ブラザーズララバイ
現代ファンタジー要素が強く、流血も多い内容となっています。
知羽が意識を取り戻して、すぐ兄の凄惨な姿に気付く。涙を零しながら駆け寄って、彼を仰向けにする。知努は掠れた声で蜜三郎の件が解決している事を伝えた。
「隙を見計らって、逃げろ。これ以上関わると、死ぬぞ」
彼の警告は決して誇張していない。前方の女性が小銃を構えて、戦闘に備える。まだ三中兄妹は非現実的な空間に閉じ込められていた。
銃口が向けられている存在は1人の少女だ。黒い髪が腰まで伸び、背丈は小学校低学年程度しか無い。体勢を横へ変えた知努が驚愕し、ある名前を出す。
彼女の着用している白い長袖Tシャツに、オランウータンのイラストを装飾しており、それ以外考えられない。
「もしかして、アパアパか?」
オランウータンのぬいぐるみに入っていた発光体は、彼の把握していない方法で人の形態を得ている可能性も考えられた。知羽がその仮説を否定せず、女性の素性について訊く。
争いの火種となる脅威の対処を目的とした、組織の構成員と知努は答える。信仰の救済を拒絶した者が死後、辿り着く世界を拠点として、彼らは戦いの道具へ身を堕とす。
かつて彼が祖父からそれを教えられる。アメリカン・コミックスを原作とした映画の影響で、知努は異能の英雄に対する憧れが薄い。人並の幸福を享受出来る生活に努め、彼は今日まで叔父を喪っていなかった。
無事帰宅する保障すら無い知羽が思考を停滞し、頷く。女性構成員の恫喝に、しばらく無言を貫いていた少女はようやく声を発す。
「私は初めから人間なんて信用してないわ。都合が良いから利用しているだけ」
幼さを残す顔立ちに反し、冷淡な物言いだ。彼女の正体を良く知らずに面倒を見ていた知努が、目を伏せる。死を間近に控え、悲しい現実すら受け入れていた。
対話の意義を失い、女性構成員は引き金へ指を掛ける。少女も右掌を突き出し、白い発光体を出現させた。最早、交戦する手段しか残されていないようだ。
しかし、彼は眼前の少女を見殺す事が出来ず、這い始める。到底、知努の介入は不可能な距離であり、無駄な足掻きだった。
「蓮代、今日からお前は蓮代だ。早く逃げて、自分の存在意義を探せ」
「害獣を人里に放つな。ここで仕留めなければ取り返しが付かない事態になるぞ」
女性構成員に反論する事無く、彼が瞳を閉じて動かなくなってしまう。知羽は知努の傍へ行こうとするも、けたたましい音が鳴り響き、両耳を塞いでその場にしゃがむ。
白い発光体は彼女の頭上を高速で通過し背後の壁を破壊した。辺りに散乱する死体、轟音が戦場特有の緊迫感を演出し、知羽は全身を震わす。
銃弾を腹部に受けている蓮代が顔を顰めながら疾走し、女性構成員は彼女の脚ばかり狙う。太腿へ数発着弾したが、蓮代は怯まず掌を突き出して光の球体を作る。
女性構成員は素早く横に飛んで回避した。しかし、掌のそれを中へ戻し、蓮代が彼女を煽る。牽制によって正面の安全を確保した。
知努の元へ着き、彼の頭部に手を翳して立ち止まる。女性は片膝を立て、その上へ左肘を添えて構えた。照門を覗き込んで、蓮代の後頭部に狙いを定める。
銃声が止み、顔を上げた知羽は少女の危険を察知すると走った。駐輪場を目指さず、蓮代の背後に行く。両手を大きく広げ、彼女の盾となった。
兄を犠牲にしてしまい、知羽の幸福な日常が消失する。人生に恥じぬ終わりを選択し、生を放棄した。
彼女の姿が照門の視界へ映り込み、女性構成員は悪態を吐く。それと同時に銃声が鳴った。
1発の銃弾は彼女の右胸を抉る。喀血し、悶え苦しみながら知羽が倒れた。その様子を気に留めず、蓮代は知羽と真逆の手段を取る。女性構成員が追撃を諦め、対象の逃走を許してしまう。
思慮の浅い女子中学生の行為を罵りながら彼女は負傷具合を確認しに行く。暴れる知羽の片手を引き剥がし、彼女の頬を打つ。
「お前の傍迷惑な芝居は未登録の自立型兵器を野に放ち、兄の犠牲を蔑ろにした! これで満足か!?」
知羽の胸部から排出された何かが女性構成員の肩へ当たる。その現象は排莢のそれと類似していた。肺や心臓の機能で説明が付かない。彼女は落ちた物体を拾い上げる。
先端が菌糸類の傘状に開いた弾頭だ。知羽の血流に乗って血管や心臓を傷付けなかった。女性構成員はズボンのポケットへ入れ、女子中学生の胸部を見る。
応急処置をしていないにも拘らず、止血していた。知羽の体で姿を隠されている間に、蓮代が何らかの細工を施したようだ。女子中学生の瀕死は免れる。
女性構成員が知羽に帰宅を命令し、何かを探し始めた。兄と同じ場所へ行けない彼女は悲しみを吐露しながら泣く。
一旦帰宅し、服装を変えた知羽が蜜三郎を持って洋菓子専門店の中へ入り、冷蔵ショーケースの上に置く。夜の店内はヴァイオリンの音色が響いていた。
隣の喫茶スペースにいる黒い着流し姿の青年は演奏しており、座席で華弥と晴未がそれを聴く。身分を隠したいのか、演奏者は右側が鋏状になった白のヴェネチアンマスクを着けている。観客の晴美も『おたふく』の面を着け、素顔を見せない。
大事な人との別れを感じさせる曲だった。有終の美を飾れず、虚しさしか心に残っていない知羽を慰めているようだ。
演奏が終わり、彼女達は拍手する。厨房から店主が来て、『超常現象悲劇』の結末を尋ねた。彼女は兄の安否を誤魔化して答える。
「良かったな。こうして蜜三郎と知羽も無事戻って来た訳だから安心だ」
正常な人間らしい内容に安堵し、彼は偽りの平穏を享受した。蜜三郎を盗んだ中学生達が咎められない状況は忘れるようだ。
知羽が依頼料代わりのガトーショコラを受け取り、隣の喫茶スペースに移動する。演奏者の対面席でアパアパは佇んでいた。日中と違い、市紅茶の長袖綿シャツと茶色の腹巻を着用している。
ズボンも茶色のチノパンツに変わっていた。ビールとナイター中継を好む中年男性の印象が強い。知羽は横の座席に座り、ケーキを食べる。
ヴェネチアンマスクの青年はヴァイオリンをケースへ入れながら彼女に話し掛けた。知羽の手が止まり、彼の方を向く。
「愛は不利益な選択をさせると思わないか? わざわざ目立つ傷を治療せず残したり」
彼女しか知り得ない情報や、蓮代の特性を把握している節があり、知羽の手は震えた。青年が女性構成員と同じ組織に所属していると限らず、敵対勢力の人間だった場合、拉致か口封じされる。
疑心暗鬼となった彼女はガトーショコラを食べ終えると、プラスチックのフォークを青年の顔へ投げ付け、走り出す。その直後、店の扉が開く。
桐箱を抱えた白い着物姿の女子は下駄の足音を鳴らしながら入店する。切れ長の瞳と一直線の鼻筋に反し、後ろ髪は団子状となっており、危険な雰囲気を漂わせた。しかし、知羽が狼狽えない。
「邪魔よ、極妻擬き〇ンスケ! こっちは陸自の暗殺部隊に消され掛けているのよ!」
彼女の姿を一瞥し、その女子は囁くような声で知羽を呼び止めた。応じる素振りを見せず、切羽詰まった女子中学生はそのまま横切り、退店する。
知羽の敵と勝手に想定されたヴェネチアンマスクの青年が、彼女を追いかける事は無かった。華弥が従妹の代わりに非礼を詫びる。
客の女子は桐箱を蜜三郎の隣に置き、ぬいぐるみを収納した。店主が表情を硬直させて自身の正気を疑う。蜜三郎の存在は良からぬ現象を次々と引き寄せていた。
『祟りの■編』を最後まで読んで頂きありがとうございました。知羽は無事依頼を完遂するも、大きな代償を支払っています。
三中知努の安否、蓮代の行方、それらの大きな謎を残した物語が新たな災いを人々へ齎す機会はそう遠くないかもしれません。
次の内容から知羽が死後の世界へ出向き、大立ち回りを繰り広げる展開とはならず、兄の寝床ばかり潜り込む猫系キモウトの日常に戻ります。
「ファンタジー作品は読み過ぎて食指が動かない」や「競うなッ! 持ち味を活かせッ!」などのご意見を覚悟でこの内容を掲載しました。
引き続き読者の方が作品に触れて頂ける事を心から願っています。
ヴァイオリンリサイタルで使われた曲は『マリーズ・ララバイ』です。歌手兼探偵が主人公の映画で劇中歌として使われました。




