第九十八話 廃鉱山ダンジョン その二
前方が仄かに明るいので、王子の光の球なしでダンジョンの明かりを頼りに慎重に進んだ。
横坑はホールの天井付近と繋がっていた。
ユーシンと二人、床に伏せて中を見下ろすと、ホールの壁の苔らしきものが発光していて中は結構明るい。
床まで十メートルくらいの高さがあるが、下に降りるための階段などはなかった。
磁鉄鉱の鉱脈でもあったのだろう。ホール自体はバスケットコートが一面取れる小学校の体育館くらいの広さで、床は平ら。向こう正面の壁には扉がある。
そしてホールの中心に、魔法使いのとんがり帽子を被ったコボルトが居た。
コボルトの上位種、たぶんコボルトマジシャンだ。
石像のように立ったままで、微動だにしないけれど、気配の強さは隠せていない。
近づくと動くとか、そうした仕掛けがあるはずだ。
とんがり帽子は高さが四十センチくらいあって、ちょっとお高そうな紫色、ツバの部分も広い。人間用のものを無理矢理被ってしまっているようなアンバランスな感じだ。
そして魔法使いらしい茶色のローブを纏い、黒い杖も持っていた。
杖は王子のピコーン杖よりも小さくて、コボルト用っぽい大きさだけれど、杖の頭の部分に拳大の黄色い魔石が付いていて、何か強力な力を秘めているように思える。
コボルトと言えば、土魔法による床の出っぱりや、まやかしの壁だったけれど、こいつはもっと厄介な魔法を使いそうだ。
取り巻きのコボルトが居ないのが救いだけれど、油断出来ない相手だ。
そこでユーシンと相談して、王子に判定して貰うことにした。
ユーシンにロータスさんとストランドさんの護衛を替わって貰い、王子をホールを見下ろせる場所へと案内する。
先程と同じように床に伏せ、王子に判定して貰った結果、コボルトマジシャンで間違いないようだ。
使用魔法はストーン・スピア、アクティブ・シールド、ゴーレム生成操作と判明した。
ストーン・スピアはその名の通り石で出来た槍が飛んでくるのだろう。
アクティブ・シールドは岩の壁のようなものなのか? 動くとなると厄介そうな感じだ。
ゴーレムは岩人形だろう。コボルトマジシャンに取り巻きが居ないのは、ゴーレムを生成出来るからなんだろうと思う。
そうして一度ユーシン達の元に戻り、王子の判定結果を報告し、攻略方法について相談した。
ロータスさんによると、コボルトは魔法が得意な魔物なので、そのマジシャンとなると単体でもかなり厄介な相手なんじゃないかとのことだ。
ストーン・スピアはストーン・アローの上位魔法らしい。
アクティブ・シールドについては、ロータスさんも知らないとのことである。
そしてゴーレムについては、生成されるのが一体だけならば良いけれど、複数生成される可能性もあるらしい。
「ゴーレムの大きさも分からないからね。二メートルを超えてくると、動きは鈍いはずだけれどオークなんかよりも力があるはずだよ」との話である。
ゴーレムは体内にコアがあり、それを破壊しないと倒せないけれど、コアのある場所はゴーレムによって違う。頭の中のこともあれば胸の中、お腹の中のこともあるようだ。
魔法にも耐性がある。なので足首などを破壊して、ゴーレムの動きを鈍らせるような戦い方が定番らしい。
そしてホールがボス部屋であれば、脱出さえしてしまえば追撃などはされないだろう。と言われた。
ストランドさんが煙幕のマジックスクロールを持っているとのことなので、最悪の事態となった場合には使って貰うことにする。
王子のお陰で使用する魔法は判明したけれど、初見の相手なのだ。
実際に戦ってみないと、その魔法がどんなものなのかは分からない。
行動指針は安全第一だ。
脱出するためのロープを設置したままにして、危なくなったら即脱出を念頭にコボルトマジシャンと対決することにする。
ホールは広いので、王子は短弓、オレは中間距離から移動しつつ投石して注意を引き付ける。
ゴーレムが出現した場合はオレが担当。動きが遅いだろうから、二体くらいならば対応出来るはずだ。
そしてユーシンがショートハルバードでアタッカー役となりコボルトマジシャンを直接攻撃することになった。
魔法使いならば、直接的な武力には弱いはずだ。
スラッシュが決まればそれで倒せる可能性が高いのだが、どういうものか不明なアクティブ・シールドが問題だ。
そして脱出する順番については、まずは王子、そしてユーシン、最後がオレを基本として、状況に応じてオレが指示を出すことに決めた。
そうしてホールの入り口まで皆で移動し、ロープを使って十メートル下の床へと降りた。
短弓を構えた後衛役の王子に頷き、ユーシンと二人、上半身を屈めて素早く動き、彫像のように動かないコボルトマジシャンの後ろから二手に分かれて接近する。
コボルトマジシャンまで五メートルまで近づいたところで、額にガツンと衝撃があった。
コボルトマジシャンの周囲には透明なバリアっぽい何かが設置されていたらしく、ガラスのドアがあることに気付かずに、そのままぶつかってしまったような感じになったらしい。
痛さに顔を顰めるが声は出せない。
思わず額に手をやって撫でつつコボルトマジシャンを見ると、流石に気付かれてしまったらしく、いつの間にかコボルトマジシャンがこっちを見ていた。
オレ、そしてユーシンを確認したコボルトマジシャンが杖を振り上げて素早く詠唱した。
すると白く輝く手裏剣のものが数十個現れて、一列になって自転しながら、コボルトマジシャンの周囲をグルグルと回り始めた。
アクティブ・シールドはこれのことのようだ。
後方から王子がすかさず矢を射るが、王子のトネリコの矢は白く光る回転体にぶつかって消えてしまった。
その後放たれた魔法の矢も同様に消えている。
オレもマジックバッグから取り出した石を投げたのだが、同じく迎撃されてしまった。
ムキになって続けざまに投石攻撃をしたが、やっぱり駄目だ。
そしてお返しとばかりに、ストーン・スピアが飛んできたので慌てて避ける。
スピアというよりもミサイルのような太さで電柱くらいの太さがある。
そのせいで飛翔速度が遅いので、目視出来ていれば回避は余裕だったが、当たれば致命傷になりかねない。
死角から近づいたユーシンがコボルトマジシャンの後ろからスラッシュで攻撃したが、やはり防がれてしまった。
コボルトの上位種でしかないはずなのに、三人で攻撃しても相手を傷つけることすら出来ない。
ちょっと困った事態なのだが、駄目押しとばかりにコボルトマジシャンはゴーレムを生成し始めた。
「ゴーレム、五体だ。大きいぞ」
横坑からオレ達の戦いを見ていたロータスさんから警告の声が上がった。
床から生えるように出てきたゴーレムは全部で五体だ。身長二メートル半くらい。岩というよりも鉄鉱石のような色合いなので、一体でも強敵っぽい感じがする。
動作はもったりしているようだけれど、五体となると囲まれて押し潰されかねない。
「ダイゴ、ユーシン、一旦撤退しよう」
二人に声を掛けてから、コボルトマジシャンに続けざまに石を投げる。
ユーシンは王子に近づこうとしていたゴーレムに体当たりをしている。
その隙に王子がロープを駆け上がるように登り、上から短弓で援護射撃を始めた。
生成された五体のゴーレムはオレ達の脱出を阻むように動き出した。
ユーシンのほうが脱出路に近い。そこで、
「次、ユーシンね」
近づいてくるゴーレムを避けるように動き、マジックバッグから石を取り出してはコボルトマジシャンに向かって投げて、反撃の機会を潰しつつユーシンに声を掛けると、ユーシンから「了解ー」と返事があった。
そして一体のゴーレムをフェイントを使って躱し、脱出口となる横坑の下に居たゴーレムを踏み台にしてユーシンが脱出した。
最後はオレだ。
横坑の下にはゴーレムが集まってしまっていて通れそうにないし、登るためのロープも見えない。
脱出口となる十メートル上の横坑まで、何とか辿り着かなくてはならない。身軽さを活かして壁でも走るか? などと考えてみたが、多分出来ない。
ストランドさんの煙幕で逃げるにしても、邪魔なゴーレムを動かすための陽動が必要だろう。
そこで、ドサクサに紛れてコボルトマジシャンを二段突きで攻撃してみようと覚悟を決めた。
一度目の突きがアクティブ・シールドで防がれても、即座に繰り出す次の突きが、コボルトマジシャンに届くかも知れない。
大太刀をぬらりと抜いて、ストーン・スピアが飛んで来ると同時に突っ込むべく足場を決める。
少し間合いが遠いか? 二発目のストーン・スピアがすくに発動されてしまうと、避けられそうにない。
いっそホールにある扉に向かってみようか? しかし鍵が掛かっているかも知れない。などと思う。
そこへ「岩を落とすよー」とユーシンの大声がした。
横坑の床を切り落として下のゴーレムを攻撃するつもりらしく、ユーシンは今、まさにロープを回収し終えようとしている王子の横でスラッシュの構えをしている。
「ダブルスラーッシュ」
新しい発動句の後、ゴーレム達の上に切り出された大岩が落ちてきた。
スラッシュがダブルでV字型に切り出された岩塊だ。
そんなユーシンの大岩攻撃が決まり、ゴーレム達が瓦礫に埋まった。
そこでコボルトマジシャンの様子を窺うと、王子の矢がコボルトマジシャンの帽子に当たって、帽子が落ちそうになっている。
あの、妙に大きな帽子はアクティブ・シールドの防御範囲外だったようだ。
そこで帽子に狙いを付けて石を投げると見事に当たった。
帽子が落ちる。
すかさず駆け寄って、帽子を拾おうとしているコボルトマジシャンに二段付きを繰り出したのだが、アクティブ・シールドに防がれてしまった。
攻撃失敗だ。
しかしすぐに頭を切り換えて、行き掛けの駄賃とばかりに帽子を蹴り飛ばしてから、脱出口へと走る。
瓦礫を乗り越えて、ユーシンが再び降ろしてくれたロープを手に取り岩壁を駆け上がった。
そして最後に、差し出された王子とユーシンの手をガッチリ握り、横坑へと飛び込んだ。
脱出成功だ。
ホールはボス部屋、とのロータスさんの予想は当たっていた。
コボルトマジシャンはホールの中からは出てこないらしく、追ってくる気配はないし魔法の追撃もない。
大きく崩れているとは言え、横坑までは高さがあるし、ゴーレムには狭いからこっちも安心だ。
しかし強い。
アクティブ・シールドは王子の矢どころか、ユーシンのスラッシュ、そして二段突きまでも防いでしまった。
コボルトの上位種ごときと思っていたけれど、ゴーレムを使って攻撃するのではなく、まずは脱出経路を潰そうとするとか、やっぱり悪辣だし、かなり厭な相手だ。
しかし、手の内は読めたし帽子への攻撃が有効なことも分かった。あとは作戦を練るだけだ。
「今日はここでキャンプして、ちょっと対策を考えましょう」
オレがそう提案すると、皆の了承が得られた。
作中では分かり易く書いてみましたが、小学校のバスケットはミニバスケットで、コートの正式名称は「プレイングコート」と言うらしいです。
大きさは長辺が22-28m、短辺が12-15mと、小学校の体育館事情に合わせて規定が緩いようです。
ホールの広さは20m×30mくらいを想定しています。




