隠れ家
「ヴェルデ様はいつもリリーナ様と過ごしていらっしゃるのでしょう?!だったら今日くらい私にお譲りいただいてもよろしいのでは?!」
「リリーとの時間は僕の大切な時間なんだ!君こそ僕に譲るべきじゃないのか?!」
目の前で王子とアメリア様がギャンギャン言い合っている。
どういう訳か私を取り合っての口喧嘩である。
今日は特に用もなく、王子からのお誘いもなかったので庭でピカピカ泥団子でも作ろうかと思っていたらアメリア様と王子がほぼ同時にやって来た。
「美味しいお菓子が手に入りましたの!ご一緒にいかがですか?」
「美味しい茶葉が手に入ったんだ!リリーに一番に飲んで欲しくて持って来たよ!」
お菓子とお茶ならば3人で仲良くお茶会でもすればいいのに、何故か2人は言い合いになり現在に至る。
なーぜ私の取り合いになっているのだろうか?
アメリア様は元々友達がいなかったようで、あの思いがけない告白の後からちょくちょくと我が家にやって来てはお茶をしたりする仲になっている。
時々私が誘って裏山の隠れ家でお茶をしたりしているのだが、隠れ家をとても気に入ってくれたようで「素敵ですわ!童話の世界のようですわ!」と目をキラキラさせていた。
因みに王子はまだ隠れ家に招待はしていない。
王子とは体を動かす系統の遊びがしたいので、川遊びの時にでも連れて行けばいいかな?と思っているうちに機会を逃してしまったのだ。
「ねえ?3人でお茶会じゃ駄目なの?」
「駄目ですわ!」
「嫌だ!」
何と我儘な!
「折角美味しいお菓子とお茶があるんなら、みんなで楽しんだ方がいいと思うんだけど」
「ですが!」
「でも!」
ほぼ同時に話す2人は実はウマが合うのでは?と思う。
「大好きな2人が喧嘩なんて、私、悲しい」
大根役者も驚く程の棒読みでそう言ったのだが、2人は顔色を青くしてオロオロし始めた。
「ごめんなさい、私とした事が」
「僕の方こそごめん」
「「だから泣かないで!」」
どうやら2人には私が泣いたように見えたらしい。
え?私の演技力も捨てたもんじゃないって事?
あんな棒読みで?
「もう喧嘩しない?」
自分で気持ち悪!って思う程に甘えるようにそう言うと2人はコクコクと頷いた。
え?私本当に演技の才能あり?
…………絶対ないよな、そんな才能。
この2人がチョロいだけだと思う。
チョロ過ぎだぞ、2人共!
お姉さんは君達の将来が心配です!
まぁ、実年齢はみんな同じ10歳なんだけどね。
ほら、私、前世含めると25年生きてる訳だからさ。
何とか3人でお茶会をする流れになったんだけど、アメリア様の一言でまーた王子の機嫌が悪くなって焦った。
「どうせならば隠れ家でお茶を飲みたいですわ」
「隠れ家?」
「あら?ヴェルデ様はご招待された事がございませんの?」
「リリー!どういう事?!」
アメリア様、ちょっと空気読んでください!
「ヴェルの事も誘おうと思ってたんですけどね、鬼ごっこや隠れんぼが楽しくてつい…」
「では今日案内して!僕も行ってみたい!」
という事でやって来ました隠れ家。
我が家の裏山をほんの少し登った所に昔土砂崩れにも耐えたと言われている大木があり、土砂崩れの際に剥き出しになったらしい根が丁度テントの骨のように地上に出ている。
そこを父が四阿風にしてくれて、我が家の兄妹は『隠れ家』と呼んで遊んでいたのだ。
小さなテーブルと椅子も置かれていて、日差しが強い時の為にサンシェードもあり、大人が5人ほど入っても余裕がある程の広さ。
暑い夏の日には涼を求めて兄と2人で隠れ家で昼寝をしたりもしている。
「これが隠れ家?!」
隠れ家を見て王子が目を輝かせている。
男子ってこういうの好きだもんねぇ、うんうん。
「どうです?素晴らしいでしょう!」
何故かアメリア様が得意気だ。
そういえばアメリア様って王子に少々当たりが強い。
敬うとか全くしていない。
何なら普通に友達って感じだ。
大丈夫なのかな?
まぁ王子も全く気にしてないみたいだからいいのかな?
仲良き事は良い事なんだけどさ。
「2人がすっかり仲良くなってくれて嬉しいよ」
「「どこが!」」
ハモリもバッチリだ。
隠れ家の中に入ってジーナにアメリア様持参のお菓子と王子持参のお茶を入れてもらう。
アメリア様が持って来たお菓子はサクサクのパイ生地の層の中にカスタードクリームとジャムが入っていた。
「美味しい♡」
自然に体が揺れてしまう程に美味しい。
「そうでしょう!本当に美味しくて、是非リリーナ様にも食べて欲しくて!」
「アメリア様?そろそろそのリリーナ様って呼び方やめませんか?」
「え?」
何故かショックを受けたような顔をするアメリア様。
「折角仲良くなったんだからリリーって呼んでください」
「え?よ、よろしいのですか?」
「はい!あと出来れば言葉遣いももう少し砕けた感じだともっと嬉しいかも」
「ええ、ええ、是非!では私の事はメリーと!」
「へぇ、アメリア様の愛称はメリーなのかー。メリーとリリー、姉妹みたい」
「し、姉妹?!」
メリーが頬を染めて恥ずかしそうに微笑んだ。
「んっ、んん!じゃあ僕にも砕けた話し方でお願いするよ、リリー」
「え?でも不敬になりません?」
「ならないよ!」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて…よろしくね、ヴェル」
「うん!」
あぁ、可愛い者達に囲まれるって幸せ。
「お茶も飲んでみて!本当に美味しいんだ」
「………わぁ!ほんとに美味しい!」
普段は砂糖を入れないと飲めないお子様舌の私でも飲める、自然な甘みがある紅茶はとても飲みやすく美味しい。
「悔しいけど本当に美味しい」
メリーがボソッと呟いた。
それから暫く私達は隠れ家でのんびりと過ごした。
王子は隠れ家を本当に気に入ったようで「次来る時はお気に入りのクッションを持ってくる」と言っていて、それを聞いたメリーが「私も!私も可愛いクッションを持ってくるわ!」と張り合っていた。
何だかんだで仲が良いんだよね、2人共。
*
「はぁ…今日もリリーナ様は素敵でしたわ」
その日の出来事を思い出してアメリアはうっとりとした表情で空を見上げていた。
出会いこそアメリアの勘違いでリリーナには不快な思いをさせてしまったが、リリーナがそんな自分を気にかけていたと聞かされて『何て心の優しい方なのでしょう!』と思い、仲良くなりたくて謝罪に行ったのだ。
あんな事をされたのに何でもなかったように許してくれる懐の深さに感動し、どうしても友達になりたくて生まれて初めて自分から「友達になって欲しい」と告げたのだが、天使のような笑みを浮かべて受け入れてくれた(とアメリアは思い込んでいる)。
「リリー…キャッ♡」
愛称呼びを許された事が嬉しかった。
見た目のキツさと、公爵令嬢という立場と、間違っていると思った事にはズバリと強い言葉を投げてしまうせいで今まで友達と呼べる者が誰一人いなかった。
この性格を直さなければと思うのだが、おかしいと思った事はどうにも気になって、正したくなってしまうのだ。
その後激しく後悔するのだが、そんな事誰も気付いてくれるはずもない。
そんな自分を受け入れてくれた事が本当に嬉しくて、アメリアは初めて出来た友達という存在のリリーナを過大評価している。
本人は深く考えていない普通の言動すらアメリアからしてみたら『尊い』行いに見えている。
当初はヴェルデに淡い恋心のような物も抱いていたのだが、今ではリリーナに張り付く邪魔な虫位に感じている。
こうして知らないうちにリリーナは自分を推す人間を2人もGETしていた。