第五十五話 新しいダンジョンその十三
ケイトさんの「それじゃあ行くか、よろしく頼むぞ」との声に、皆で「はい」と返事をする。
めずらしくシニフィエの声まである。おそらく王子の代返だろう。そう思って王子を見て、にやりと笑いかけると、王子が嬉しそうに笑った。
そうして十一階層へと下りる階段へと向かいながら、オウルさんからオレ達に、出現する魔物、コボルトについての説明があった。
金属製の武器は腐食させられてしまう可能性があるので、鞘に入れたまま使用すること。
ダンジョンの壁と、見た目はそっくりな偽物の壁をコボルトが作ってしまうので、地図を確認し、チェックしながら、ゆっくりと進むこと。
地図にない場所は、武器で壁を叩きながら本物の壁かどうかを確認しながら進むこと。
行き止まりに見えても、近づくと目眩ましの壁だったり、時にはその壁を破ってコボルトが襲撃してくることがあるので、油断しないこと。などである。
そしてコボルトは、石を飛ばしてくることもあるらしい。
「ダンジョンの中に石は落ちていないし、投げつけるような動作もしないのに飛んでくるから、魔法による攻撃だろう」とのことだ。
棍棒のような杖の攻撃は振り回しくらいなので、素早く接近戦に持ち込んで倒す。というのが最適解らしいが、ゴブリンよりも力か強い。攻撃を防御する時は、そのつもりで受けること。
また床に小さな出っ張り、こっちが転ぶような罠を作っていたりするので、近づく時もしっかりと足元を確認しないといけない。
また、コボルトの魔法の仕掛けを常に警戒、そしてチェックしながら探索をするのは負担が大きく、注意力が散漫にならないように、一時間毎に十分程度、パーティーの半分を休ませるような工夫をしないと厳しい。
そして十二階層では三匹のグループも出現したので、二匹と遭遇した際も、もう一匹、もしくは二匹居ると想定して対応するように。と注意された。
そんな言葉にケイトさんも、オレ達同様、ふんふんと頷いている。
そこでオレが「今日は走るのは無しですからね」と念を押すと、「もちろんだ」との答えが、少しバツの悪そうな顔と共に返ってきた。
ケイトさんは、一晩寝ていないこともあってか、すごく眠そうにしていて、時折目を瞑っては、口を開けようとして思い留まり、首を横にぶんぶんと振っている。
どうやら、あくびを噛み殺しているようだ。
安全地帯の十階層は、長閑な森林公園のような場所だから、釣られてあくびが出そうになる。
くしゃみが出るかと思ったら引っ込んでしまうような動作の繰り返しが、すごく気になる。
そこで「あくびをしたら良いじゃないですか?」と言うと、「騎士はあくびなどしないものだ」との答えが返ってきた。
しかしそう言いつつ、またもや口が開きそうになって、薄目になって、口元を「もにょもにょ」させている。
ここは、思わず釣られてあくびをしてしまうような、大きくあくびをする振りをしてみようかと思うが、ケイトさんが頻りに頭を振る様子に、悪戯心を押さえ込んだ。武士の情けだ。
でも、ちょっとだけ……と思い直し、気遣うような真摯な声でこう言ってみる。
「ケイトさん、辛いのならは、オレがあくびを代わりにしましょうか?」
するとケイトさんは「へっ?」と言って、なんとも言えない表情をして、オレを見るので、にっと笑ってみせる。
そんな一連のやり取りを近くで聞いていた王子とユーシンが、大喜びしている。
王子が右手を高く挙げたまま口を開けて、ケイトさんに見せている。
ユーシンも「ハクブンよりもオレの口のほうが大きいから、オレがあくびを代わりますよ」と、口を大きく開いて見せた。
ケイトさんがそんな二人を見て「折角だから三人にお願いするよ」と言うので、三人であくびの真似をして見せる。
それを見ていたケイトさんが笑って、「三人共、あくびの真似が上手いな。本物そっくりに見えたぞ。それじゃあ私もちょっと真似をしてみるか?」と言って、両手を広げて上を向き、伸びをしながら、長く大きな「あくびの真似」をした。
そして目を、ぱちぱちと瞬かせてから、「どうだった? 私の真似もなかなか良かっただろう?」と少し照れたように笑いながら聞いてきたので、「一等賞です」と笑顔で答えた。
四人でそんなことをしつつ歩き、十一階層へと続く階段の前で、サイエンさんからユーシンに「片手剣の鞘から剣が抜けないように紐で固定しておくように」との指示があった。
ユーシンがオレを見て、紐……と言いかけたところで、オレがマジックバッグから、懐かしの木剣を取り出して渡すと、愛着のある木剣の登場にユーシンは目を輝かせ、声を上げて喜んでいた。
そして代わりにユーシンの片手剣を鞘ごと受け取り、マジックバッグへと「収納」した。
階段を下りてから、王子の光の球を明かりとして、サイエンさんのパーティーが先行して進んだ。ベルさんの魔力を温存するためだ。
オウルさんから、「コボルトとの戦闘がどんな感じなのか、それを良く見てくれ」と言われ、オレ達三人、そしてケイトさんは後方警戒担当だ。
シニフィエが飛び回り、いつもよりも積極的に探索に協力してくれている。
サイエンさん達に自分の力を見せて、「シニフィエが居るなら、安心だったな」と、納得させたいのだろう。
ベルさんの持つ地図には書き込まれていない、まやかしの壁を見つけると、体当たりをして壊している。まやかしの壁は壊れると同時に消えてしまう。ダンジョンの魔物と同じようなもののようだ。
そんな頑張りを見せるシニフィエに、自然と頬が緩んだ。そしてオレも負けてはいられないぞ。と思う。
そしてサイエンさんは、やっぱり強かった。
オウルさんが出る幕すらなく、出現するコボルトをサポートに回ったジョウンさんと二人でさっくりと倒してしまっている。
ケイトさんが落ちた魔石を糸で回収して、ベルさんに渡す。そんな感じで十二階層への階段へと進んだ。
「あと三十分くらいで十二階層への下り階段がある。そこまで役割を交代してみるか?」
サイエンさんにそう言われ、ユーシンとオレ、そして王子の代弁者であるシニフィエの三人で「はい」と返事をした。声が揃う。なんだか胸が熱くなった。
王子とユーシンを見ると、やる気満々な表情だ。そこで顔を見合わせて頷き合った。いよいよコボルト戦デビューだ。
これまでは二匹での出現だったけれど、忘れちゃいけないのは三匹目、もしくは別のグループの二匹だ。
オレとユーシンと同じくらいに、王子とシニフィエも気合い充分なので、二人に任せてしまうと、コボルトが登場した瞬間に退場するようなことになりそうだ。
そこでサイエンさん達のパーティーでは、オウルさんとベルさんが担当していたサポートの役割を王子にお願いする。
オレの言葉に、王子の口が少し尖り、また戻ったような気がしたので、「この次は真打ち、ダイゴの無双回だよ。今回はそれでお願いね」と言うと、「本当なの?」と言うように、顎を引きつつ目を細めた後、にこりと笑顔で頷いてくれた。
ユーシンと二人先頭を歩く。その後ろに王子、そしてケイトさんだ。ケイトさんはナビ係、ベルさんから借りた地図を見つつ、「二十メートル真っ直ぐだ。次を右だぞ」と指示を出してくれている。
そうして十分ほど歩くと、索敵担当のシニフィエが、「この壁の裏に二匹居るぞー」と警戒の声を上げてくれた。
壁へと近づき、ユーシンに頷きかけてからオレが壁を叩くと、まやかしの壁が壊れて消えて、コボルトが現れた。今にも襲い掛かろうとしている体勢だ。
ユーシンと二人、それぞれが一匹と対峙する。
コボルトは上位ゴブリンよりも素早く、先制攻撃のオレの突きは、コボルトの肩口を掠っただけに終わった。
コボルトが杖を横薙ぎにしてきたので、慌てて後ろへと飛んで避ける。
ユーシンは杖の攻撃を盾で受け止めたようだ。コボルトは力が強いらしく、ユーシンは押し込まれるのを防ぐのに手一杯で、右手の木剣で攻撃が出来ない。
そんな状況を把握しつつ、オレが次の攻撃に移ろうとしたところで、足元に何かの気配を感じた。
素早く視線を落として確認すると、オレの足元の近くに、出っ張りが出来ていた。
すぐ視線をコボルトに戻す。オレに罠の存在を気付かれてしまったことが分かったのか、舌打ちでもしそうな顔をしている。
にたり笑いのゴブリンよりも、邪悪さ、というのか下品さが薄れた見た目なのに、ゴブリンなどよりも余程に狡猾な相手だ。
登場と共に「異世界魔物、嫌い度ランキング」の第一位に昇格だ。
何とか仕返しをしてやろうと思い、オレはコボルトの頭の上、天井を見て大きく口を開き、びっくりしたような顔をしてみた。
するとコボルトは引っ掛かった。はっとして上から襲ってくる見えない敵、実際には居ない敵を探すように上を見上げた。
人を騙そうとするものは、簡単に騙されるものなのだなあと実感しつつ、そんなコボルトを袈裟懸け※にする。
攻撃が決まり、最後にコボルトがオレを見た眼が、「騙しやがったな、この野郎」とでも言っているように見えたので、にっと口元を引き上げて答えた。
そしてコボルトが消えて魔石が落ちた。
と、ユーシンだ。あの様子だと助太刀が必要だ。魔石回収は後回しにして、気を引き締めてユーシンを見ると、ユーシンは先程同様、コボルトと押し競饅頭状態のままだ。
そこでオレがユーシンへと駆け寄ろうとすると、王子と一緒に時計係をしてくれているシニフィエの「昼だぞ昼。飯の時間だぞー」と言う声が聞こえた。
今はコボルトと戦闘中だ。時計係の職務に熱心なのは良いが、時と場合を考えて欲しいものだ。と思う。
しかしユーシンはその言葉に、力比べで拮抗していたコボルトを撥ね飛ばし、即座にスラッシュで倒してしまったから、ナイスタイミングだったのかも知れない。
オレは肩で息をしているユーシンに頷き掛けて、今落ちた魔石、そしてオレのほうの魔石を拾い、王子の元へと行って魔石を渡しつつ「バックアップお疲れ様です」と真面目な顔を作って言うと、王子はオレから魔石を大儀そうに受け取った後、くしゃっと笑った。
そうして十二階層への階段前でお昼を食べた。今日はバインミーだ。
ユーシンはまた肉串入りにするらしい。オウルさんが今回は真似をしている。ベルさんは諦めていた。ちょっと悔しそうだ。
やる気満々なシニフィエの「周囲を警戒しておくから、ゆっくり食え」の言葉に甘え、皆で食事を食べながら話し合いをした。
十二階層はマッピングが終わっていないので、探索しつつ十三階層へと下りる階段を探すことになる。
サイエンさんとジョウンさんが先達の冒険者たちから集めた情報では、十二階層もコボルト、そして十三階層はコボルトの他に、オークの出現が確認されているらしい。
「昨日の探索では行き止まり二カ所の確認が出来たので、地図の空白部分、左側のこの辺りの探索になるな」
ジョウンさんがそう言って、地図を見せながら説明してくれた。
「ダンジョンの壁が本物の壁なのかをしっかりと確認し、壁の後ろに潜んでいる可能性のあるコボルトへの警戒、対応も必要となる」とオウルさんが指摘し、そこでまたサイエンさん達のパーティーが先行することとなった。
王子はオウルさんのその言葉に、自分の活躍の場がなくなってしまったことに気付いたようだ。
「しまった」とでも言うように、あっと口を開いてから目を眇めてオレを見るが、さっきのコボルトのように騙したわけではない。
慌てて首を横に振るが、そんなオレを見て「えー、本当なの?」とでも言うように、上目遣いをしてきた。しかしこれはおふざけだったようだ。すぐに笑顔を作ってくれてほっとする。
そうして十二階層への階段を下りた。
「袈裟懸け」の袈裟は仏教のお坊さんの着る服、法衣です。濁った色の一枚の布(安い)を左肩から右の脇の下を通す感じで着る(というか巻き付ける)もの。日本仏教では着物の上に別体型となった袈裟をレイヤード、重ね着していました。肩紐は本場インドを踏襲して左肩用の一本だけで、肩から掛ける(懸ける)スタイルでした。そこから、鎖骨辺りから身体の反対側へ斜めに切り下ろす攻撃が「袈裟懸け」と呼ばれるようになったようです。
因みにハクブンのマジックバッグも、袈裟と同じように肩から反対側の身体の方へと斜め掛けしているので、――すごく古い表現ですが――「マジックバッグを袈裟懸けにしている」と表現出来ます。




