第四十五話 新しいダンジョンその三
翌朝、ユーシンに、もう七時だよ。と起こされた。
外はまだ薄暗いので、ユーシンが寝ぼけて、腹時計が誤作動を起こしたのかと思って時計を取りだしてみると、七時だ。
寝ぼけていたのはオレのほうだった。山が近いせいで七時になっても、東にある山に、光が遮られていたのだ。
今日も寒い。吐く息が白い。
ユーシンにせっつかれて、テントから起き出してみると、何かを燃やしているのか、空気が煙臭い。何だろうかと思って見ると、焚き火だった。
サイエンさんたちとケイトさんはもう起きていて、そんな焚き火を囲んで暖を取っていた。王子も居る。
オレも早速、毛布を被ったままユーシンと共に火の前へと移動した。それ程大きな焚き火ではないけれど、手を翳すと凄く暖かい。思わず目を瞑るとあくびが出た。
サイエンさんが、朝方、建築現場の廃材を大工見習いの少年達が売りに来ていて、それを買った。と話してくれた。
広場のあちこちに同じような焚き火があって、冒険者たちがオレ達と同じように焚き火で暖を取っている。
焚き火に当たりながら話を聞いたところ、サイエンさんたちはこっちのダンジョンで、もう少し探索を続け、取りあえず十階層まで行ってみることにしたとのことで、その件でケイトさんに相談をしていたらしい。
サイエンさんの提案は、一週間を目途にダンジョン都市へと戻る予定なので、強行軍で十階層まで進んでしまい、そこを拠点として活動するというジョウンさんの案で、ケイトさんやオレ達も一緒にどうか? というものだった。
ケイトさんが「荷物をすべてオレのマジックバッグに仕舞っておけば、昨日のダンジョン鬼ごっこよりも快適に走れるぞ」と笑いながら言って、オレ達にどうしたいか? と聞いてきた。
鬼ごっこ……その言い方をするということは、放出魔素の調査と言いながら、やっぱりケイトさんは楽しんでいたようだ。
昨日の方法、ケイトさんが先行してゴブリンを殲滅し、オレ達がその後を走って進むというのは、ダンジョンの十階層まで行く一番早い方法ではあると思う。
確か昨日は一時間半くらいで二階層の階段まで辿り着いた。
同じことをもう一度やるのは遠慮したいところだけれど、地図もあるし、もう少しペースがゆっくりであるならば、オレ達も二日掛ければ十階層まで行くことは可能だろうと思う。
しかしいきなり十階層だと、一つ階層を戻っても九階層だ。レベルアップもしていないダンジョン初心者なオレ達が上位ゴブリンとの対決というのは、ちょっと危険だろう。
もちろんケイトさんが居れば上位ゴブリンだろうが問題ないのだろうけど、それも何か違うような気がする。
考え込むオレにケイトさんが、
「九階層までの上位ゴブリン、ゴブリンマジシャンやゴブリンアーチャーなんかも、ダイゴ様とシニフィエが居るし、お前やユーシンもかなり動けるようになったから、三人のパーティでも、おそらく五匹くらいならば問題なく対処出来るぞ」と言い、
「それにな、二階層以降の魔物の放出魔素の調査もしたいんだ。ハクブン、お前のマジックバッグだったら、魔素も収納出来るんじゃないか?」と聞いてきた。
魔素をマジックバッグに収納する?
魔素って目に見えないし、オレには感じ取ることも出来ないから収納は無理なんじゃないかと思う。
でも、これまでも結構無茶な使い方が出来ていたし、もしかすると魔素も収納出来るかも知れない。
そうなれば吉岡君の話にあった帰還魔法のボトルネックになっているという魔素収集の可能性も見えてくる。
王子とユーシンを見ると、二人とも十階層行きに賛成なようで、目を輝かせてこくこくと頷いている。
そこで「やってみないと分かりませんけど、挑戦してみたいです」と答えた。
その後、サイエンさん達とケイトさんが話し合い、今日明日の二日で、ケイトさんが先導して十階層へ向かいつつ、ゴブリンの放出魔素が収納可能かオレが試してみることになった。
そして十階層に拠点を設置し、オレ達は九階層や八階層で探索、サイエンさん達はマッピングしながら十一階層や、可能ならばそれ以降の階層の探索を三日間行う。という大まかな計画が立てられた。
タバスさんの情報では、十階層までは最低二日掛かるとのことだったけれど、全員の荷物をオレのマジックバッグに仕舞って、ケイトさんがゴブリンを殲滅して行くのならば、二日で問題なさそうだ。
皆でテントをたたみ、オレはユーシンの片手剣と盾、そしてサイエンさんたちの荷物を預かってマジックバッグへと仕舞った。
サイエンさんたちのパーティーは一応武器は携行するとのことだったが、オウルさんは大盾をどうしようかと悩んでいた。
「今日はそんなに走らんぞ」
ケイトさんのそんな言葉を聞きつつ、オウルさんはうーむと考え込んでから、オレに「大盾も頼む」と言って渡してきたのだが、残念ながら大きすぎて入らなかった。
それから皆でダンジョンの入り口の列に並び、手早くサンドイッチの朝食を食べつつ、順番を待った。
そして今回は七日間くらいの予定となるので、その旨を受付の人に言ってからダンジョンへと入った。
ダンジョン一階層は他の冒険者も多く、通路の先まで明かりがある。王子に手元を照らすための小さな明かりを出して貰って、昨日写した迷宮地図と見比べると、皆、二階層へと下りる階段への道を進んでいるようだった。
そして嬉しいことに、ダンジョンの中は寒くない。
王子に「この中の方が温かくていいね」と言うと王子もにっこり笑って頷いていた。
二階層の階段までは先行している冒険者たちがゴブリンを倒してしまっているようで、ゴブリンとの遭遇はなかった。近くに他の冒険者も居て、同じようにただ歩いていくだけだ。
ケイトさんが焦れて走ろうとしていたが、「通路の後ろから冒険者の集団が走って近づいてきたら他の冒険者達がパニックになるから、それは止めてくださいね」とオウルさんに言われて、考えを改めたようだ。
ダンジョンを進むに連れて、次第に人の気配は減っていき、三階層では前後に明かりが見えなくなっけれど、相変わらずゴブリンの気配はない。そして四階層の下り階段のある場所で昼食を食べた。今日は肉饅頭とスープだ。
食事の後、少し休んでから皆で四階層への階段を降りた。
近くに冒険者は居ない。魔法の糸で迷宮内の索敵をしていたケイトさんが、脇道にゴブリンを見つけたと言うので、皆で後に続いた。
事前に相談していた放出魔素の収納実験は、一匹を残してケイトさんが殲滅後、オレのほうへと誘導、オレの近くまで来たゴブリンを横合いからユーシンが倒し、オレがゴブリンに対して魔素の収納を試みてみるという方法だ。
ケイトさんやサイエンさん達ならば、魔法の糸やロープで捕まえて来ることも可能ということだったけれど、ゴブリンとは言え、それはちょっと可哀相だと思い、王子とユーシンと相談して決めたのだ。
王子はもしもの時のバックアップとして、弓を構えて待機して貰う段取りである。
暫く歩いた所で「お前達はここで待機していてくれ」ケイトさんがそう言って、通路の先へと走って行き角を曲がった。
そして「棍棒ゴブリンが一匹行くぞー」との声が聞こえた。
オレが皆の前で待ち構えていると、棍棒を持ったゴブリンが一匹、オレに向かってきた。ここは木刀を構えたいところだがマジックバッグの上に左手を置いて、右手はゴブリンへと向けた。
そこへユーシンがゴブリンの左側からスラッシュで攻撃した。ユーシンの攻撃が決まったようで、ゴブリンが消えようとしている。
オレはゴブリンに右手を向けたまま「収納」と唱える。が、ゴブリンが消えてドロップアイテムである魔石が落ちた他は、特に何も起きなかった。
「失敗したみたいです」オレはゴブリンを追いかけて戻ってきたケイトさんに報告する。
ケイトさんはちょっと考え込んだ後、
「ゴブリンに触れるまで近づかなくてもいいが、もうちょっと近くで収納してみろ」と言ってきた。
確かにちょっとビビっていたので、ゴブリンと一メートルくらい離れた所からの収納になってしまった。それが原因かも知れない。
そこで「もう一度やってみます」と答えて、放出魔素の収納実験の第二回目となった。
先程と同じようにケイトさんが先行してゴブリンの群を発見、一匹残して殲滅したらしい。
「そっちに行ったぞー」とのケイトさんの声が聞こえた。
そしてオレも、マジックバッグの上に左手、右手はゴブリンへと向けて構えて待つ。ユーシンが駆けてくるゴブリンの左横からスラッシュで攻撃した。
さっきよりもオレに近い位置だ。すかさずオレはゴブリンに駆け寄り、ゴブリンが消える瞬間に「収納」のキーワードを唱えた。右手はゴブリンすぐ近く、十五センチくらいの距離だったと思う。
するとマジックバッグに霧のような何かが入った感じがした。
これって何だろうかとカバンに当てた左手で探るように考えているうちに、その何かはどんどん薄れていって、最後は消えてしまった感じがした。
その気体のようなものは、存在感があったから、ゴブリンの近くの空気ってことはないと思う。
魔素らしきものは、マジックバッグに吸収されてしまったのか、マジックバッグの外へと拡散してしまったのかは分からないけれど、入ったことは間違いないと思う。
そこで「マジックバッグに収納は出来たみたいなんですが、その後消えてしまいました」と、戻ってきたケイトさんに報告した。
ケイトさんが「じゃあ収納は出来るんだな?」と聞いてきたので、「多分ですが、出来るみたいです」と答える。
「となると、容器か、いや魔石で良いのか? しかしゴブリンの魔石ではなあ」とケイトさんが呟いている。
詳しく聞くと、マジックバッグに魔石を収納しておいて、魔素を収納する際にマジックバッグの中の魔石に魔素を収納するイメージで収納すれば、上手いこといくかも知れないが、ゴブリンの魔石では流石に力不足だろうとのことだ。
ケイトさんに「魔石に魔素を入れることなんて出来るんですか?」と聞くと「出来そうな気がしないか?」と逆にオレに聞いてきた。
そこでオレがベルさんを見ると「聞いたことないわね。魔道具に使う魔石は、中の魔素がなくなったら新しい魔石に交換するものよ。魔石への魔素の充填なんて話、私も知らないわ」との答えだる。
どうやらケイトさんは非常識なことを言っているようだ。
そこへ王子がランプのカードをオレに見せてきた。王宮脱出に使ったランプらしいので、マジックバッグから一つ取り出すと、ランプはまだ光っていた。
王子はオレからランプを受け取ると、ランプの底を捻って外して、中から魔石を取り出した。
にっこり笑ってオレに差し出してきた魔石は、ゴブリンの魔石よりも二回り以上大きくて、薄い青緑色の宝石のような魔石だ。
それを見てベルさんが「ワイバーンの魔石ね。こんな大きな魔石をランプに使ったら、百年くらいは点けっぱなしでも大丈夫そうね」と言って、目を輝かせている。
どうやら消えないランプは上位魔物の魔石を使った高級魔道具だったようだ。
ケイトさんが「ワイバーンの魔石ならば問題ないどころか、ちょっと不相応なくらいだな。まあ出来るかどうか試してみても損はあるまい」と言って、にやりと笑った。




