000 プロローグ
初めまして、ただのいぬと申します。。。
西暦1999年12月某日
――その日、人類は滅亡の時を迎えた――
未知の生物『悪魔』の襲来――それが全ての始まりだった。
『悪魔』――それは、数百もの人間を貪りつくしても尚尽きることのない無尽蔵の欲望に支配されし怪物たち。
彼らは突如として極北の地に現れ、人類の捕食を開始した。
悪魔の出現から間もなく、人類は為すすべなく一つの大陸を失った。
しかし、それでも彼らの欲望が尽きることはない。
結果、人類の半数が彼らの糧となり、さらなる災厄の種となった。
その間、約1年と半年。
数千年に及ぶ人類の歴史は、かくも短い時間で『悪魔』によって打ち砕かれたのだ。
『悪魔』の恐るべき点は、その無尽蔵の食欲でも、地球上のどの生物をも上回る驚異的な繁殖力でもない。
彼らには、これまで人類が手にしてきたあらゆる武力が通用しないのだ。まるでこの世の法則から切り離されているかのように、核兵器も生物兵器も一切として通用しない。
故に、人類は為すすべなく彼らに屈するしかなかった。
人々はいずれ訪れるであろうその時に絶望を抱きながら、無数の命が失われていくさまを、ただ傍観することしかできなかったのだ。
――――しかし、奇跡は起きた。
それは果たして、天上より我らが大地を望みし大いなる存在のもたらした救済か――――はたまた歴史の流れがもたらした修正力か。
どちらにせよ、人類は確かな希望を手にした。
それこそが『魔術』だ。
ある時、『魔術』によって放たれた直径1メートルにも満たない火の玉が命中すると、悪魔はたちまち霧散し、消滅した。
人類のいかなる叡智も通用しなかった『悪魔』の脅威が、『魔術』の前ではまるで幻であったかのように消え去ったのだ。
その後のことは言うまでもない。
当然、各国は躍起になって『魔術』の研究に取り掛かった。
当時の研究は飛躍的な進展を遂げたと言って良いだろう。
半世紀が経過する頃には基礎理論の解明を成し遂げ、現代の魔術理論に繋がる多くの謎が解き明かされた。
そして、人類が魔術を手にしてから200年近くが経過した。
未だ『悪魔』の脅威は去らないものの、人類は勝利への確信を掴みつつあった。
その確信の根源こそ、この時代で最も優れた魔術師――『使徒』の存在である。
大国の軍事力にも勝る戦闘能力を持った魔術師を、人々は畏敬の念を込めて『使徒』と呼ぶ。
なかには10代半ばであるにも関わらず世界最高の魔術師と謳われる者や、生後数ヶ月の段階で使徒として将来を期待された者もいる。
星を墜とし、万物を打ち砕き、全てを見通す――そんな逸話を生きながらにして生み出す彼らを超える戦力を、人類は持ち得ない。
彼らの敗北はつまり、人類の敗北である。
使徒が無残な死を遂げれば、戦場の指揮は言うまでもなく、人々の希望までもが瞬く間に打ち砕かれることとなる。
故に各国は使徒の投入に対して常に慎重な姿勢を保ってきた。
しかし、その慎重さが戦場の屍を増やす結果となっているのもまた事実。
史上最高の使徒戦力が揃った今、人類は反撃の一歩を踏み出さなければならない。
そしてその引き金となるのは奇しくも、極東の孤島で巻き起こったとある一つの悲劇であった――――
◇◇◇
西暦2248年4月某日
極東の孤島と呼ばれる大和国。その首都東京区の中心部に位置する学術都市には、国内最高峰の魔術師養成機関――国立魔術学院の校舎が聳え立っている。
この日、いわゆる春休み中である学院の校舎には生徒の姿はおろか、教職員の姿も見えない。生徒は当然ながら、普段校舎内の研究室に寝泊りしている教師陣も、この時期だけは自らの勤めから解放され、束の間の休息を得ているのだろう。
しかし、校舎の最上階は不気味なほどの緊張感に包まれていた。
「使徒第二位、柊秋葉。我が校の生徒である君をこのような立場に置くのは誠に不本意ではあるが、魔術師不足が叫ばれるこの時代、安心して新世代の育成を任せられるのは君しかいない」
大賢者ダビド・エイブラハムは、全く不本意さを感じさせない口調でそう告げる。
対する少年は、自然な笑みを浮かべながら大賢者の話に耳を傾けていた。
「世界最高の魔術師と謳われ、イリュージョンマスターの異名を持つ君を、新Aクラスの担任に任命する。異論は無いね?」
「僕から言い出したことですから、異論も何もありませんよ」
「それもそうだ。まあ、どちらにせよ助かったよ。毎年Aクラスの担任探しには苦労させられていてね、君が申し出てくれたのには驚いたけど、一体どんな心変わりがあったんだい? 2年前の奪還作戦以降、戦場から姿を消した君がいきなり新世代の育成に乗り出したと聞いたときは、玉手箱でも開けてしまったのかと耳を疑ったよ」
「玉手箱……」
おそらくは浦島太郎伝説に出てくる「玉手箱」のことなのだろうが、少なくともこの大和でそのような比喩表現は聞いたことがない。
もちろん、数百年の時を歩む大賢者の意図をその十分の一にも満たない少年が理解できるはずもなく、少年は一秒にも満たない思考の末、考えるのを止めた。
「それよりも、今年の新入生は見込みがありそうですか?」
「秋葉君、使徒である君の前で何を語ろうと、ほとんどの魔術師は凡庸という一言で片付いてしまうよ」
ダビドにとって、それは単なる事実にすぎない。
数百年の時を生きたダビドにはもはや、他人を見下し嘲笑できるほどの感情は残されていない。故に今の発言は彼自身の率直な感想であり、そこに如何なる感情も含まれていないのだ。
しかし、それはダビドと同等に会話を交わす少年にも言えるかもしれない。
少年――柊秋葉もまた、使徒という凡庸とはかけ離れた存在だ。
故に、大賢者と等しい視点を有していても不思議ではない。
「もちろん使徒は希少な存在だ。一世代に一人というのは贅沢にもほどがある。10年に1人、いや、20年に1人生まれれば御の字だろう。けど、我々は1年前、あまりにも多くの使徒を失った。その中には――――」
「分かってますよ。人類があれほどの代償を払ったのは初めてのことです。ですが、だからこそ今僕たちが動かなければ、人類はようやく手にした希望を失うことになってしまいます…………」
無数の本が壁を埋めつくす空間に、沈黙が訪れる。
それは、一瞬のようであって永遠にも思える、不思議な時間だった。
「一体君は、Aクラスの担任となって何をしようとしているんだい?」
「僕と関わることで、彼女たちの視線を集められたらいいな、と……」
「…………」
大賢者の視線を一身に受けながらも、秋葉は表情を微動だにせず当たり障りのない笑みを浮かべ続ける。
「フッ……まさか君が、それほど人類のことを想っていたとは思わなかったよ」
「ぼ、僕としてはこれまでの行動で示してきたつもりだったんですけど……」
大賢者の言葉を文字通りに受け取ってしまった秋葉にとって、それは深刻な問題の発覚にほかならなかった。
人としての在り方を捨てた大賢者とは違い、使徒は現代に生きる人類の最高峰。
あくまで人として在り続け、人の側に立ち続けるのが、彼ら使徒が使徒たりうる由縁だ。でなければ、一国家を容易に滅ぼしうる力を持つ彼らが、おとなしく人間による支配を受け入れているはずがない。
「いや、気にしなくていいよ。単に僕のプロファイリングが間違っていたというだけに過ぎない…………それよりもだ」
ダビドはあっさりと自らの非を認め、目の前の使徒に対する評価を改めた。
秋葉はほっとした表情を浮かべ、続くダビドの言葉に耳を傾ける。
「改めてAクラスをよろしく頼むよ。人々の中にはまだ魔女や賢者に希望を抱いている者もいる。しかし、僕を含めて魔女や賢者なんていうのは極めて傲慢かつ自分勝手な者たちの総称だ。だから、人類の命運は今や君たち使徒に託されている」
「分かっています。人類救済のためならば、僕はこの命を喜んで差し出します…………けど、まだその時じゃない」
そう語る少年の瞳は、目の前の大賢者ではなく、窓の外の虚空を映していた。
その瞳に何が映り、それが彼にどのような感情を抱かせているのかは、かの大賢者にさえ分からない。
ただ、その黄金の奥に、大賢者は期待と絶望という相反する感情が蠢いているのを見た。
最後までお読みいただきありがとうございました!
修正しての再投稿となります。
内容に大きな変化は無く、登場人物の言葉遣いなどを部分的に変更させていただきました。
今後は以前投稿した内容の修正(主に不要な要素の削減)を行いながら序盤の進行速度をより多くの方に受け入れていただけるよう改善していく所存ですので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。




