錆鉄のような臭いが鼻を突いてくる。
いやはや…私の想像してる日常とは程遠い姿になってるもんなぁ、私。姿形からして普通の人間だった前世からはかけ離れちゃってるし。環境もやばいくらい劣悪だし。
あーホントやだやだ、さっさと逃げる算段とかつけたいけど…私たちを造った研究所のやつらが何しでかすかわかんないからなぁ…。
『シス、集中。後ろに来てるよ』
嫌味かと言いたくなるくらい晴れ渡った空の下、頭に響いてくるカラの声に耳を傾けて気を入れ直すと同時にサッ、と空気の流れが変わった。これまでぐちゃぐちゃと考えていた事を頭の中から切り離し、小さく息を吐く。
三、二、一………今。
タイミングを見計らって空中で後ろを振り向くと、視線の先には触手を何本も勢いよく伸ばしてきている赤黒いクラゲみたいな肉塊がいた。
振り返った勢いをそのままに触手をブレードで切り払い、隙を生じさせない速度で肉薄、いつも通りの手順でまずはその本体を切り裂こうとする。
が、流石にここまでのうのうと出てきただけあってそう簡単にはにはやられないとしたものか、多少の引っ掻き傷を残しただけでその痕もすぐに再生した。
げー、めんどくさ。硬い上に再生持ちかぁ。接近はあんまり良くない…となると、一旦距離取ろう。
『どうする?焼く?』
(んー…お願い)
少し距離をとると鉄翼下にある射出口が開き、それぞれから赤く燃えるミサイルが飛ぶ。爆炎が上がるものの…その中からまだ数本触手が迫ってきた。体を捻って回避…けど途中で軌道を変えられて一本避けきれず、少しかすったせいで口元が切れる。
まあでもどうせ痛みはほぼ感じないし好都合、その大振りの隙にブレードに更に魔力を通してその触手を切り裂き、逆にダメージを与える。まあそこは上手くいったし良いんだけど…
「うぇ、」
切り裂かれて千切れた触手が振り回されたせいで、その断端からなんかもずく酢みたいな色の液体がばら撒かれた。これ触はっちゃだめなやつかな。ほら防御した鉄翼のちょっとかかった部分から煙上がってるし…超強酸じゃん。毒じゃなくて酸かよ。
ただでさえ硬い表皮の下には攻撃性の体液…正直あんまり時間はかけたくないね。
『どうする?』
(……一旦もうちょい距離取った後にミサイルを二発起動。隙を見せた直後に決めるから、できれば四、五秒くらい稼いで)
『やいさほー』
高度を若干落としつつ、緩急をつけて左右にブレながら肉塊の後ろに回り込む。同時にまたポッドから二発のミサイルが飛び出した。両方とも見当違いな方向に飛んでいったけど、ある程度離れたところで肉塊に向けて急な方向転換、二発とも命中した。
その間に、頭の中に響いてくる朗らかな声と実際に耳から入ってくる爆発音を聞きながら左腕に集中する。
120mmを誇る主砲を起動したことで、その内部からカチカチと秒針みたいな音が聞こえてきた。
(ありがと。…ちょっと煙が多いかな?)
『誤差だよ誤差。ほら決めちゃって』
誤差らしい。まあどこにいるかは分かってるし、別にそこまで大した問題じゃないか。
黒煙の隙間から見えたクラゲ型肉塊は驚いたようにフリーズしてる。触手も再生が間に合っていないし、これなら大した防御もできないはず。
左腕部の主砲に大量の魔力を注ぎ込んで弾丸を形成、熱くなる頭の中の核の存在を感じつつその主砲から青白い光と共に吐き出した砲弾は、見事に肉塊のど真ん中に命中、更に過剰なまでに魔力で強化された砲撃によって肉塊の体を貫通した。
直後に弾丸は魔力に耐えきれずに爆発、肉塊は衝撃で四散させられた直後爆炎でその残骸すら塵も残さず焼き尽くされた。
…確かに魔力多めに注ぎ込んだのもあるけど、相変わらず反動やばいな…肩外れそう。強化骨格でコレだもんなぁ…生身の人間が撃ったら肩千切れるんじゃないのコレ。
「…ふぅ…」
『目標沈黙。200メートル範囲内の魔力反応無し…うん、おつかれ』
…そう、今思えばここで気を抜いてしまったのがいけなかったんだろう。
敵はもう倒したし、万一生き残っていたとすればカラが確実な探知をしてくれる。だから相手が沈黙したと報告されて一呼吸を入れたその一瞬。
『…!?頭上からっ、魔力反応!!?いったいっ……!』
「へっ」
その悲鳴のような声に弾かれるように上を向くと、さっきのやつらとはまた違う、鳥のような形をした肉塊が体の破片と衝撃波を撒き散らしながら空気の膜を形成しつつ私の目ですら捉えるのがやっとと言う程の速度で肉薄してきていた。
慌てて人間のソレを凌駕する反応速度で鉄翼を重ねて盾のようにし、その後ろでギリギリ防御態勢を取り、そして────
▽▽▽
…はい、アホほどふっとばされました。
いっ、たた……体中が悲鳴あげてる。
防御姿勢とったのは良いものの……。あの肉塊、スピードを全く落とさない方向転換とかいう意味の分からない挙動をしてきてくれやがった。
そのせいでほぼ真正面から少なくとも音速以上の体当たりされる羽目になったんだけど…。
さて、うーんここどこ?
いやまあ周りに大量に草木は生えてるし、森の中らしい事は分かるけどね?多分かなりの距離ふっとばされたと思うし…途中から姿勢制御もままならないまま飛んだせいで本当に場所が分からない。あとすっごい気持ち悪い。フラフラする。空中をあんなにぐるんぐるん回りながら飛んだ経験は流石になかった…途中意識飛んでたし。
まあ幸い、反応速度も常人の何倍も強化されてるから反応こそ出来た。
慌てつつ重ねた鉄翼を引っ張って盾にして、その後ろで重要な箇所を守るために丸まって、とりあえずタックル自体のダメージは最小限に抑えた。
それに体自体を色々弄られてる関係上肉体強度もかなり高いから、墜落した時のダメージを含めても外傷そのものはそこまで多くはない。
…けど、さすがの鉄翼も音速タックルの直撃には耐えられなかったみたい。
衝突を直接防いだ翼2、3本はバキバキに折れて、その後ろで私たちを守った他の翼もヒビが入ってたり欠けてたりと結構散々。さらにその後ろで私の頭を守った右腕の肩から肘にかけて展開されてる簡易装甲も半分くらい砕けてる。翼も装甲も見た目こそ薄いけど強度はかなりあるはずなんだけどな……どんな勢いでタックルしてきてたんだあの鳥。
まだ魔力は一応あるし、グラビティドライブ──重力を操作して跳んだりするための機構──は無事だから浮けはするだろうけど、翼がないと飛行姿勢を安定させられないし……直るまでにどんくらいかかるかなぁ…。
とりあえず戦闘状態を解除。内部ナノマシンの自己修復能力に頼ろう。
『はーい。戦闘状態を解除、機構を体内へ収納…あ、研究所との接続再開する?さっき意識飛んじゃった時に通信とか位置情報とか諸々途切れちゃったんだけど』
頭の中の核が発していた熱が引いていく。同時に背中で浮いている鉄翼が畳まれて翼とか武装も含めた全身の装備と一緒に体内に収容された。天冠はそのまま。まあそれは今のカラの体みたいなものだしね。
んー、にしても接続切れたのか。となると位置情報やらなんやらも向こうには伝わってないことに……ん?
それってチャンスなのでは?
位置がバレてない上にタックルでめっちゃ弾き飛ばされたって事は、向こうは完全にこっちを見失ってるってことでいいんだよね?
なんなら通信が途切れたってことは向こうは私が死んだと思ったてもおかしくないわけだよね?
……え、じゃあこれもう実質逃避成功してるじゃん。え、なんかやったぁ。
(…接続はそのままにしといて。今は体内ナノマシンの翼の修復を優先させよう。念のために他に変な被害出てないかチェックしてもらっても良い?)
『りょかーい』
頭の中…というより頭の上にいるカラに了解の返事をもらう。兵装のチェックはやってくれるみたいだから、とりあえず私は一旦落ち着くためにどっか移動して休もう。あいたた…動き方がヨボヨボのおじいちゃんみたいになってら…いやまあ私に性別は無いんだけど。
ということでそこら辺の良さげな木にもたれかかって一旦落ち着けるようにする。とりあえず体が痛いの。痛覚鈍化してるはずなのになんでこんな体中痛いのさ。あーもう体が…特に腕がズキズキするぁ……まあでも頭打ってないだけマシか。ふっとばされて頭から落ちたものの、奇跡的に受け身とれたのは幸いだったなぁ。
ともあれ。ともあれ、まあひとまずは研究所からの束縛から逃れたってことで…一段落かな。 …なんか思わぬところで思わぬことが起こっててちょっと実感は湧かないけどね。




