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不浄の手引き



 現在、三中知努と一悶着を起こしてから数日後、彼は偶然近所で再会した貫介に、ある計画の参加を誘われる。洋菓子専門店の展示品を盗み、それを以前同様、燃やすようだ。


 動物虐待を楽しむ異常者の汚名を着せられた宅井が、その誘いへ乗る。三中知努の、大事なぬいぐるみや模型を燃やせば、雪辱を雪げた。私室へ忍び込むより方法も単純だ。


 2人は客の少ない平日の夕方を狙い、洋菓子専門店の前に到着して、自転車を停める。他の自転車が見当たらなかった。ポリエチレン袋を持ち、店内へ入る。


 従業員の姿は無く、静寂に包まれていた。中学生らしき背丈の客だけ売り場の中央で展示品を眺める。長い髪を腰へ垂らし、経帷子(きょうかたびら)を纏っていた。背中しか見えず、性別が判別出来ない。


 あの女性従業員から入店禁止勧告を受けそうな不審者だった。霊感を持ち合わせない彼らは、不気味な客の後頭部を叩く。ライターを携帯している事で調子付いていた。


 2人がそれぞれ白い布に包んだ物体と、オランウータンのぬいぐるみを袋へ入れる。客は微動だにせず、彼らの行為を黙認した。宅井が模型の後部を掴んで持ち上げようとする。


 その時、客の顔は彼の方へ向いた。前髪も異様に長く、薄い唇以外の部位が存在していない。口元は薄気味悪く笑っていた。そして、手の甲同士を叩き、逆拍手する。


 「アカン! これ、ホンマの霊や!」


 宅井が咄嗟に模型を離して、店外へ飛び出す。貫介も異質な顔を見てしまったのか、騒ぎながら逃げる。2人はガラス張りの扉越しに覗き込み、中の様子を確認した。


 客の姿が見えなくなっている。先程まで不在だった女性従業員は作業場の奥からやって来て、冷蔵ショーケースへ商品の補充を行う。まだぬいぐるみの失踪に気付いていない。


 彼らが見間違いの共通認識を確かめ合う。すると、いないはずの客は突然、扉の内側で出現する。唇しか無い顔が先程と変わらない表情だった。洋菓子専門店は除霊が必要な状況となっている。


 2人は自転車へ乗り、盗んだ物品を焼く場所に向かう。不幸を纏っているような霊が店内で留まっていた。盗難品を元の場所へ戻さなければ、因縁は断ち切れず、いずれ彼らを探すだろう。


 近くのベンチしか設置されていない更地に入り、宅井が袋の中から数膳の割り箸を輪ゴムで縛って製作した十字形の柱を出す。それを地面へ突き刺し、ぬいぐるみを磔にした。


 2人が物品へライターオイルを浴びせ、着火する。火刑に処された罪人のようなぬいぐるみは、火柱を立てて燃え盛り、体毛や衣類を焦がす。オランウータンの面影が一瞬で無くなる。


 三中知努へ相当な屈辱を与えられたと確信し、宅井は両手を叩いて嘲る。2度と惨めな思いを持ちながら登校しなくて済む。数年ぶりに清々しい気分を抱く。


 しかし、背後から拍手と似た何かの音が聞こえ、身体を震わす。その正体を予想し、振り向かなかった。白い布は焼失し、中の球体を露出させる。赤い文字で『イヨメユヲ』と書かれていた。


 「俺ら、呪われるような物を燃やしてしまったんじゃね?」


 貫介の憶測を否定する事が今の宅井は出来ない。後ろの音が止み、2人は向き直った。不吉な笑みの霊が片手を左右へ振り、どこかに行ってしまう。両脚も存在しておらず、浮遊していた。


 10分後、ようやく物品を燃やす火は消える。残骸を放置し、会話の余裕すら無い彼らが更地を離れた。自転車を漕いでいる最中、宅井は耳元で強風の音を何度も聞く。



 午後6時過ぎ、夕食の支度を兄へ命じた薄情な女子中学生、三中知羽が鶴飛染子と従姉のユーディットと共に、洋菓子専門店を訪れる。売り場中央の机で、オランウータンのぬいぐるみ、アパアパは黒い2ドアSUV模型の運転席へ座っていた。


 木銃と、布に包んだ3本の象牙らしき小物を後部座席に載せており、密輸業者のようだ。アパアパが、休暇日の自衛隊員を彷彿とさせる服装をしていた。


 緑色のTシャツ左胸へ刻んだ月柱樹冠と、ダイヤモンドの印は特殊技能課程(レンジャー)教育を修了させた者の象徴だ。結婚適齢期を逃した、中年男性の私服を基にしている。


 右手の焼き菓子売り場のカゴは、隙間を目立たせていた。店長の目論見通り、自動車好きの小学生が多く来店し、売り上げを伸ばす。


 彼女達は展示物を撮影し、冷蔵ショーケースの方へ向かう。ショコラケーキとモンブランの在庫は僅かだった。アパアパ目当ての女子客が購入しているのかもしれない。


 「巡とアレもいるから、喧嘩しないでくれよ。特に染子」


 作業場で立っていた従業員、白木夏鈴は喫茶スペースを指差しながら忠告する。生返事し、染子が1ピースのチーズケーキを注文した。残りの2人もショコラケーキやモンブランを頼む。


 持ち帰り用の箱を受け取り、知羽は喫茶スペースに視線を移す。白いセーターを着た萩宮巡の対面で、緑色の長袖ワンピースの少女が座っている。彼女はチョコトリュフケーキを食べていた。


 正体の興味を抱く染子とユーディットが少女の背後に近付いて、声を掛ける。三つ編みの彼女は返事せず、プラスチック製フォークでケーキを切り崩す。巡が少女の人間嫌いの性分を説明した。


 しかし、ユーディットが気難しい彼女の隣へ座り、微笑みを見せながら対話を試みる。正面の巡はその笑みを妬んだ。


 「私はユーディット・ミナカよ。貴女のお名前は?」


 「蓮代って名付けられたわ」


 聞き覚えのある知羽が、彼女達の元に行きながら少女の姓名を尋ねた。蓮代は口止めされている事情を話す。染子が受動的な相槌を打ち、チョコトリュフを盗み食いする。


 被害者の少女は左袖を捲り、手首の装飾品を見せた。白い糸を結ぶ、(えにし)の紐だ。その意味を知る意地悪な女子高校生が、糸を引き千切ろうとした。


 夏鈴は新しいチョコトリュフケーキを運んで、染子の頭を叩く。ユーディットと巡は意地悪な女子高校生へ謝罪を要求した。反省の色を見せない染子が、少女の三つ編みを持って隣の女子を攻撃する。


 「蓮代を虐めるのは止めて下さいまし。兄様が知ったら悲しみます」


 彼女は注意され、三つ編みを手離す。食べる動作を再開した蓮代の肩にユーディットが頭を置く。共依存している従弟から少女の名前だけ訊き出したようだ。


 人畜無害と判断したのか、蓮代は嫌がる素振りを見せない。彼女の無事に安堵し、知羽が頭を撫でる。染子だけ蓮代を『グリーンワンピース』の名で呼び、不貞腐れた。


 ケーキを平らげ、少女は知羽に彼女の兄の所在を訊く。妹の命令を聞いていれば、台所で夕食の準備を行っていた。知羽はそれを教え、兄の知努へLIFEのメッセージを送る。


 『ハヤシライスを作っている最中。オカンウータンより早く帰って来いよ』

 

 門限の午後5時30分を過ぎており、兄の忠告を無碍に出来ない。先日、オカンウータンが玄関の扉を施錠したせいで締め出され、祇園家へ避難する事となった。


 知羽は同行者に退店を促す。その直後、服装を黒で統一した2人の女子が入店する。着丈の短い上着の女子は蓮代を呼んだ。睫毛の長い瞳が臆病な猫と似ていた。


 「ビリの子があの後部座席に座らないといけないよ?」


 隣のジャージ姿の女子は、女児の意欲を出させようとする。ユーディットのような垂れた目尻の特徴を持つ。黄金髪の女子が頭を起こし、怪しい2人組へ疑惑の視線を向ける。


 「私はムヘル・ハポネーサー、横の彼女が御嬢(おじょう)です」


 名前だけ明かして、彼女達は店の外に出た。蓮代が染子へ盗み食いの苦情を伝え、2人の後を付いて行く。謎の組織から狙われる少女は、良い待遇を受けていたようだ。


 蓮代を非力な女児と見ていたユーディットが、心配する。そして、様子見を知羽や染子へ提案した。蓮代の身に何かあれば、知努は悲しむ。2人が文句を漏らしながらも頷く。


 怪しい女子達の車種を把握する為、3人は後を追う。店外へ出た矢先、堅剛な車体の赤い2ドアSUVは、圧縮着火(ディーゼル)内燃機関(エンジン)音を響かせながら発進する。


 乗り心地より悪路走破性を重視した車体は、染子の嗜好と合わない。大きな内燃機関音や、少ない扉の数をこき下ろす。洋菓子専門店の主の耳に入れば間違い無く反感を買う。


 ユーディットが車を見送りながら少女の無事を祈った。店内へ戻る理由の無い彼女達は挨拶を交わし、帰路に就く。門限破りをしている知羽が全力で自転車を漕いだ。

 


 蓮代が食べたケーキの代金は、保護者の知努へ請求されます。

 

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