遊園会
王子宮の庭園は入口に白薔薇のアーチがあり、そこを通り抜けるとピンクや白の薔薇が咲き誇る見事な庭園だった。
中央に配された大きくて真っ白なガゼボの中には白いテーブルと椅子が並べられていて、ガゼボを半周囲むようにビュッフェ形式でずらりと食べ物が並んでいる。
一際目を引く巨大なケーキにはイチゴがたっぷりと飾られていて、見た目は宛らイチゴの塔。
「お兄様!イチゴの塔だわ!」
「流石王宮、用意されてる料理が凄いな」
「お兄様は遊園会に参加した事はないの?」
「あるぞ。でもあの時は王女のお相手探しだったし、男子が多かったからあんな甘そうな物少なかったからなぁ」
「お兄様の時は何が美味しかった?」
「ローストビーフが美味かった」
「ローストビーフ…」
兄妹二人でコソコソと話していると背後が賑やかになった。
「お出ましのようだぞ」
振り向くと女の子達に囲まれながら笑顔で歩いてくる男の子が一人。
第二王子ヴェルデ・カイザバーラ。
日に当たってキラキラと眩しい金髪に美しい青い海のような瞳の恐ろしい程の美少年だった。
『これは成長したらとんでもない美男子になるんだろうなぁ…まぁ関係ないけど』
自分がお相手に選ばれる事などあるはずがないと思っているので全く興味すら湧かない。
選ばれたら妃教育という名の地獄が待ち受けている事を知っているから選ばれたくもない。
それよりもお料理が気になる!
あのイチゴの塔は絶対に食べなきゃ!
ローストビーフも外せない!
目前に王子が来た事にも気付かず私は料理の方へと一直線に進んでしまった。
「僕に興味を示さないだと?!」
後ろで何やら聞こえたがそんな事よりも料理だ!
王宮の料理なんて滅多な事では食べられない。
食べないなんて選択肢はない!
「フンフンフン♪ローストビーフ♪」
鼻歌混じりにローストビーフを数枚皿に載せ、その横にあったプルンとゼリー状の物に野菜が閉じ込められた、まるで宝石箱のような料理を皿に載せる。
「あ、あれも美味しそう!」
黄色いソースのかかったお魚を取ろうとした時、突然手首を掴まれた。
「おい!」
「なっ!なにす」
ここまで言って言葉を呑み込んだ。
険しい顔をした第二王子が私の手首を掴んでいたのだ。
「俺に興味も示さず料理に夢中とはな」
皿をテーブルに置き、片手を掴まれたままで取り敢えずのカーテシーをした。
「料理を持ってこっちに来い!僕の横に座る栄誉をやる!」
『そんな栄誉いらないわよー!!!』
と叫び出したかったが我慢した。
兄が何とも言えない表情で見ていたが無視した。
「名は?」
「リリーナ・ストマイクと申します」
「ストマイク…伯爵家か」
「はい…」
以降の話が続かない。
取り敢えず隣に座ってみたものの周囲からの視線が痛い。
「折角取ったのだ、遠慮せず食べろ」
そう言われたので料理に向き合う事にした。
二品しか取れなかったが。
ローストビーフを一口大に切り分け口に運ぶ。
しっとりと滑らかな牛肉がソースと絡まり絶妙な柔らかさで口の中に旨味を広げる。
『これは美味しいわ!お兄様が褒めるだけの事はあるわね』
余りの美味しさに思わず足がパタパタと動いてしまう。
「そんなに美味いか?」
横で王子が物欲しそうに見ていたので本当はあげたくなかったのだが一口だけフォークに刺して口元に差し出した。
「どうぞ」
差し出されたフォークと私の顔を交互に見ていた王子だったが、少し赤い顔でフォークにパクッと食いついた。
「うん、美味い」
「でしょ?…あれ?食べた事ないんですか?」
「いや、ある。あるがいつもはこんなに美味しくはない」
「へぇ…ではいつもとは違う人が作ったのかもしれないですね」
ローストビーフを食べ終え、ゼリー状の料理に挑んだ。
上手く掬わないと崩れてしまう。
崩してしまうのが勿体ない位に綺麗な見た目。
端の方をそっと掬って急いで口に入れると、コンソメスープに似た味のゼリーがツルンとした何とも心地の良い食感を与えてくれた。
中に閉じ込められている野菜はシャキシャキホクホクとしていてゼリーとは異なる食感で楽しい。
「それも美味いのか?」
「…食べます?」
コクコクと頷く王子に内心で溜息を吐きながら、そっとそれを掬い取りまた王子の口元に運んだ。
今度は躊躇なく口に入れた王子が「美味い」と破顔した。
『笑うと可愛いけど、態度は俺様だよね』
俺様系といわれる部類が好きではなかった前世の自分。
どうやら今世も好きになれそうにない。
「あの…また貰って来てもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
お皿を抱えて立ち上がると何故か王子も立ち上がる。
「え?」
「一緒に行く」
「はぁ、そうですか」
何故か付いて来た癖に料理を取ろうとはしない王子を不思議に思いながらも私は美味しそうな料理を皿に取り分け、最後にイチゴの塔へと向かった。
流石にイチゴの塔は自分だけではどうしようもなさそうだったので給仕の人の手を借りた。
「席までお運び致します」
そう言われてこれでもかと盛った皿を運んでもらい食べ始めると、隣から盛大な咳払いが聞こえてきた。
見ると王子が待ちかねたようにこちらを向いている。
「もしかして………食べます?」
「あぁ!」
『だったら自分で取って来なさいよ!王子だと自分で料理を取る事すら出来ないわけ?!』
と内心で毒突きながらもフォークを王子の口元まで運ぶ。
『あ、これ鳥の餌付けみたいだわ』
フォークが口元に来る度にパクッと食いつく様は本当に小鳥のようだ。
『これが本当に小鳥なら可愛いんだけど……俺様系王子だと…ねぇ』
何とも微妙な気持ちになった。
*
「イチゴの塔…美味しかった」
「お前、よくあの状況で食えたよな?!」
帰りの馬車の中、兄が盛大な溜め息を吐いた。
「あの状況?」
「ご令嬢達がすっごい目で見てたぞ?こんな!」
兄が自分の両目を指で釣り上げている。
「嘘?!全然気付かなかった!」
「料理に夢中だったもんなぁ」
「うぅ」
「まさか同じフォークで王子に料理を食べさせるなんてなぁ」
そう言われて初めて気付いた。
「間接キス?!」
「何だそりゃ?それも前世の言葉か?」
説明する気にもなれず聞こえていないふりをした。
「目の前で仲睦まじい感じを醸し出されりゃ、ご令嬢達もあんな目になるわなー」
兄が呆れたように独り言ちていた。
『もう二度と会う事はないはずだから気にしない!気にしない!』
そう思っていたのに、一週間後に我が家に届いた王子との婚約の打診に私は倒れそうになるのだった。