決戦前夜
これは何十年も昔の話。
当時は今と違って、リーグ優勝したチームだけが、日本一への挑戦権を持っていた。両リーグの覇者同士が戦い、先に四勝した方が日本一になる。
その決戦前夜、大きな倉庫の中では、数人の男女が最終確認を行っていた。
「なんとか間に合いましたね」
周囲には、たくさんのダンボール箱が置いてある。中に入っているのは、自分たちの球団が日本一になった時のための「記念グッズ」だ。日本一を決めた翌日から、販売することになっている。
世間ではあまり知られていないことだが、こうした記念グッズ、かなり前から準備を始める。実を言うと、リーグ戦の最中から。
そうでもしないと、間に合わないのだ。日本一を決めてから、のんびり生産しているようでは、大きな商機を逃してしまう。
とはいえ、自分たちの球団が勝って日本一になる、それが達成できればいいが、負ければゴミだ。ここにあるグッズはすべて、廃棄処分される。
このような事情は、どこの球団でもだいたい同じだ。それなりのリスクを覚悟して、記念グッズを用意している。
過去には、こんなこともあったらしい。リーグ終盤まで優勝が決まらなくて、優勝争いに絡んでいた複数の球団が、記念グッズを用意し始めた。リーグ優勝のグッズと、日本一になった時のグッズだ。
その結果、リーグ優勝できなかった球団は、ダブルの赤字を被ることになってしまったという。ぎりぎりでリーグ優勝できなかった、そんな球団だけが味わう悲哀である。
「では、このことは誰にも漏らさないように」
ここにいる全員が、プロジェクトチームのメンバーだ。日本一になった時の記念グッズ、それを用意するためのプロジェクトチーム。
「特に、監督や選手たちには秘密にすること」
そこから先、プロジェクトチームのリーダーは声をひそめて、
「・・・・・・の赤字になるからね。負けちゃうと」
この金額が監督や選手たちの耳に入れば、余計なプレッシャーをかけてしまう。
うなずき合うスタッフたち。
そういった事情があるので、秘密裏に準備を進めるプロジェクトチームが必要になるのだ。
ところが、倉庫の片隅で、今の話をこっそり聞いていた者がいる。
この球団の監督だ。
(やばいことを知ってしまった!)
球団スタッフが何やらこそこそ動いているのを見つけて、軽い気持ちで探偵のまねごとをしてみたのが、大失敗だった。
この球団にものすごい赤字が出るかも、そんなことを聞いてしまっては、明日からの日本一を決める戦い、平常心での采配なんて絶対に無理だ。
・・・・・・こうなったら仕方がない。
監督は決断する。
(匿名の手紙を出して、対戦相手の監督にも、このことを教えてあげよう)
こそこそ倉庫を抜け出すと、
(手紙に書く赤字額は、倍にしておこう)
そうしておけば、こっち以上のプレッシャーを感じてくれるはず。