伏線
チャンスの場面で凡退した。
悔しさを噛みしめながら、俺はベンチに戻る。
すると、仲のいい選手がやって来て、こう囁いてきた。
「この凡退が、のちに逆転の伏線になるとは、この時点では誰も予想していなかったのである」
まるでドラマのナレーションだ。
「何だよ、それ」
「そう考えた方が、気が楽になるよ。あとで本当に、逆転の伏線になるかもしれないし」
なるほど。たしかに、落ち込んでいても仕方がない。まだ試合中だ。しっかり反省するのは試合後にしよう。次の打席もあることだし。
そして回は進み、やがて試合が終わった。ドラマチックな逆転勝利だ。
逆転の立役者となった選手に対して、さっそくヒーローインタビューが始まる。
「見事なホームランでしたね」
「ありがとうございます!」
「同じ投手を相手に、その前の打席では凡退していて、悪いイメージを引きずりそうなところでしたが、思い切りよくバットをふり抜きましたね」
「実は、前の打席で凡退したあとに、仲のいい選手に言われたんです。『この凡退が、のちに逆転の伏線になるとは、この時点では誰も予想していなかったのである』と。おかげで気が楽になり、あの打席を迎えることができました」
この発言を聞いて、俺はベンチで驚いていた。
(それを言ってきたのって、お前の方じゃん! 俺はそんなこと言ってないし!)
「その仲のいい選手とは、どなたですか?」
インタビュアーの質問に対して、あいつが告げたのは、やはり俺の名前だった。
おそらくだが、ヒーローインタビューを盛り上げようとして、あんなことを言っているのだろう。
おかげで俺は陰の功労者扱いだ。ヒーローインタビューの前に教えておいてくれよ、とは思うものの、悪い気はしない。
俺の方は全打席で凡退だったけれど、
「今日の凡退が、明日の勝利の伏線になるとは、この時点では誰も予想していなかったのである」
こっそりと口に出してみた。
これが本当に、明日の勝利の伏線になるかもしれないし・・・・・・。