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1・2 『慈愛の天使』様

 扉があったところに立っている青年と目があった。すらりとして、背が高い。ハーフアップにした長い銀髪が揺れている。

 魔術師のシルヴァン様だった。表情は穏やかで、攻撃的な術を使ったばかりには見えない。


「ベルジュ公爵令嬢でしたか。なにがありました? お怪我は?」

 落ち着いた柔らかな声音。

 そう、彼はいつだって穏やかで紳士的。


「ああ、失礼しました。少々術が激しすぎましたね」と、シルヴァン様が申し訳なさそうな表情になる。「扉に強固な魔法がかかっていたので、一番早く解決できる方法をとったのです」

「……そうでしたか」


 よかった、私は助けられたのだわ。

 一瞬、もっと最悪な事態になったのかと不安になってしまった。でも、シルヴァン様なら、大丈夫。信頼できる方だもの。


 胸を押さえて、軽く息を吐く。

「少し驚きましたが、助かりました。ありがとうございます」


 シルヴァン様がうなずく。

 バタバタと廊下を駆ける複数の足音が近づいてくる。


「こちらでオラス殿下が迎えに来てくださるのを待っていたのでしたが、気づいたら閉じ込められておりました」

 シルヴァン様の顔が、更に申し訳なさそうなものになった。

「オラスは大広間におります。行き違いがあったのか――」


 彼はそのあとの言葉をのみこんだ。

 シルヴァン様は陛下の末弟で、オラスの叔父にあたる。きっと近頃の甥のふるまいに気づいているからこその沈黙ね。


 近衛兵たちが次々に姿を現した。シルヴァン様が経緯を伝え、調査を命じる。

 でも、今回の犯人がオラスなら、根本的な解決にはならないわね。

 それにしても、ここまで理不尽なことをされるのは初めてだわ。


「ベルジュ公爵令嬢。どうしますか」と、近衛兵と話し終えたシルヴァン様が私を見た。「大広間に行きますか? それともご帰宅に」

「もちろん、舞踏会に参加しますわ」

「ではともに参りましょう」


 待って。それは問題がありそうな気がする。

 けれど断るのもおかしな話なので、諦めて「お願いします」と答えた。


 シルヴァン様は宮廷一、いえ我が国で一番女性に人気のある方なのよね。

 王弟で、公爵。まだ若いけれど、大変にすぐれた魔術師でもある。

 そして、壮絶なまでに美しい容姿をしている。


 煌めく銀色の髪と、透き通ったアイスブルーの瞳を持ち、目元は涼やか。知的な額に、完璧な稜線を描く鼻梁。白皙の頬に、常に柔らかな微笑みをたたえている口元。

 上品で清楚、理知的で泰然。

 正直に言えば、私も彼の顔は好き。というか、女性でこの顔が好きでない人はいないのじゃないかしら。


 彼の瞳や髪の色は、どちらかといえば冷たいイメージがある。だけどシルヴァン様は、いつだって慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。非常に優しく寛容な方なのよね。


 あまりに徳が高すぎるから、貴族たちに『慈愛の天使』とか『高潔な聖人』と褒めたたえられているくらいだもの。


 それに比べて私は、『氷の令嬢』と呼ばれて敬遠されている。

 そんな私がシルヴァン様と一緒に大広間に入ったら、女性たちに妬まれてしまう。


 ……でも、今更ね。

 もともと孤立しているのだから、気にすることはないわ。


◇◇


 大広間に入り、最初に見たのは男爵令嬢ピアと踊るオラスの姿だった。

 ピアは最近のオラスのお気に入り。きっとふたりで楽しむ時間がほしくて、私を閉じ込めたのだわ。

 証拠はなにもないから、責めることはできないけれど。


「オラスが、申し訳ない」と、シルヴァン様が謝る。

「あなた様のせいではありませんわ。お気になさらずに」

 悪いのはオラスと、彼に甘い陛下だもの。


 と、私の視線に気づいたのか、オラスと目が合った。笑顔だった彼は、一瞬にして不満げな表情になる。

 だけどそれはすぐに隠して、ピアに顔を向けた。

 あからさまにもほどがあるわ。


 それからシルヴァン様が陛下に報告をし、オラスが婚約者との約束をすっぽかしたことに苦言を呈すると――その結果、なぜだか陛下のご提案でシルヴァン様と一曲踊ることになった。彼もやや戸惑っていたけれど、私の体面を考えて断らなかったみたい。


 ざわめく周囲をよそに、手をとりあいワルツを踊る。

 穏やかな表情で私を見つめるシルヴァン様は、尊く美しい。


 ただ。彼の顔は大好きだけど、性格が穏やかすぎて、異性としては好みではないのよね。

 私のタイプはちょっと陰があったり、辛辣だったりする男性だもの。

 惜しいわ。


 でも、そんな私でも、シルヴァン様は我が国の至宝だと断言できる。

 神様はどうして、こんなにも素晴らしい人を生み出したのかしら。




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