五十メートル走のタイム
「中学生の頃、五十メートル走のタイム、八秒半くらいだったよね?」
当時からの友人が、いきなり変なことを確認してくる。
「ということは・・・・・・」
何かを考えながら、ぶつぶつとつぶやく彼女。
私は嫌な予感しかしない。
今日は友人と二人で、野球場に観戦にきている。
試合は延長戦に突入していた。
明日は朝早いので、私は夜の九時には、球場を出るつもりだった。
けれども、試合展開が面白すぎて、この時間になってもまだ客席にいる。
十一回の裏が終わった。未だ同点。
とはいえ、もうそろそろ本当に帰らないといけない。終電の時間が迫りつつあった。
「あとちょっとくらい大丈夫だって。五十メートルを九秒で走れば」
友人が危ない発想をしている。
ここから最寄りの駅までは、五十メートル以上の距離があるのだけど、
「大丈夫。信頼してくれていいよ。昔から私、かけ算は得意だから」
終電に間に合う、その根拠となった計算式を、自慢げに解説してくる。
私は呆れた。ここから駅まで、荷物もある状態で、五十メートル九秒ペースをずっと維持できると、本気で思っているのだろうか。
しかも、駅でのタイムロスをまったく考慮していない。
私は指摘する。
「その計算は間違ってるよ。駅では改札機を通らないといけないし、階段もあるし、他の人までいるんだよ」
ただ直線を走るのとは、わけが違う。
「だから、絶対に間に合わないよ」
「そうだね。でも、きっと駅には――」
そこで友人は穏やかな顔になると、
「『終電の運転手さんの優しさ』なんかもあるから」
十二回の表が始まる。
私たちは結局、終電に乗ることができなかった。