第九十五話 廃鉱山ダンジョンへ その四
夜中、テントのほうへとユーシンが近づいてくる気配を感じて起きた。
寸前まで寝ていた割に頭が冴えている。眠っていた三時間は睡眠サイクル九十分の丁度二倍だからそれが関係しているのかも知れない。
テントから顔を出すと、ユーシンから「異常なしだよ」との報告があった。
背後の焚き火で陰になって顔は見えないけれど、一人っきりの見張りでやはり少し緊張していたのか、どこかほっとしたような声音だ。
テントの外へと出て、「お疲れさま」と笑顔で声を掛けてから、寝ぼけつつ周囲の気配を探ると、一キロくらい離れた場所に鹿――おそらく牝鹿――が居るくらいだった。
「お腹が減ったらこれを食べてね」
ユーシンから王子の時計と知恵の輪と共にナッツの袋を渡されたので、少し食べて見るとピリッと辛い。眠気覚ましには丁度良さそうだ。
「あと、お湯も沸かしてあるから、お茶も飲めるよ」
そう言いながら大きく口を上げてあくびをするユーシンに、お礼とお休みの挨拶をして、焚き火の前の椅子に座った。
ユーシンは見張り中に薪拾いをしてくれたようで、太くて乾いた木の枝が、タープの下に山になっていた。これならば朝まで余裕で持ちそうな感じだ。
現在時刻は深夜十二時、午前十二時とか午前零時とも言う。確かお昼の午後は十二時だけで、午後零時という表現はないと聞いたことがある。零は一日の始まりだけに適用されると言う話だったはずだ。
ともあれ、これから三時までがオレの担当になる。
目を瞑ると心地よいのだが、間違いなく危険行為だろう。
そんなわけで知恵の輪に取り組もうとしたところ、ユーシンから渡された知恵の輪はくっついたままだけれど、心持ち歪んでいるような気がした。
試しにカチャカチャと動かして見ると、以前と違って動かす余地が少ない。
これは明日の朝、ユーシンを問い詰めないとな、などと思う。
それにしてもユーシンの怪力は、ちょっと度を超えている。
レベルアップと言えば、レベルが一つづつ上がって行くものだと思うのだけれど、同じようにゴブリンを倒しても、その人の持つ器によってレベルアップが早かったり遅かったりするようだし、そのレベルアップで手に入る力も一定ではないらしいから、例えば体内に吸収した魔素の量によっては、一気にレベル三とか五とか、そんな感じで上がってしまうものなのかも知れない。
そして、この世界では認識されていないみたいだけれど、そうしたレベル数のような指標があるような気がする。
そんなことを考えつつ、夜の静寂のなか見張り任務をする。
焚き火の爆ぜる音のみがしていて、夜空を抜き取ったかのように山は黒々として迫るように存在し、少し得体の知れない感じがする。
時折森の方から「チィーィ」と唸るような動物の鳴き声がするので驚くが、おそらく牝鹿だ。
魔物の気配はまったくないから、取りあえずは安心なのだが、キャンプチェアに座って、いると寝てしまいそうだ。
そんなわけで大太刀で素振りをすることにした。
ユーシンと違い、未だにスラッシュのスキルは習得出来ていないけれど、あの素早い斬撃をスキルなしで再現すべく、上段からの素振りをする。
一足一刀の間合い、一歩踏み込めば相手へと攻撃が届く距離を出来る限り遠くすることを目指した。
可能な限り推進力を得るためには、踏み込むための後ろ足が重要で、腰から股関節、そして膝、足首、さらには足の裏や足の指までを使う必要がある。
そこで靴を脱いで、裸足で素振りをした。
打ち込みをしながら、自分の身体に対して気配察知を使うと、腰の回転、股関節の動きにも注意が必要らしいと分かった。
全身を撓らせ、踏み込んだ右足をストッパーにして、すべての力を斬撃へと変換する。
一センチでも遠くへ、最大限の力を届かせる訓練は、深夜のハイテンションと相まって、気付けば顎先から汗が滴り落ちるまで続いた。
どうやら集中し過ぎたらしい。時計を見ると二時を過ぎている。慌てて周囲の気配を探ったところ、魔物が居ないのでほっとする。
少し熱を入れすぎたようだ。
ポットに濃いめの紅茶を淹れて、ついでにハチミツもたっぷり入れる。
そんな紅茶を息を吹きかけながら飲みつつ、魔物のことを考える。
冒険者ギルドで聞いたコボルト、そして稀にオークが出現するという話。
荷馬車の農家の人に聞いたゴブリンの出現、そして騎士団の巡回が滞っていると言う話。
二つの話を考え合わせれば、この辺りにはもっと魔物が居ても良さそうなのに、不自然に平和すぎると思う。
そこで焚き火の前で胡座をかいて、ぐるりと遠方の気配を探ってみたのだが、やはり魔物の気配を感知することが出来なかった。
騎士団が討伐をしたのか、誰か冒険者がこの辺りに居て、魔物を討伐して回ったのか、もしくは別の理由があるのかは分からないけれど、討伐依頼を受けているわけじゃないから、居ないに越したことはないのか……。なんてことを思う。
そうこうしているうちに交代時間の三時になった。
王子のためにポットに紅茶の用意をしてから、テントで寝ていた王子に小さく声を掛けて見張りを替わって貰う。
ユーシンのナッツと時計、そして知恵の輪を渡すと、王子がちょっと眠そうにしているので、
「大丈夫? 眠いんなら朝まで見張りを付き合おうか?」
そう聞くと、ぶんぶんと頭を振って、ぺしぺしと両手で顔を叩いてから、力強くオッケーサインを出している。
「森に鹿がいて偶に鳴くけど魔物の気配は今のところないよ。ポットに紅茶が入ってるから飲んでね。ナッツは辛いから食べ過ぎ注意。あと知恵の輪、ちょっと曲がっているのはユーシンだからね」
オレの言葉に、王子はコロコロと表情を変えている。
そうして最後に、オレから渡された知恵の輪を見て、片方の眉を上げていた。
* * * * * * *
翌朝六時に王子のピコーン音で起きた。六回鳴ったのはそういう意味だろうと思う。
毛布の中で王子の嬉しそうな顔を思い浮かべてニヤリとする。
結局魔物は出現しなかったようだ。
寝床から起き出して、
「ダイゴ、おはよう、見張りお疲れ様」と声を掛けると、王子が笑顔で頷いている。
昨晩大太刀での訓練を頑張りすぎたせいで、ちょっと筋肉痛がするので鎧を脱いでストレッチをする。
ストレッチをしつつ周囲の気配を探るが、今日も平和だ。
天候は薄曇りだが、雨の気配はない。
ユーシン、ロータスさん、ストランドさんも起き出してきて挨拶を交わす。三人ともしっかり眠れたみたいだ。
朝方通り雨があったようでテントは濡れていたけれど、マジックバッグの新機能、汚れサヨナラ機能があるのでそのまま収納した。
そうして肉饅頭の朝食を手早く食べてから、今日は山登りになるので、腰や膝、足首や股関節など下半身の動的ストレッチをすることにする。
王子とユーシンは手慣れたもので、ポーズも様になっている。
オレはロータスさんとストランドさんに各種ポーズとその意味を説明しつつ、やり方を教えた。
それからキャンプを撤収して出発となった。目指すは昨日確認した廃鉱山ダンジョンの入り口だ。
フォーメーションは昨日と同じだが、今日は出発時からマーク君はユーシンの頭の上だ。
木々が疎らになったことで見通しも良いし、歩きやすいけれど、微妙に登り坂の斜度がキツくなってきて、ストランドさんの呼吸が荒くなり始めた。
そこで一旦小休止した後、歩幅を小さくとって、登り斜面をジグザグに進むことにする。
そんな感じで昨日確認したガレ場にはお昼前に到着した。
近くで見ると、やはり登るのは少し難しそうな感じだけれど、ルートをしては最適なはずだ。
「ロープの補助があったほうが良さそうだよね……」
オレの提案に王子とユーシンが頷いている。
お昼のサンドイッチを食べながら、この先三十メートルくらいの登り坂に転がっている石は浮いていて不安定なこと、なのでロープで補助しての登りになることをロータスさんとストランドさんの二人に説明し、オレが先行して登ることにする。
落石があるかも知れないので、皆には安全そうな場所に待機して貰った。
ガレ場の傾斜角は三十度くらいで、急坂という程ではないけれど、足を不用意に置くと石が動く、否、とにかく置けば動く感じだ。
非常に歩きにくいし、石の滑りそうな気配は分からないので、慎重に登った。
ついでに登りつつ、石礫に良さそうな小さい石をマジックバッグに収納しようと思っていたのだが、そんな余裕はなかった。
そうしてガレ場を登り切った後、ロープの確保点を探すと、少し離れた場所の大岩が目に付いた。
横から押してみたがビクともしない。しっかりと地面に埋まっているようだ。
そこでマジックバッグからロープ取り出して、ジョウンさんとオウルさんに教えて貰ったロープの結び方、ダブルエイトノット、二重八の字結びで結ぶことにする。
まずは下に垂らすほうのロープにエイトノットを作っておいて、大岩を一周させてから、その結び目に沿わせるようにして二重化する方法だ。
緩みが出ないようにしっかり結び目を締めて行き、最後にロープのちょっと余った端末を、抜け止めのために止め結びにして完成だ。
ロープは伸びる、落下のような衝撃荷重が発生した場合、伸びることで身体への衝撃を緩和しつつ、ロープそのものの破断を防いでいる。
なので念のために一度ロープに全体重を掛けてみたが、大岩はビクともしないし、ロープの結び目、岩との擦れなどの問題なさそうだ。
下に居る皆に「ロープ落とすぞー」と声を掛けて、ユーシンの返事を確認した後、ロープを投げる。
両手で下手投げにしたロープの塊は上手くほどけてユーシンの元へと届いた。
ロータスさんと、ストランドさんはロープを使って登るのは初めてのことなので、その講習のために一旦下に降りることにして、下に声を掛けて肩がらみ懸垂で降りたのだが、登りよりも足元が見えづらいので気をつけていてもズルリと滑る。
ロープ無しで登った時よりも却って時間が掛かってしまったし、両足が滑って派手に転んだりもした。
レベルアップした今ならば、足を使わずに両手だけでロープを掴んで登り降りすることさえ出来るのに、不安定な斜面ではそういうわけにも行かない。
二人にはちょっと格好の良いところを見せたかったのだが、残念である。
しかし登りよりも降りのほうが難しいなんてことを言ってみても、実際にやってみなければ分からないことだ。
なので気を取り直してロータスさんとストランドさんにロープを使った登り方の説明をした。
足の裏全体を置くように歩き、足場をしっかり固めつつ、ロープは両手で持って交互に動かして登っていくこと。
但し腕の力で登るわけではなくて、ロープは前後左右の身体のバランスを取るためのもので、そうすれば万が一足元が滑った時も大きくバランスを崩すようなことがないこと。
歩幅は小さく取って、いきなり片足に体重を掛けてしまうのではなく、ゆっくり慎重に体重を乗せて登ること。
石を蹴り上げるようなことがないように注意すること。
先程オレが実践してみせた通り、ロープさえ握っていれば落ちないこと。
石がなくても砂があればさらに滑りやすいこと。なんかの説明をして、登り方を二人に実演して見せる。
その後まずは王子が登った。軽々とした身のこなしだ。
続いてロータスさん、ストランドさん、そしてユーシンとマーク君が登り、最後にオレが登って無事に難所をクリアした。
声音は声の調子です。




