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第十話 水汲み競争

 三人で避難所へ帰ると、おばちゃんたちが、夕食の炊き出しの準備を始めたところだった。

 昨日と同じ天幕の端に荷物を置いた後、三人で炊き出し処へと戻り、おばちゃんに炊き出しの手伝いを申し出た。


「おやまあ、かわいい子が増えたねえ」とおばちゃんに言われて、少し照れる。


 それから朝と同じように水汲みずくみを依頼され、おばちゃんに桶を借りた。

 王子は指で二を示して、なぜか二つ借り、ユーシンも対抗したのか二つ。この中で一番小柄な王子が二つか……


 今朝の水汲みのことを考えると、桶一つでも水を入れれば結構な重さで、それが二つともなると、王子どころか身体の大きなユーシンでも厳しそうなんだけど、大丈夫なのか? とちょっと心配になる。


 井戸に移動し、ユーシンが大張り切りで、井戸の釣瓶つるべを引き上げて、みんなの桶に水を入れてゆく。


 オレは朝と同じく八分目くらいで止めて貰った。

 王子は、ユーシンに一つの桶を満杯にして貰った後、もう一つの桶にも水を入れようとしたユーシンの手に触って、首を振った。


 ユーシンが「え? こっちの桶には水を入れなくていいの?」と不思議そうに聞くと、こくこくと頷いた。


 ユーシンは納得が出来ないような顔をしつつ、自分の桶へとその水を入れて、自分の残りの桶のために、井戸に釣瓶を落とす。


 王子を見ると、桶の水を空のほうの桶に移し替えていた。

 それから手で持ってみて、重さが同じくらいになったかの確認している。

 どうやら桶に半分の水を入れて運ぶようだ。


 ユーシンは自分のぶんの二つの桶に、なみなみと水を入れた。ユーシン…… こぼれることが前提なのか?

 ユーシンが、「終わったよ。さあ行こうよ」と声を上げ、皆で炊き出し処へと歩き始めた。


 しかし、面白くなってきた。

 多分、この運搬競争は王子が優勝、ユーシンがそれでも二番、ビリがオレになるんだろう。


 朝の水汲みでも思ったのだけれど、水を入れた桶一つというのは扱いが厄介やっかいだ。おばちゃんの子供と一緒だったから、彼がペースメーカーになって、ゆっくりと運べたけれど、それでも何かの拍子で、桶の重さにバランスを崩しそうになった。


 歩くという動作がある以上、片手でひとつずつ、二つの桶を持つほうがバランスが取れる。余計な桶一つぶんの重さを加味しても、圧倒的に運びやすいはずだ。


 水半分なら多少揺れても、こぼれることもないだろうから、きっと王子は、一滴の水もこぼすこともなく運びきるはずだ。そして運んだ水の量もオレより多くなる。


 そして、問題は力業で考えなしのユーシンだ。オレよりも運ぶのは早いのだろうが、運ぶ水の量は運次第だろう。


 やはりと言うのか、歩き出した途端、当然のように水が溢れて「ありゃー」とか言ってる。

 溢すと溢さないように力む。力むと疲れてまた溢す。という悪循環を繰返している。それでも、オレよりも体力があるのか先行していて、王子はさらにその先だ。


 オレもそれなりに苦労しつつ、身体を少し弓なりにしたり、両手で持ったり片手にしたりしながら、朝と同じくらいのペースで桶をゆっくりと運ぶ。


 朝と夜では炊き出し処の事情が違うかも知れないので、断定は出来ないけれど、必要な水の量が同じなら、もう一度水汲みをする必要がありそうだ。


 もう一回となったら、チャレンジャーはきっとユーシンだろう。もう十分とおばさんに言われても挑戦しそうな気がするが……



 広場が見えてきたところで、ユーシンが両手に桶を持って、走ってこっちへやって来るのが見えた。にんまりと笑顔で楽しそうだ。


 今度は王子方式なんだろう。「半分、半分」と歌うように言いながら、こっちを見て両手の桶を掲げて見せる。うーん、元気だなあ。


 炊き出し処に着くと、「水はもう十分。あの子にも大丈夫そうだって言ったんだけどねえー」とおばさんは嬉しそうなあきれ顔。王子も緩く笑っている。



 王子と二人、炊き出し処でユーシンを待っていると、しばらくして笑顔のままのユーシンが戻ってきた。


 桶はと見ると、水は桶にキッチリ半分だ。そして「ダイゴすごい。ダイゴすごい」と大絶賛だ。


 確かに凄いと思う。王宮での暮らしのなかで、王子の朝の日課が水汲みなんてことは絶対ないだろうし、下働きのお手伝いさんなどの、裏方の仕事を見る機会も、おそらくはなかったはずだ。


 朝方、オレが桶で水を運んでいるのを見ただけで、それを自分に置き換えて、より効率の良い方法を考え、実践してみせたのだから、慧眼けいがんがあると言って良いんだろう。


 桶の水の量だって驚きだ。オレは運んでも溢れそうにない量を、運ぶ前提にしていたけど、王子は自分が問題なく運べる水の量を、運ぶ前提にしていたのだ。


 そしてユーシン、お前も凄いよ。王子方式を見てその優秀さを素直に受け入れて賞賛し、即座に実行してみせる。これだって凄い才能だよ。



「みんな、ありがとうね。おばちゃんたちも頑張るから、夕食楽しみにしていてね」とおばちゃんたちに笑顔で言われた。


 王子とユーシンと連れ立って、昨日と同じ天幕の端に移動して毛布を広げて座る。この天幕に避難してきた人はちょっと減ったようだ。

 王子は早速服を着替えて、上着のポケットに手を入れたり出したりして、嬉しそうに微笑んでいる。

 ユーシンは今日買った革水筒に、早速水を入れに井戸へと走ってゆく。


 ねぐらも食事もある。そんな状態もあと九日の期限付きだ。出来れば一週間くらいを目途に生活を成り立たせたいところだ。


 冒険者か……


 駆け出しは大変そうだけれど、


 この二人と一緒なら、何とかなりそうな気がする。



 時間がなくて行けなかったけれど、明日はみんなで冒険者ギルドに行き、冒険者になるための情報を仕入れ、ユーシンの叔父さんの消息を確認しようと話し合った。


 今日のスープは赤。トマトスープのような味で、クルっとひねってあるパスタのようなものが入っていた。今日も美味しい。

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