7・2 嫉妬をしてほしい
退勤後のアロイスの執務室。二日ぶりにルシールと集合してお菓子をつまんでいると、彼女が
「シルヴァン筆頭魔術師様って、意外とチョロい……じゃなかった、ええと、懐が深いんですね」と笑った。
驚いて、
「どうして?」と聞き返す。
だけどアロイスは
「だよな」と頷いている。
「だって、先日の会議」とルシール。
それは高位魔術師が参加するものだったけど、私はシルヴァン様の秘書として、ルシールは書記として参加していた。
「シルヴァン様は筆頭魔術師になる前からずっと、誰も助手にしなかったのよ?」
「そうね」
「なのに、あの重用ぶり!」
アロイスがうんうんとうなずく。
「そうかしら」
確かに当初に比べれば任されている仕事は増えたけれど、ルシールたちに感心されるほど重要なことはさせてもらっていない。
でも――。
以前が余程ひどかったということなのかもしれない。
そうね、オラスと比べるからいけないのね。彼はマル秘の案件でも平気で私に投げてきたから。
「オラス殿下の妃になるより、シルヴァン筆頭魔術師様の助手でいるほうが絶対にいいのに」
ルシールが悔しそうに言う。
「難しそうね。この前もお兄様から陛下に進言してもらったけれど、ダメだったわ」
「変なの!」
「殿下のお気に入りの男爵令嬢を、ベルジュ公爵家が養女に迎え入れればいいんじゃないかな」とアロイスが提案した。「で、彼女が新しい婚約者になる」
「それも提案しましたわ」
「「したんだ!!」」
「でも、今から王妃教育をしても間に合わないからダメだ、と」
とはいえ小説では、ピアの功績が認められてオラスと結婚できるようになる。
だから時間の問題ではあるのよね。
「このお話はやめにしましょう。楽しいお話がいいわ」
「そうね」と首肯するルシール。「そういえば昨日、アロイス魔術師様が素敵だったの!」
「いや、あれは……」
彼が照れたように頭をかいたとき、コンコン、と扉がノックされた。アロイスの「どうぞ」との声に顔を見せたのは、シルヴァン様だった。私を見て、わずかに目を見開く。
「まだルシール嬢に教わっているのですか」
ラスボスとは縁遠い柔らかな声音での質問。
「いいえ。今は意見交換が主ですわ」
「いつもは僕の助手もいるんだけどね」とアロイス。「三人で仲良く『上司の役に立つ助手になるにはどうすればいいか』という議論をしているんだよ」
「……そうですか」
シルヴァン様はそう言うとアロイスの元へ向かい、なにやら話はじめた。
「それで、さっきのお話の続きは?」と、私はルシールに促す。
「あのね、階段から落ちそうになったところを、アロイス魔術師様が抱きとめて助けてくれたの! 紳士だと思わない?」
「本当、素敵ね」
「誰だって目の前に令嬢が落ちてきたら助けるよ」と、アロイスが話に割り込んできた。
「たいていの人は、貧乏令嬢を無視します」ルシールが苦笑する。それから声をひそめると、私に
「アロイス様って魔術師には珍しく、立派な体型をしていらっしゃるみたい。ビクともしなかったのよ」と、囁いた。
そういえば、私がうっかり彼の胸にぶつかってしまったとき。立派な胸板だったような気がする。
筋肉の必要がない魔術師は、シルヴァン様のような細身の体型が一般的。アロイスは珍しいタイプかもしれない。
「ぼくは剣術が趣味だからね」と、アロイス。
ルシールが椅子から飛び上がる。
「き、聞こえていました!?」
「地獄耳なんだよ」と笑うアロイス。「そういえばロクサーヌも転倒しかかったときに助けたね」
「……はい。その節はありがとうございました」
アロイスのバカ。
どうして今それを言うのよ!
シルヴァン様の前でほかの人に助けられたことがあるなんて、言わないでほしいわ。
彼は気にも留めないでしょうけど、私が嫌なのよ。
やっぱり、アロイスは油断できないわね。
◇◇
「おはようございます。シルヴァン様。昨日のアロイス様の話ですが」
翌日のこと。出勤早々に、言い訳をしようとしたけれど、シルヴァン様は眉をひそめて
「なんのことだ」と答えた。
「あの。彼に助けてもらったことです」
しばらくの沈黙。
だいぶ時間がたってからシルヴァン様は、
「ああ、ヤツの執務室での話か」と得心したようにうなずいた。
どうやらまったく気にも留めていなかったみたい。
「たまたま、なんです。私が助けてもらいたいのはシルヴァン様だけですわ!」
「だから?」
彼は冷ややかな目を私に向けると、
「そんなことはいいから、早く仕事を始めろ」と手を犬を追いやるかのように振った。
「……少しは嫉妬したりはしませんか?」
「するわけがないだろう」
「ですよね。好いてもらえるように、もっともっと頑張りますわ!」
そのためには、まずは仕事をしっかりこなすこと。
なかなかシルヴァン様を攻略できないけれど、頑張ればいつかきっと……!