第二十八話 ケイトさん
夕方の五時の鐘が鳴るのを聞きつつ冒険者ギルドの建物に入る。いつもよりもちょっと早い時間なので、まだ混んではいない。
ギルドの職員の人に、ダイゴにお客さんが来ていると解体場の人に言われたのですが、と話すと、ちょっとここで待っていて。と言われた。
そうしてギルドの人に案内されて、王子への手紙、本と一緒にやって来たのがケイトさんだった。
黒髪で小柄な若い女の人で、ハウスメイドとのことである。
確かにロングスカートの黒を基調とした黒白のメイド服っぽい服を着ていて、頭の上にはレースの飾りが乗っているのだが、似合っていないというのか着慣れていないような感じがする。立ち姿がどこか凛としていて隙が無く、武術の構えのようなのだ。
引っ詰めた髪のせいで目付きも鋭くて、通りすがりの体格の良いベテラン冒険者たちに、値踏みするような鋭い視線を送っている。
よく見ると靴が、オレ達のものよりも頑丈そうなブーツだ。つま先の所に金属のプレートが付いている。どう見てもメイドさん用の靴ではない。
そんな彼女が王子に対して、左足を斜め後ろに引き、両手でスカートの裾を軽く持ち上げる、カーテシーのような仕草をするのだが、これで良いのかどうか、自分でも分からないみたいに首を傾げているし、その笑顔にも戸惑いがある。
見様見真似でやってみました。という感じだ。
王子を見ると、どうやら知り合いのようで楽しそうに微笑んでいる。
そしてケイトさんが王子に恭しく手紙と本を渡してから真顔になってオレを見て、「お前がハクブンだな。今日までご苦労だった。あとはこのケイト様に任せてお前は帰れ」と言ってきた。
ん? 帰れって西の王国のことなのか? と考えていると、笑顔が消えた王子がすかさず間に割って入った。そしてケイトさんを指さしてから、その指をびしっとギルドの出口へと向けた。
多分「お前こそ帰れ」だろう。
それを見てケイトさんが「な、ダイゴ様、なぜケイトが帰るんですか?」と問い質しているが、王子はぷいと横を向き、オレとユーシンを誘って、ギルドの建物を出て行く。
ギルドを出て、通りをスタスタと歩いて行く王子に、オレが「ダイゴ、あれで良かったの?」と聞くと、王子はまだちょっと怒っているようで、ぷんとした顔で頷いている。
そして後ろを振り返るので釣られて見ると、ケイトさんが十メートルくらい後ろに居て、こっちを窺うように見ていた。
王子がオレに向き直り、左手をフォークを上から持つように握り、その手で何かを刺して口に持っていくような仕草をする。
「あんなのは放っておいて、早く食事しよう」ということのようだ。
確かに初対面のオレに対して、ちょっと失礼な対応だったけれど、手紙や本をわざわざ届けに来てくれたのに、これで良いのか不安になる。
いつも食事をしている食堂に着いて、大銅貨八枚(八百円相当)の定食を注文し、食事を待っていると、ケイトさんが食堂に入ってきた。入り口でこっちを窺うようにまた見ているが、王子は知らんぷりだ。
多分、王子はオレのために怒ってくれたのだろうから、「ダイゴ、オレは怒っていないし、何か理由があるんだと思う。ちょっと話を聞いてあげようよ」と言い、王子が渋々とではあるが頷いてくれたので、立ち上がってケイトさんを手招きしてテーブルへと呼んだ。
立っていたオレの傍らまで来ると、ケイトさんは畏まった態度で、「ダイゴ様、食事をご一緒してもよろしいでしょうか?」と、王子に聞いている。
王子は横柄に頷き、アゴで対面のオレの隣の椅子を指し示した。ちょっと口が尖っているのが、王子らしくて微笑ましい。
それからケイトさんが「先程は色々と失礼致しました」とオレに謝り、それでやっと王子の機嫌が直ったようだ。
そこに丁度食事が運ばれてきたので、王子がオレ達の食事を強く指さしてから、びしっとケイトさんを指さす。
あれだ、「お前が払え」だ。
ケイトさんも分かったようで、すぐに財布を取り出すと、オレ達三人の食事の料金を店の人に払い、「これと同じものを下さい」と自分の分も注文していた。
そこでやっと王子が満足げに、にんまりと笑った。
それを見たケイトさんもほっとしたようだ。
今度はユーシンを見て、「君はユーシン君だよね。私はケイトだ。よろしく頼む」と挨拶をする。
早速フォークで肉を口に運ぼうとしていたユーシンは、あわあわして手に持っていたフォークを皿に置いて立ち上がり、「はい、よろしくおねがいします」と返事をしている。
ケイトさんがオレに対して怒っていた理由だが、王子の上着とオレの上着の袖がないことが原因らしい。王子は手紙にオレとユーシンのことを書いていたようで、どうして袖のない、みすぼらしい上着などを着せているのか? ということだった。
確かにそうだ。周りの目なんて気にする余裕はなかったけれど、オレと王子の格好は誉められるようなものではない。
オレはケイトさんに謝ってから、どうしてそうなったのかの理由を話した。ケイトさんも王子が何度も頷くのを見て、一応納得はしてくれたようだ。
そしてケイトさんが、「先に食べていて下さい」というので、オレ達はお言葉に甘えて食事を始めた。
食事を食べながら聞いたケイトさんの話によると、冒険者をしている王子の護衛役としてこの国に来たらしい。手紙などはついでだ。とのことだ。
ユーシンも薄々は、王子が平民ではないことに気がついていたようで、王子が西の王国の貴族の子供だとでも思っているのか、ふんふんと頷いている。
それからケイトさんが「なのでケイトも冒険者になります」と言ったのだが、それを聞いたユーシンが、「冒険者にはなれないよ。まずは見習いからだよ」と言うのを、きょとんとして見ている。
そこでオレが冒険者ギルドの登録料とか初心者講習が必要で、まずは冒険者見習いになっての薬草採取、そこから一カ月経たないと正式な冒険者、冒険者ランクがオレ達と同じFランクにはなれないことを説明した。
ケイトさんはなんだか面倒くさそうな顔をして考えていたが、「そういうことなら仕方ないのか……」と呟いていた。
食事が終わったところで、王子に促されてケイトさんが時計をオレに渡してきた。
時計は懐中時計だった。
蓋をぱちんと開けると、元の世界と同じく長針と短針があって、文字盤が十二個の印がある。
ケイトさんの説明によると昔、勇者一行のなかの賢者が作ったもののコピー品とのことだ。長い方の針が分針、短い方の針が時針、時針が一周で半日と元の世界と同じものだった。秒針がないのが残念だけど有り難く借り受ける。
「貴重なものだ。お前が持つには分不相応に思えるが、ダイゴ様からのご指示だからな……」と、渋々と言った感じだ。
オレは王子に笑顔でお礼をすると、王子も笑顔で、満足げに頷いていた。
その後、ケイトさんが「ハクブンはどんなギフトがあるんだ?」と聞いてきた。
ギフト? 贈り物? こっちの世界では始めて聞く言葉だ。
でも、「自分の才能としてのギフト」の話なら、元の世界で聞いたことがある。
高校のクラスメイトで帰国子女の月岡君が、アメリカでは小さい頃からとても頭が良かったり、音楽や絵画などの特別の才能を持った子供は「ギフトを贈られた子供」の意味となる「ギフテッド」と呼ばれて、幼い頃から親にそう教えられるって話をしてくれたことがあったのだ。
単に大人の真似が上手なだけの優秀な子供ではなく、特別な才能を持った子供というのは、考え方も特別になり勝ちだ。
見た目は同じに見える車でも、実はエンジンがレース用のエンジンだったりと違うんだから、人の考えを自分に置き換えることが苦手で、周囲には変わり者だと思われてしまうことが多い。
ギフトは突出した能力ではあっても、万能の能力ではないのだ。
エンジンだけがレース用の特別製であっても、ギアやタイヤなどが普通の車と同じだと、アクセルをちょっと踏んだだけのはずが、暴走してしまうことだってあり得るし、エンストだってするかも知れない。
もしかすると、その特別なエンジンのためにスペースが多く必要で、改造したマッスルカーのようにスーパーチャージャーがボンネットの上に飛び出してしまっていて、前が良く見えないなんてことすらあり得るのだ。
そうなると普通に走ることすら難しくなる。
お互い同じ車のはずなのに、仲良く並んで真っ直ぐに走ることすら難しい、それは両者にとってストレスでしかないだろう。
良かれと思ってしたことが、相手に取ってみれば理解出来ない何かで、時には悪感情を生み出してしまうことすらあるのだ。
しかしそのエンジンは神さまからの贈り物、その特別な才能で、自分たちの社会をより良くしていく力を持った恩寵なのだ。
同じでないことは決して悪いことではなくて、逆に良いことなのだ。
だからギフテッドの子供を持つ親は、その子供に対して「その力、才能は神さまに与えて貰ったものなんだから、世の中のために、みんなのために使いなさい」と小さい頃から教える。そしてその力があるせいで、自分たち親や兄弟、他の人とのコミュニケーションが難しいということ、人と分かり合うためには、他の人よりも努力しなければならないことも教える。
ギフテッドの子供の親ではない人たちも、そうした特別な才能を持つ子供への配慮を、自分たちの子供に、しっかりと教え込む。
彼の小学校時代のクラスメイトの一人が、そんなギフテッドの子供で、やっぱりちょっと変わっていて、普通は気にしないようなことにも、強い拘りがあって、その行動に戸惑うこともあったけれど、話を聞くと彼なりの理由が必ずあった。
もちろんその理由は、納得の行くものであることもあれば、そこまで考える必要があるのか? というものもあったのだけれど、そう話せば理解してくれた。
だから決してクラスから弾き出されるようなことはなかった。
当の本人も自分がみんなとは違うことをはっきりと意識していたけれど、それはどちらかと言えば、自分の考え方や行動を戒めるための認識で、神さまに貰った力はそもそも自分のものじゃないと考えていて、友達への思いやりに溢れた優しい子だったと、懐かしそうに話していた。
そう言えば、洋式トイレで大をする時に、予めトイレットペーパーを一枚落としておくと良い。なんてことも教えてくれたっけな。と思い出してちょっとにやりとし、彼がこっちの世界で今どうしているのかと考えた。
王子へと渡された手紙で、そのあたりが分かると良いな。と思う。
ケイトさんにギフトについて聞くと、やはり同じようなもので、訓練などをして習得するものがスキル。先天的に持っている強力なスキルがギフトだという話だ。
ギルド長が言っていた、お伽噺の勇者が持っていたとされる常人離れした凄いスキルや隠れた才能だ。
しかしオレにはギフトがあるかどうか分からないので「分からないです」と答えると、「ふふん、私はな」と両手の指をわしゃわしゃして、「まあいいか、いずれ分かるか」などと言っていた。
つまり強力なスキル、ギフト持ちなんだろうと思う。
ケイトさんは宿を取っているということだったので、定食屋で別れた。その別れ際にケイトさんの冒険者登録に付き合う為、明日朝八時に冒険者ギルドで落ち合う約束をした。
宿へと帰り早速王子が手紙を読んでいたが、今日の狩りで疲れていたオレは王子に断りを入れて、先に寝てしまった。




