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油を売る



 早朝の広い浜辺で黒い2ドアのSUVが水飛沫を作りながら走行していた。前部霧灯(フォグランプ)や猪狩り緩和(グリルガード)装置、装飾の背面補助車輪(スペアタイヤ)などを装備する。


 窓拭き器(ワイパー)を稼働させなければならない程、前面窓ガラスは濡れていた。緑色のジャンパーを着る色白の少年が運転操作を担う。黒いサングラスも掛けていた。


 彼を膝に座らせている、草色のジャンパーを着た男は車の速度を管理する。黒と灰色のニット帽を被り、笑みを浮かべていた。精悍な顔立ちだが、やや痩せ気味の頬だ。


 その男は少年の両手を軽く握り、車を旋回させる。運転席と助手席の窓ガラスを全て開けており、冷たい潮風が肌へ当たった。少年は寒さで体を震わせる。


 「我は木偶なり、使われて踊るなり」


 「オルゴール知っている小学生はなかなかいないぞ」


 波打ち際に近付き、大きな水飛沫を作った。遊園地の乗り物を彷彿とさせる刺激に、少年が感嘆の声を出す。2人の肩や頭にも水飛沫は掛かる。


 クラゲがまだ少ない、盆前の賑やかな時期と違う良さを持つ。曇り空の静かな浜辺は存分に独占出来る。地面へ(わだち)の円を描いたり、浜辺を車で走行したりしても咎められない。


 波打ち際を往復し、水飛沫を発生させたせいで、すっかり車体前部が海水で濡れてしまう。それを気にせず、2人は貴重な浜辺の運転体験を満喫した。



 それが互いの忘れ難き過去の記憶となる程、年月を経た5月中旬の土曜日、洋菓子専門店、『クレール・ド・リュンヌ』へ1人の男子は来店する。左手に、黒い手提げカバンを持っていた。


 細く、吊った目付き、恰幅の良い体格だが、背丈は若干低めだ。直毛短髪の彼が黒いダウンジャケットを着ていた。騒がしい店内と不釣り合いな客だ。


 冷蔵ショーケース前に設置された、4つ脚の円型机の周りへ男子小学生達は集まっている。恰幅の良い男子が、その内容を見に行く。変わった展示を行っているようだ。


 屋根の無い黒の2ドアSUV模型に、オランウータンのぬいぐるみを乗せていた。ぬいぐるみは緑色のTシャツを着せられており、左胸へ月柱樹冠とダイヤモンドの模様を施す。


 模型の後部座席で木銃の小物と白い布に包まれた何かを載せている。冷蔵ショーケースを隔てた作業場から柔らかな髪質の短髪女性従業員が目を光らす。迂闊な真似は出来ない状況だった。


 過酷な環境向けの装備を搭載している車の模型に、男子小学生達が様々な感想を出す。数人はスポーツカーや別の国産SUVと比較し貶していたが、概ね好評だ。


 模型の興味が薄い恰幅の良い男子は、子供騙しだと鼻で笑う。そして、冷蔵ショーケースに近付き、ショートケーキとチーズケーキを1ピースずつ注文する。初対面にも拘らず、女性従業員が彼の購入目的を言い当てた。


 「何で妹に頼まれたって知ってんねん! 怖いやろ」


 「君が妹にパシられている話を昨日、聞いたからね」

 

 この土地へ戻って間も無い男子高校生、宅井修太(たくいしゅうた)の詳しい個人情報を把握している人間は少ない。その相手に気付いた彼が、舌打ちしながら手提げカバンから財布を出す。


 代金を支払い、女性従業員に取っ手付きの包装箱を渡される。長身の彼女は不機嫌な心情を隠そうともせず、威圧的な面持ちだ。騒がしい小学生達に辟易していた。


 商品を受け取り、宅井がふと喫茶スペースへ視線を向ける。女子高校生らしき客に混じり、黒の詰襟服姿の人物は、対面席の白いブレザー制服姿の恋人らしき人物と談話していた。


 「昨日、夢でバレーのレッスン中に、コーチスからいきなりキスされたんです。思わず唇を噛んでやったのですけど、思い出すだけでムラムラします」


 「I'm so so so(ホンマ) Black(黒人の) Sman(スマンやで)。」

 

 仲睦まじい会話内容に反し、2人が物憂い気な表情だ。何かの記念日なのか、ホールケーキを食べていた。宅井は遊び甲斐のある玩具と見定め、彼らの一時を妨害しに行く。


 彼が声を掛けると、詰襟服姿の人物から厚かましく芝居掛かった挨拶をされる。首へ包帯を巻いていた彼女は胸元に程良い膨らみを持つ。


 「久しぶりやんけ! 中学で同じお〇んこチャンバラ部だった俺やんけ! しばらく見んうちに、コレステロール値が上がっとるやんけ!」


 左目尻下の黒子や大きな瞳も特徴的だった。狂人同然の対応をされ、宅井が言葉を詰まらせる。眼前の女子と意思疎通は到底出来ない。


 対面席の女装している男子が、紙コップに入った温かい紅茶を飲む。中性的な顔立ちで性別を判別し辛くさせていた。紙コップを置き、宅井の方へ顔を向ける。


 「そういえばこの前、グパヤマに会ったぞ。シポムニギでな。君によろしくと言っていた」


 彼も対話を拒絶していた。詰襟服の女子に要求され、彼女の口へケーキの一部を運ぶ。邪険にされた宅井は女装している男子の隣へ座った。彼らの気分を害そうとしている。


 詰襟服の女子が、彼の顔をオランウータンのぬいぐるみより粗悪と侮辱した。すぐ白いブレザー制服の男子はオランウータンのぬいぐるみ、アパアパの不当な扱いに抗議する。


 「お前ら、俺に喧嘩売っとるんか?」


 「油売っている奴が何を言っているのだか。早く帰らないと、可愛い妹のミリとノノにボコられるぞ」


 宅井と2年程交流があった男子、三中知努は彼への冷めている態度を隠さない。便乗し、詰襟服の女子が、宅井姉妹の体重を訊く。三中知努は標準体型の情報だけを教えた。


 宅井が机を叩いて、詰襟服の女子を恫喝する。一瞬で周りの客達の視線を集めてしまう。その直後、1人の男子小学生は忍び寄り、猿の鳴き声を真似ながら彼の後頭部を叩く。宅井が振り向いたと同時に取っ手付きの箱を奪い、出入口へ逃走する。


 客の応対をしていた女性従業員は、盗難被害に気付いていない。他の小学生達も追わず、傍観していた。窃盗男子小学生の姿が見えなくなり、また展示へ視線を戻す。


 「泣くなって、笑えって」


 詰襟服の女子が微笑して煽った。彼女の失言に、三中知努は慌てて制止する。宅井が良く使っていた煽り文句だ。詰襟服の女子は、2人の関わりを知っていた。


 「お前が俺をどう思っているか知らないけど、一緒に遊んだ時期は間違い無くあった。それを少し話しただけだ」


 三中知努が弁解し、紅茶の残りを飲んだ。詰襟服の女子は鋭い視線を宅井に浴びせながら、左の親指を立て、何度も出入口の方へ振る。だが、意に介さず彼はケーキの弁償を請求し始めた。


 「そうか、そうか、つまり君はそんな奴なんだな」


 三中知努が席を立ち、冷蔵ショーケースの前へ行く。彼を『ダーリン』と呼び、詰襟服の女子は紅茶の追加注文を強請る。宅井が2人の関係を訊くも、黙秘権を行使された。


 三中知努は商品の包装箱と紅茶の紙コップを机へ置く。宅井が箱を持ち、居座った。今度はホールケーキの半分を要求する。2人への嫌がらせに固執した。


 震えながら詰襟服の女子は彼を指差し、幽霊のような扱いをする。三中知努が中身の無い紙コップを取り、無言で宅井の頭や包装箱を叩く。


 理不尽な暴力を受けていた彼は急いで出入口へ向かう。三中知努が一部にしか伝わらない映画の台詞を引用した。


 「Run!(走れ!) Forrest!(フォレスト・ガンプ!) Run!」


 店を出て、宅井は近くに駐車している誰かの自転車を蹴り倒す。詰襟服の女子と三中知努の組み合わせが凶悪だった。


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