11・幕 筆頭魔術師の動揺
(シルヴァンのお話です)
ベルジュが乗り込んだ馬車が走り出す。
これで、無事に園遊会終了だ。ほとんど彼女と一緒にいて、主に魔術省の知人とだけ会話した。
特筆すべきことはなにもない。穏やかに過ごせたと言っていいはずだ。
「なにも起こらなくてよかった」
斜め後ろから、アロイスの能天気な声がした。
「そうですね」と、答えながら振り返る。
笑顔のアロイスと目が合う。
助手は「私はこれで失礼をします」と一礼して去って行った。
「まあ、肝心の方が不参加だったからな」
意味ありげに笑うアロイス。
そう。先日のオラスの振る舞いを見て、アロイスは園遊会中はベルジュに付き添うことを決めた。
人の好さそうな顔をして。
「少し時間はありますか?」
俺は問いかけてから、アロイスを連れて執務室に転移した。園遊会が終わったばかりの庭園は人が多すぎる。
「なんだ、わざわざこんなところまで来て」と、アロイス。
「どうして、ベルジュ公爵令嬢と私をふたりにしたがるのですか」
観劇のチケットに始まり、なにかと俺たちふたりで行動させようとする。今日も、『挨拶に行く』と言ったアロイスが戻ってきたのは小一時間ほども後だった。
「男女の噂が立つことが狙いですか? 私を失脚させたいというのなら受けて立ちますが、彼女まで巻き込むのは――」
「ちょちょちょ、待った! そんなんじゃない!」アロイスが前のめりになって否定する。「参ったな、そんな風に勘違いしていたのか。確かにそこは問題になるところではあるが」
勘違いだと? 俺の失脚が狙いなんじゃないのか?
いや、口ではなんとでも言える。
「口実が必要だろうと思ったんだ」と、アロイス。
「なんのですか?」
「君がロクサーヌと一緒にいる口実だよ」
……は?
「余計な世話だとは思うが、あまりに辛そうだから」
「アロイス、なんの話ですか」
「悪い」とアロイスが申し訳なさそうに肩をすくめる。「他の人間には平気だと思う。でも、俺には分かりやすかった。君、ロクサーヌを好きだろ?」
「……なにをバカな」
どうしたらそんな勘違いをするんだ。
ベルジュは、ただの駒だ。
有能なところは買っているが、駒は駒にすぎない。
「おかしな勘違いもほどほどにしてくれ!」
「――わかった。そういうことにしておこう」
「『しておく』ではなくて! 違うと言っている!」
ガッと腕をつかまれた。
「君が取り乱すことが尋常じゃないだろ? 気づけ!」
取り乱す?
俺が?
ベルジュの笑顔が脳裏に浮かぶ。
苛立ちしか感じない。
これのどこが好きなんだ。
「彼女を好きでいいと思うよ。僕が知っていた殿下は、虚像のようだ。ロクサーヌは結婚すべきじゃない」
アロイスの腕が離れる。
俺は邪魔な髪をかきあげると、首を横に振った。
「雑用係としては重宝している」
書類整理でも調合でも、仕事は丁寧で早い。各部署との折衝も任せられる。なにより俺の魔力をろ過できるのが、いい。今後も必要になることがあるかもしれない。
「でも、それだけだ」
「わかったよ」アロイスがわざとらしくため息をつく。「エレーヌのことでずっと誤解していたし、罪滅ぼしに力になれればと考えていたんだが。僕の勘違いだというのなら、やめる」
「そうしてくれ。迷惑だ」
うなずくアロイス。
「じゃあ、帰るよ」
続く呪文。
執務室にひとり、残される。
俺はベルジュを好きなんかじゃない。
使える駒としては、気に入っているがそれだけだ。
特別な相手なんて、いらないのだから。




