キタコレ! 育成師
テンプレを書こうとして思い通りに行かなかった話。
「ツリーピーク! お前を俺のパーティから追放する!!」
其処は街でもそれなりに上等な宿屋の食堂でした。
食事時から外れた今は、片隅で軽食を摂る客がちらほら居る他は、何組かの冒険者達がそれぞれのテーブルを囲んで寛いでいます。
木の風合いが暖かい、三十人は入れる大きな食堂ですね。
そんな食堂の中央付近で、第一職業に「勇者」を授かったと噂の少年が、立ち上がって小柄な別の少年に指を突き付けているのですから、結構な注目を集めていました。
高級宿屋も在る街とは言え、娯楽なんて何度か行けば珍しくも無くなる名所旧跡の類ばかりです。
そんな訳ですから、見ていない振りをしている人達含めて、面白い見世物が始まったと興味津々に耳を欹てていました。
「え? どういう事??」
指を差された少年はと言えば、何を言われたのか分からない様子で口を開けて見上げています。
そのままその口の中へと、匙で掬ったスープをパクリ。
勇者の少年の表情が更に険しくなりました。
「どういう事も何も有るか!!
お前がダンジョンで何かの役に立った事が有ったか!!
大して荷物持ちの役にも立たなければ、精々が食事と金を数える事ぐらいだろうが!!
しかも弱っちくて守らないといけないと来ている。
ツリーピーク、お前は邪魔だ!! 出て行け!!」
そんな話を聞いてしまった野次馬の反応は二つに分かれました。
それなりの宿ですから、外から来た宿泊客も多く、ツリーピークという少年を知っている人が半分、知らない人が半分で、それが反応が分かれた違いです。
ツリーピークという少年を知らなければ、そもそも何故そんな少年をダンジョンに連れて行ったのかが分かりません。
逆に、ツリーピークという少年を知っている人達は、面白くなってきたとこの場に居ない仲間も宿の従業員に呼びに行かせています。
「え? でも、それって初めから分かってた事だよね?
パーティ全体の能力底上げが出来るけど、その間は何も出来無いから守ってよねって、そういう契約でしょ?
なのに最近は大して守ってくれないし。
一時的にパーティに加わってるだけなんだから、食事の準備は兎も角、金勘定は僕に任されても困るって言ったのに、押し付けてきたのも君達だよね? 契約した以上の事をしてるのに、それは無いんじゃない?」
ツリーピーク少年は、幾分落ち着きを取り戻して、そう言いながら今度はスープに浸したパンをパクリ。美味しそうに頬を綻ばせました。
翻って、今度は勇者少年と他のパーティ仲間達が、呆けた顔を晒します。
「契……約……? 何の話だ?」
その瞬間、ツリーピークを知っていた野次馬達が、ああ~っと声なき呆れ声を漏らしながら椅子に体重を預けて、やっちまったなと苦笑を浮かべて終車の少年達を見遣ったのです。
当然呆れたのはツリーピーク少年も同じ。
「も~、君達が冒険者になった時に、僕を紹介されたその場で契約書にサインしたよね? 自分達の分と、冒険者ギルドに預ける分で三枚。
ちょっとまってよね~……そう、これこ――ちょっと!? 何で契約の文字が色付いてんのさ!」
ついと、その内容が気になった周りの人達も集まって来てしまって、衆目に曝された契約書に書かれていたのは、次の様な内容でした。
甲、ツリーピークと、乙、冒険者パーティ勇気潑剌凜凜、代表シルムとの間で結ばれた、協働契約の内容を以下に示す。
一、本契約はドレイク国サモウルス迷宮都市が管理するダンジョンでの探索にのみ適用する。
一、甲は乙パーティとダンジョンを探索している間、乙パーティを「育成」スキルにより強化支援するものとする。
一、甲が乙パーティを強化支援する項目は、筋力、魔力、体力、精神力の能力値と、経験値であり、スキルに関するものは含まない。
一、特に乙からの指示が無い限り、甲は乙パーティ内での経験値の割り振りを平均化するものとする。
一、上記以外の業務について、乙は甲に要求してはならない。
一、乙は甲が強化支援している間は、甲の能力値が最低限に低下している事を了解し、乙パーティは甲の護衛に努めなければならない。
一、乙が甲に与える報酬は、ダンジョンの探索で得た報酬の人数割りとし、冒険者ギルドからの支払い時点で甲の受け取り分が除かれている事に諒解するものとする。但し、ダンジョンから得た物品に関しては、甲の離脱時即ち契約解消時に精算し、貨幣もしくは物品にて乙は甲に支払わなければならない。精算額は魔導審判にて決定されるものとする。尚、この項は契約期間中に乙が甲を連れずにダンジョンに潜った場合も適用されるものとする。
一、乙が甲の所有物を必要とした場合、甲が認める妥当な対価を乙は甲に対して支払わなければならない。
本書に記載された甲乙間に於ける契約の期限は以下とする。
一、乙パーティのいずれかがレベル四十となった後に、ダンジョンを出た時点で本契約は解消され、乙は甲の離脱を妨げてはならない。
一、乙が甲との契約を打ち切りたい場合は、その十日前までに乙は甲へ契約解消の意思を示さねばならない。尚、上記に依らず乙が甲との契約を打ち切る場合、乙は甲へと十日分の報酬を支払わなければならない。
一、乙パーティがサモウルスを離れる場合も、乙からの契約打ち切りに準じるものとする。
一、甲は乙が本契約の内容を遵守していない場合に限り、即時の契約打ち切りを可能とする。
そしてその契約書の文字の内、「上記以外の業務について、乙は甲に要求してはならない。」と、「乙パーティは甲の護衛に努めなければならない。」の文字が真っ赤に、「上記に依らず乙が甲との契約を打ち切る場合」の文字が橙に、他にも所々薄く文字が色付いていました。
契約書を目で追っていた野次馬の一人が、思わずと言った様子で言葉を漏らします。
「酷ぇ……」
口を尖らせて、ツリーピーク少年が反論しました。
「酷くないよ!」
野次馬も言い返します。
「いや、馬鹿がこうも曝け出されるって、魔法契約怖ぇなって言いたかっただけだぜ?」
すると、商人な野次馬も参戦してきます。
「いやいや、そこは賢いやり方と褒める所ですな。実際にこうして役に立っているのですぞ?」
次々と野次馬が口を出してきます。
「……おい、護れよ」
「雑用も、この条件じゃやらせられんぜ?」
赤くなってしまっている文字を憎々しげにみる冒険者達。
しかし、ツリーピーク少年はあっけらかんとしたものでした。
「ん~、食事を作るくらいは別にいいんだけどね。僕も携帯食料で済ませるのは嫌だし。でも、基本部外者な僕に金勘定させたり、強化中は非力な僕に荷物持ちさせようっていうのは違うと思うよね」
「あー、確かに能力値が低下するって有るな。……どれくらいだ?」
「僕の能力値を下げた分、強化してるからね。殆ど百パーセント下げてるから、赤ちゃんにも負けるよ?
身に着けてる装備は大丈夫なのに、赤ちゃんに指を握られて振り回されたら、体が持ってかれちゃうんだ。あれはすっごい不思議な感覚なんだよね」
それは控えめに言ってもお荷物以外の何者でも有りません。
唸り声を上げる冒険者達。
しかし、それもツリーピーク少年の強化具合によると気が付いた女性冒険者が問い掛けた事で、流れが変わりました。
「ねぇ? 強化ってどれくらい強くなるのよ?」
「僕を含めて六人パーティなら、僕を十割下げた分を割り振って、大体二割の強化だね!」
そんな事を聞いてしまえば、響めきが起きます。
勇者少年とそのパーティ仲間も、目を見開いていました。
「それって、書いてる全部が一度に上がるって言うの!?」
「おい!? 今直ぐ俺達のパーティに来いよ!」
「くそぉ……炎竜の奴らがあっと言う間に追い抜いていった秘密はこれか」
「パーティ全員の能力値が二割上がるって、国宝級よね!? 壊れ物だとしても! ……あ~、ちょっと壊れ物過ぎるかなぁ?」
「……赤ん坊を連れてダンジョンってなぁ、どんな狂人の仕業だ?」
「いや、それを言うなら知ってて護らなかった此奴らは――」
そして勇者パーティには逆風が吹き始めました。
厳しい視線が彼らに降り注がれています。
「お、俺達はそいつの事を思って! いつも無理をして着いて来ようとするから、怪我でもすれば諦めるだろうって!?」
「……確信犯かよっ」
「いやいや、それは流石に通じませんぞ? 契約に依れば、この少年の側から休みを願い出る事も、契約を終わらせる事も出来ませんな。夜中だろうが風邪を引いてようが、呼ばれたならば付いて行かねばならんのですよ。
ダンジョンにいつ潜るのかを決めるのは、そちらのパーティですからな。
つまり、無理をしてでも着いて行くのは契約の内で、それを護り切る自信が無いなら、特に不利益も無いのだから解約しておれば良かったのです。
……契約自体を忘れていたというのは、論外ですがな」
契約書が残っている事が決定的で、赤く変わった文字が何よりの証拠でした。
「でも、良く無事だったわね?」
「ほら、さっき話題に出て来た炎竜のエインセフさん達は、五年前からのお得意様なんだよね。初めは固定値でしか強化出来無かったのが、割合で強化出来る様になったのは、エインセフさん達の御蔭なんだよ。
エインセフさん達には炎庭連山にも連れて行って貰ったし、その時の報酬に貰った鉱石で鎧だけはランクA冒険者が使う特級品だからね」
「いや、特級品ってったって……」
「殆ど行動不能になる重いデメリット付与して貰って、代わりに「保護」を入れて貰ったんだよ。特級品に極限まで高めた「保護」スキルは、殆ど完全防護だって、鍛冶屋の小父さんが大笑いしてたね。
でも、だからって護らなくていいとはならないと思うんだよ」
「「保護」って、アレか!? 身体レベルが五迄にしか効果が無い、子供用のお守りだよな!?」
「「保護」か。「保護」な。確かにあれなら当たる前に弾かれるから、衝撃を感じる事も無いか」
「しかし、「保護」のお守りは儂も扱っておりますがな、あれは何度も使える物ではございませんぞ?」
「だから冷や冷や物だったんだよ」
真相が分かってしまえば、もうツリーピーク少年に疑いの目を向ける者は居ませんでした。
契約の中には、ツリーピーク少年がダンジョン探索に参加していない時も報酬が出る事になっていましたが、それも常にツリーピーク少年を待機状態とする契約を考えると、妥当な物と理解されたのです。
そうして初めは若い冒険者達のいざこざによる愁嘆場が見られると期待されていたその現場は、それなりの宿に泊まる商人や冒険者達による説法の場となった。
「人生というのはな――」
「良い勉強をしたと思えば安い物ですな――」
「うむ、勉強量は高く付いても――」
「これから注目の的だろうから、悪い事は出来無いねぇ――」
「商売の世界では、信頼というのが――」
皆したり顔で頷きながら話していますけれど、彼らに取っては結局の所娯楽です。
そんな彼らを置いて、食後の果物を食べきったツリーピーク少年が立ち上がりました。
「ごちそうさま! それじゃあ、残念だけど契約はこれ迄と思っていいよね? 皆もレベル四十まであと三つだったから、そろそろとは思ってからちょっと早まった程度だけど、故意に契約を破ってて赤文字になってるのに、それでも一緒にはやっていけないからね。
バイバイ!」
渦中に居た筈なのに、あっさりとしています。
そしてそのまま冒険者ギルドに向かう足取りにも迷いは無く、窓口で契約書を見せながら状況を話す口振りにも澱みは有りませんでした。
「そういう訳だから、契約終了っていう事で宜しくね♪」
何の拘りも無く言い放ったツリーピース少年に対して、窓口の受付嬢は般若の形相です。
俄に受付が騒がしくなりましたが、そんな事は知らぬ気にギルドを出て行くツリーピーク少年ののその足取り。
そのままギルドの裏手に回って、其処に在るギルドの宿舎がツリーピーク少年の仮宿でした。
ツリーピーク少年が冒険者に成る為に幼くして街に出てきた時に、その「育成師」としての力に期待したギルド幹部達の思惑が、今も続いているのでした。
そんな宿舎の自分の部屋に戻ってきて、そこで始めてツリーピーク少年は溜め息を吐きました。
「あ~あ、もう少し粘れると思ったんだけどなぁ。あんな所で、追放だー、なんて言い出しちゃうんだもん。勇者だよ? 勇者! 神属性のスキルポイント!
も~……神属性なんて稀少も稀少なんだから、最後まで粘りたかったのに~」
こんな台詞が零れるくらいに、実はちゃっかり自分本位なツリーピーク少年だったのです。
「育成管理起動――……う~ん、やっぱり行けてレベル二十そこそこかなぁ?」
難しい顔をして悩んでいるツリーピーク少年ですが、彼が見ている画面はその脳裏に投影された物です。
ちょっとその情報を見てみましょう。
名称:ツリーピーク=メジオン
種族:草原人種
年齢:十六
身体レベル:一 (二十四/百)
第一職業:育成師 レベル八十二 (六十三/百) 素質…百
職業 :戦士 レベル五 (六十七万二千五百二十三/百) 素質…三十六
剣士 レベル五 (二十七万四千三百八十一/百) 素質…二十
槍士 レベル五 (十二万二千五百三十二/百) 素質…三十二
弓士 レベル五 (二十二万八千二十二/百) 素質…三十四
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まず名前。メジオン村のツリーピーク。
そして種族。浜人種と並んで数の多い草原人種。
年齢は小柄で幼く見えても成人済みと見られる十六歳。
魔物を斃す事で上がる身体レベルはたったの一。
天職とも呼ばれる生まれ持った第一職業は育成師の職業レベル八十二。
それ以外の大量に列挙された職業は全て全て職業レベル五。
因みに括弧の中は次のレベルまでの経験値。第一職業のレベルには制限が無いから、最高値の百に届きそうにまでなっていますが、その他の職業は身体レベル一で獲得出来るレベル五となっています。
素質は百の経験を積んだ時にどれだけの経験値を手に入れられるかの目安です。
更には職業が並んだその下に、筋力、魔力、体力、精神力の能力値と、加えてそれぞれの職業に対応したスキルの数々が、無尽蔵に並んでいました。
「今取れる派生職は殆ど全部網羅してるし、職業が種族固有だったりするのも取れるスキルは取ったよねぇ。エインセフさん達の御蔭で竜族由来のが埋まったのは大きかったし、勇者まで来て神属性スキルポイントが手に入ったのは僥倖だよ。
でも、魔族由来の職業もスキルポイントも無いんだよね。流石に魔族領にレベル一で行くのは厳しそうだし、詰んだかなぁ?」
何の事は無くて、このツリーピーク少年、地球でならコアな遣り込みゲーマーと喩えられて何もおかしくない性質の持ち主だったのです。
身体レベルが一つ上がると、能力値は職業やスキルによる増分を加味した上で、一割から二割増加すると言われています。
その増分の違いが何で決まるかと言えば、身体レベルが上がるまでの鍛錬に有ると言われています。
その全てが生まれ付き持っていた育成師の力で見えていたとしたならどうでしょう?
まだ身体レベルも一だった幼いツリーピーク少年は、すっかり嵌まってしまったのです。
最強では無く、完璧を目指す事に。
「どうせなら育成師もレベル百に上げてから身体レベル上げたいよねぇ。多分あと四人程度レベル四十まで育成したら、育成師も百に届くと思うんだけどなぁ。
あ~~……迷宮都市なんだから、魔族も遊びに来ないかなぁ! 魔族の使うテイムが使える様になったら、育成師で出来る事だって増えるのに~!」
ツリーピーク少年はごろごろ転がりながらそう言いますけれど、魔族領に棲む魔族達は人族とは敵対していますので、人族領の中でも戦える人が多く住むこの迷宮都市に、やって来る事は無いでしょう。
当然そんな現実はツリーピーク少年も知っていて、先が見えないながらもあの宿屋での一幕が噂として広がっていた御蔭で忙しい日々を送っていましたが、そんな或る日、冒険者ギルドの扉を開けたツリーピーク少年は、其処で見た見覚えの無いパーティに、大きく目を見開いたのです。
窓口の受付嬢と会話しながらも詰まらなそうな顔をした三人組は、年の頃なら十歳を少し超えたくらいで、色合いが黒っぽい獣人の子供に見えました。
受付嬢は丁度やって来たツリーピークを紹介しようというのか、目を丸くしている少年を指差しました。
釣られて目を向ける、昏い眼差しの子供達。
でも、職業レベル八十二に至った育成師の前では、そんな隠蔽は蜘蛛の巣程の役にも立ちません。
名称:ノワール
種族:魔王種(幼生体)
年齢:十二
身体レベル:十四 (二十四/百)
名称:オニキス
種族:黒鬼種
年齢:十一
身体レベル:十 (八/百)
名称:ジェット
種族:魔狼種
年齢:十一
身体レベル:八 (六十六/百)
でも、そんな視線に気が付いていないツリーピーク少年は、思わず叫びを上げたのです。
「キタコレ!!!!」
そして三人の子供達に駆け寄ると、熱心な売り込みを始めるのでした。
「ねぇ! 僕と契約しようよ!」
神々にすら予測の出来無い物語が、その時始まりを告げたのです。
それはもう、輝かんばかりなツリーピーク少年の笑顔と共に。
問題に成りそうな部分を、予め潰してしまうと物語にならんのよという一例。寧ろ主人公が問題に成ってしまった迷走作。
さぁ、君も御一緒に♪
「どうしてこうなった!?」