第三十話 二つ名
「骨がポッキリどころか、バキバキになるとこだったぜ」と、ぼやくギルド長の後についてギルドの二階のギルド長室へと戻り、ケイトさんに葉書サイズの見習い用の冒険者カードが渡された。名前も(大)のヤツだ。
でも名前が「ケイト」な割に、書いてある文字が二段になっていて、長いような気がする。
ギルド長から、見習いの間は見えるようにして、常に首から掛けておけ。他の冒険者の奴らにもお前のことを知って貰うためだ。と言われて、ケイトさんが「ぐぎぎ」とでも言いそうな顔をしているし、王子とユーシンはくすくすと笑いたそうだ。
ギルド長は「してやったり」とでも言うような、ちょっと楽しそうな顔をしている。
ユーシンと違って言葉の勉強を怠ってしまっていたから、ケイトさんの冒険者カードの秘密が、はっきり分からないのはオレだけのようだ。ちょっと悔しい。これについては後で二人に聞いて、これからは勉強も頑張ろうと思った。
ギルド長が、ケイトは見習いだから本来一カ月薬草採取なんだが、此奴一人じゃ危険だからな。
ケイトも三人と一緒ならばFランク依頼を受けて良いことにする。その代わりこいつらと一緒に一カ月間、一日置きで薬草採取をして貰う。
三人の薬草の買い取り金額は一・五倍の特別割り増し、薬草採取した日はギルドの職員食堂での夕食付きだが、ケイトは通常の買い取り価格、夕食もなしだ。と言った。
そこでケイトさんが、「どうして一日置きなんだ?」とギルド長に聞いた。
それに対してギルド長が面倒臭そうに、ダンジョン都市近郊に新たなダンジョン、低層階なら一度もレベルアップしていない冒険者でも探索が可能なダンジョンが出来ちまったせいで、最近は若い奴らまでみんなダンジョンだ。
新人までダンジョンに取られちまって、ギルドに新人が入ってこねえから薬草が不足している。間の悪いことにギルドの薬草採取の担当が、魔道具と一緒に一カ月不在なんだよ。と答えた。
そこで「魔道具? マジックバッグならハクブンが持っていると聞いているぞ」とケイトさんが言ってしまい、ギルド長に盛大にバレてしまった。
王子はあちゃーと言った顔、ユーシンもあーあとでも言いそうな顔だ。
ケイトさんはそれを見て、慌てて「どうして一日置きなんだ?」などとリピートして言っているが、ギルド長は誤魔化されてはくれなかった。
「おい、ハクブン、どういうことか説明をして貰おうか?」と、ギルド長が身を乗り出しつつ、ぎろりとオレを睨みながら問い質してきた。
ここはオレも、「どうして一日置きなんですか?」と言いたいところではあったが、諦めた。
ギルド長にオレがマジックバッグを持っていて、それを使って基本一人で薬草採取をしていることを正直に話した。
胡散臭げにオレを見たギルド長がため息をつき、手で顔をごしごしと擦ってから、さらに太いため息をついた。
そして、「ハクブン、マジックバッグにはどの位入るんだ?」と聞いてきた。
「牛が一頭分くらいです」と答えれば良かったと後で気がついたのだが、オレは「わかりません」と答えてしまった。
「分からないだと……」とギルド長が呆れたように言い、「取りあえず十束くらいの薬草は入るんだよな?」とオレに聞いてきたので「大丈夫です」と答えると、「確か今日は薬草採取の日だが、今日はいい。だが明日はオレもお前達の薬草採取に同行する」と言ってきた。
そして「ギルド前に朝七時、時間厳守だぞ」とギルド長に言われ、オレ達はギルドを後にした。
ケイトさんは、冒険者ギルドを出てすぐに、オレに対してではなく王子に謝っていたが、目を眇めた王子を見て、オレにも謝ってきた。その顔を見るに、一応反省はしているみたいだ。
しかしそんな、しおらしい態度も数分のことだった。
原因はオレの「冒険者カードになんて書いてあるんですか?」という、ちょっとあてつけ気味に聞いた本人への直接質問だ。
オレの質問に、ケイトさんがぐっと言葉を詰まらせたのに対して、横からユーシンが「キケン・ケイト」だよ。と大声で言ったので、思わず声を上げて笑ってしまったのだ。
予想した通りの答えだったが、それを第三者であるユーシンの嬉しそうな声で聞いたものだから、笑いが抑えられなかった。
オレはくくくと笑いながら、ケイトさんに、「早くも二つ名持ちですね」と言って、その自分の言葉にまた笑ってしまう。ちょっと苦しい。
「二つ名は、立派なのをもう持っとるわ」と言いながら、ケイトさんに頭を叩かれても、笑いの波が引いて行かない。
王子もまた苦しそうに身を捩り、声なく大笑いしている。
そして、「まったく最近の若いもんは……」とケイトさんが言うのだが、若いケイトさんが、さっきのギルド長と同じ台詞を、同じような調子で言うものだから、また笑ってしまった。
ユーシンも噴き出していた。
そんな訳で、ケイトさんがケーキが食べたいと言うので、オレが奢ることになってしまった。
多分王子とユーシンとの冒険者暮らしなら、絶対に入ることはないだろうと思われるお洒落な店に入り、ケイトさんが紅茶とセットになった本日のケーキセットなるものを四人分注文した。
王子とユーシンの分はケイトさんの奢りとのことだ。
ケイトさんに、お幾らなのかと聞くと、一人銀貨一枚(千円相当)とのことである。そんなに高くなくてほっとしたが、オレの支払いは二人分で二千円相当なので、それならばもっと大笑いしておけば良かったと思った。
ケーキは小さな食パンをスライスしたようなパウンドケーキが二枚で、中に干しぶどうが入っていて、しっとりとしていてお酒の匂いがした。そんなに甘くはなくて、想像以上に美味しかった。
ケーキを食べながらケイトさんの話を聞くと、木剣には本当に僅かながらもヒビが入っていたそうだ。そうした剣は、訓練での思わぬ怪我につながるから折ってしまったということだ。
ギルド長はそこそこ剣は遣えるが、あの程度だと、うちの騎士団に入団出来るギリギリ及第点ってことだな。デカいと邪魔だから、私だったら不合格にするな。とケイトさんが笑いながら言った。
第二騎士団は西の王国の実戦部隊で、現在魔王国との国境沿いに展開中とのことだ。
ちょっと暇が出来たので、王子に手紙や本などを運ぶメッセンジャーに立候補して、この国にやってきたそうだが、オレが「今ってまだ大変な時期なんじゃないですか?」と聞くと、目を泳がせていた。
そしてケイトさんのギフトだが、傀儡魔法と呼ばれるもので、魔法の糸のようなものを数十本束ねて体内に張り巡らせ、身体強化が出来るのだそうだ。
強化すると言っても、腕だけとか足だけといった部分強化ではなく、筋肉、骨、筋など全身を満遍なく強化しないと、自分の殴る力で自分を傷つけてしまうようなことにもなりかねないので、相当難しい技術らしい。
なので生来持っている能力、ギフトではあるが、すぐに使えるようにはならず、騎士である両親に幼いころから厳しく鍛えられたらしい。
そして教える相手の身体を操って、武術の指導も可能なので、指南役のようなことをしているとのことだ。
自分が習得している武術スキルならば、相手の身体を操って、その習得を大幅に早めることが可能になるらしい。
そして付いた二つ名が「傀儡のケイト」とのことである。
王子とは知己で、今回の手紙のやり取りの窓口の他、王子の短剣や片手剣の訓練なんかもしていたとのことだ。
但し、スキルの発動には発動のためのキーワードが必要なので、王子はスキルとして習得出来てはいないみたいだ。
「動きは完璧なんだよ。うちの騎士団の連中よりも洗練されている。しかしな……」と、とても残念そうに言っていた。
その後、お昼を定食屋で注文した時に、ケイトさんにオレ達三人の冒険用の共用財布のことを話した。食事代なんかもここから出しているということを話すと、それじゃあ私も、と言って、財布の管理をして貰っている王子に金貨十枚を差し出してきた。百万円相当だ。
王子はあっさり受け取っていた。
オレは、そんなには必要ないですよ。と言ったのだが、「大人と子供ではお金の感覚が違うんだ。これでも指南役だからな。遠慮なんかしないで遣ってくれ」とのことである。
太っ腹だと思ったが、妙な誤解をされると怖いので言わなかった。
午後はケイトさんの冒険用の装備の買い物に付き合った。向かった先は北地区にある高級デパートのような五階建ての大きなお店だ。
ケイトさんはカバンどころか水筒すら持っていないので、それらを購入し、薬草採取にベストなのは高級手袋という話をしたら、あっさり購入しようとしていたが、傀儡の強化魔法で必要ないんじゃないですか? と聞いたら、それもそうだと購入をやめていた。
それからケイトさんが、王子の新しい上着を買って王子に差し出していたが、王子は首を振って受け取りを断固拒否していた。
空色の、王子によく似合いそうなフードのついたパーカーのような上着だ。今来ている袖無しの上着よりも生地が厚くて上等そうだ。
オレのことを考えてのことなんだろうと、「ダイゴ、そろそろ朝晩が寒くなる日も増えたから、貰っておけば?」と言ったのだが、完全受け取り拒否だ。
結局上着はケイトさんが着ることになった。
その他、王子が指揮者が使うタクトのような、三十センチくらいの魔法発動用のタクトを購入していた。どうやら昨晩読んだ本で得た知識らしい。
おどけた仕草で嬉しそうにタクトをくるりと振って見せる王子を見て、オレ達三人笑顔になった。
そんな買い物がてら、王子の関係者ということで、ケイトさんにオレのマジックバッグと、それを使った薬草の採取方法のことも話した。
ケイトさんは、マジックバッグの容量が分からないなら丁度良いと、ティーポットや四つ分のカップ、ソーサー、ティースプーンなどのピクニック用のような、バスケットに入った野外用のお茶会セットを購入して、オレのバッグに収納しておけと言ってきた。
バスケットはぎりぎりで入ったけれど、収納するものの大きさに制約について説明をしていなかったので、ケイトさんに説明しておいた。
そしてお高めな食料品店に行き、金属の缶に入った紅茶のようなお茶っ葉とビスケットの詰め合わせも購入。これも収納となった。
最早荷物持ちである。
夕食は買い物に付き合ってくれたお礼とのことでケイトさんが驕ってくれた。とは言っても、いつもの定食屋の近くの食堂だ。
ケイトさんはこうした店のほうが好きらしい。
いつもの定食よりもお高め、銀貨一枚と大銅貨三枚(一千三百円相当)の定食はパン付きで、肉と魚のどちらかを選べた、オレは魚のほうを選んでみた。ケイトさんによると川魚のムニエルらしい。
その後、魚の半身をソテーしたものに黄色っぽいソースが掛かったものが出てきた。付け合わせは蒸かし芋とアスパラガスっぽい野菜だ。
やっぱり大銅貨八枚の定食よりも豪華な感じで、皮目がぱりっとしていて、脂の乗った身はジューシーで美味しい。同じく魚を頼んだ王子と顔を見合わせてにっこりした。
ユーシンとケイトさんは肉のほうを頼んでいたが、こっちはステーキだった。ちょっと小ぶりな赤身のヒレステーキみたいな感じだが、肉が結構厚くて食べ応えがありそうだった。
そんな食事をしつつ、この際だから明日のギルド長同行の薬草採取については、いつも通りでいこうと王子とユーシンに話し、ケイトさんとはオレ達の泊まっている宿の前で、六時半に待ち合わせの約束をした。




