表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/54

11・1 身勝手なシルヴァン様

 筆頭魔術師の執務室に飛び込むと、急いで扉をしめる。


「氷の令嬢らしくない振る舞いだな」と机に向かっていたシルヴァン殿下が鼻で笑った。


 確かにそうかもしれない。廊下も小走りしてしまったし、扉も音を立ててしまった。

 だけど、そんな細かいことを気にしている場合ではないのよ。


「あなた、やったわね!」と、机に駆け寄る。

 だけど、

「なんのことだ?」と、ラスボスは首をかしげた。

「とぼけないで!」


 明日は園遊会。つまり今日は魔力暴走の事故が起こり、オラスがピアに助けられる日だった。

 だけど魔法省で仕事中の私に報は、いつまでたっても届かなかった。

 小説とズレが起きたのかと思い、退勤後に様子を見に行ったのだけど――。


「オラスとピアの件よ! シルヴァン様の差し金ね!」

「なんだ、わかったのか」

 シルヴァン様は悪びれもなくそう言って、書きかけの書類に目を落とした。


「ベルジュ公爵家をなめないで。お兄様がすべて把握していたわ! 魔法省から全近衛兵に試作品といって、おかしなものを配ったわね。それに魔力安定剤が入っていたのでしょう?」


『魔法省から』ならば、試作も配布も筆頭魔術師の許可がいる。なのに私は知らない。ということは、シルヴァン様が意図的に隠したのよ。 


 省をあげてのものならば、どこからか私の耳に入ったはず。だってシルヴァン様に届く書類を管理するのは私だもの!


「『おかしなもの』とは失礼だな。肉体労働者向けの、安価な滋養強壮剤だ」

 淡々と告げるシルヴァン様。

 


 確かにお兄様も、そう話していた。近衛たちにも好評で、商品化してほしいとの声が多数上がっているとか。


 いったいいつの間にそんなものを開発していたのかしら。私はまったく知らない。ということは、私が退勤したあとか、雑用係になる前か。

 でも、その詮索はあとよ。


「それに肝心のオラスが王宮にいなかったわ! ピアに提案された視察で、街に出ていたって!」

 彼女はオラスとのことは、なんでも私に報告する。外出ならば、必ずその前に。

 なのに、今日のことは聞いていない。

 ピアに口止めをした人がいるはず。

 しかも――


「視察先で事故が起きたそうよ。オラスは庶民の女性を突き飛ばして逃げて、相手を大怪我させたって」

 しかもその様子が魔法中継されていて、国王夫妻や重臣がばっちり見たらしい。

「ついに馬脚を現したな。よかったじゃないか」

「それはね。だけど、シルヴァン様」


 頑なに顔を上げないシルヴァン様。ペンを動かす手が止まることもない。


「どうして干渉したの? これは大事な事件だと言ったわよね? ひどいわ」

 怒りのせいなのか、声が震えた。

 シルヴァン様がようやく私を見た。


「……泣くほどのことか?」

「そうよ」

 指で涙をぬぐう。

 婚約破棄への大事な事件だときちんと説明したのに、シルヴァン様がどうしてこんなことをしたのか。まったくわからない。

 私に黙ってやったことも、悲しい。

「あなたがなにを考えているのか、わからないわ」


 シルヴァン様が小さく息を吐く。

「……あの不愉快な小娘の評判が上がるのは、おもしろくない」

「ピアのこと?」


 彼女にそれほど非はない。

 ただ、少しばかり貴族令嬢としては型破りな活躍をしているし、貧乏で貴族のマナーを知らないから、それを面白く思わない人たちはたんといる。小説では、それが重要な要素のひとつだったし。


 だけどシルヴァン様まで、彼女をよく思っていないとは知らなかった。今まで一言だってそんなことは言わなかったわよね?


 だとしても――


 私も負けじと長いため息を吐く。


「今回は絶対に、ピアの活躍が必要だったのよ。オラスが婚約破棄をしてくれなくなると、困るもの」

「お前からすればいいじゃないか」と、シルヴァン様がにらむ。

「陛下が我が子可愛さに認めてくれないって、何度も言ったわよね?」


 普通に陛下に頼むのではダメなのよ。可能性があるのは、相応の覚悟が必要な奥の手をお兄様たちが断行することぐらい。


 それぐらいに陛下はオラスを溺愛している。母親である最初の王妃様とは恋愛結婚で、彼女が産んだ唯一の子供だからだ。だけど王妃様のご実家は、力のない男爵家だった。


 だからオラスに権力のある後見人をつけるという意味で、公爵令嬢の私が婚約者に選ばれたのよ。


 陛下からすれば、私の気持ちなんてどうでもいいのだ。息子を助けるための駒に過ぎない。


「あなただって、よく知っているでしょう? どうしよう、婚約破棄が行われなかったら……」

「なんの問題がある。お前は見たのだろ? 俺がオラスをどうするか」


「だけど失敗したわ。ピアが邪魔をするから」

「回避させてくれると言わなかったか?」

「そうだけど。でもそれはまだ先のことだし。私はこの日をずっと待っていたのよ。彼女を気に入らないからだなんて理由で台無しにするなんて、ひどいわ」


「不満があるなら、雑用係を今すぐやめろ。俺は問題ない」

「私がいなければ計画は失敗するわよ」

「成功させるさ。俺は今までずっと、ひとりでやってきた」


 シルヴァン様は書類を手に立ち上がった。

 呪文を唱えている。


「シルヴァ――」

 私が名前を言い終える前に、上司は姿を消した。

明日は2話アップします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ