01-08_ヒーローと決闘
今回はナナシが兵士長と決闘?します。
01-08_ヒーローと決闘
「うむ、困った。タイラント、どうすればいいと思う?」
『今度は何を悩んでいるのだ。貴様の事だからどうせ碌でもないことだろう。』
今、ナナシがいるのは訓練場近くにある一室で、控え室としてあてがわれた場所である。
ここにはナナシ一人しかいないため、今は遠慮なくタイラントと話をしている。
「実は普通の人間相手に戦ったことがない。
どのくらい力をセーブしていいかが分からない。」
『確かにそれは問題だな。セーブして戦ったつもりでもあの騎士がミンチになる可能性がある。』
「取り敢えず、赤坂に稽古をつけた時くらいに抑えれば大丈夫だろうか?」
『・・・もっと抑えろ。赤坂はあれでヒーローの中でも接近戦上位の実力者だぞ。
我の見立てでは赤坂でもあの兵士長1000人と楽に戦えるだろう。」
「そうか、そうなるとかなり難しいな。まぁやるしかないか。」
等とナナシとタイラントが物騒な事を話しているのを控え室の外で聞き耳をたてている者がいた。
「なになに、『困った・・・どうすればいい・・・実・・・人間・・・戦った事がない・・・分からない・・・大丈夫だろうか・・・かなり難しい・・・やるしかない』だってさ。あいつ兵士長にビビってるぜ。」
「兵士長には怪しい奴だから見張ってろって言われたけど、これなら心配ないな。
独り言で泣き言を呟いている腰抜けだぜ。」
「でも詐欺師なんだろう。じゃあ逃がさないように引き続き見張りかな。」
「この際俺達でやっちまうか。兵士長の手を煩わせるまでもない。」
「いいねぇ!最近モンスターの相手しかしていないからちょっと飽きてたんだよな。
久しぶりに人間殴ってみたいからな。」
「どのくらいまでなら痛めつけていいと思う?死ななきゃ大丈夫だとは思うけど。」
「そうだな。騎士がリンチってのは外聞が悪いし事故で済ませられる範囲にしねえとな。」
「よっし!そうと決まれば早速サンドバッグを殴りに行くか。」
そう言って哀れなチンピラ騎士3人が悪魔が待ち構える伏魔殿の扉に手を掛ける。
チンピラ達が扉を開くとそこには誰の姿もなく、これには3人とも困惑する。
「おい、誰もいないじゃねーか。」
「そんなはずは・・・・」
「君達、自分に何か用かね?」
その声と共にチンピラの一人の左肩になにか重いものがのしかかる感触があった。
そのチンピラが恐る恐る振り向くとそこには目的の黒髪の男ナナシがいた。
チンピラ3人はこの男が放つ異常なプレッシャーに耐えられず、身動きひとつ取れない状態でいる。
そんなチンピラの様子などお構いなしにナナシは言葉を続ける。
「どうやら君達は自分と戦いたいようだな。
兵士長とやらと戦う前のウォーミングアップに付き合ってくれるか。」
バキッ!!!
ナナシは呟くと同時にチンピラの左肩に置いていた右手に力を込める。
結果、チンピラの左鎖骨が哀れにも砕けてしまった。
「ぐぁーーーー!!!!」
「「え!!」」
「え!」
チンピラの一人は骨折の痛みで行動不能。
他の二人は余りのいきなりの出来事に困惑。
そして何故かナナシも困惑。理由は簡単、折れると思っていなかった。
やった本人であるナナシ自身が一番呆然自失となる。
その隙に我に帰ると共に逆上した残りの二人のチンピラがナナシに襲いかかる。
「テッメー!!よくもやりやがったな!!!」
「くたばれ!!クソが!!」
「え!」
この時、ナナシはまた困惑してしまう。
あまりに遅すぎる。取り敢えず横に避けるか。
そう思いながらナナシは自分ではゆっくりのつもりで横に避ける。
「消えた!どこだ。」
「横だ!くそ!なんて早さだ。」
「えっと・・・タイラント、これはどういう事だ。」
『・・・どうやらこの世界の騎士の強さはこの程度らしい。
そういえば、さっき思い出したのだが、貴様はハンターギルドで大男を気絶させていたな。
あれと同じ力加減で大丈夫なのではないか。』
「あぁ、そうか。あれは一般人向けの当身だったから失念していた。」
「何をごちゃごちゃと!もう勘弁ならねぇ!やっちまうぞ!!」
「応よ!こんだけコケにされて黙ってられっか!!」
そう叫ぶや否や、チンピラ二人は一応騎士であるにも関わらず、立場上は一般人のナナシに対して抜剣する。
これにナナシの顔つきが変わる。
「抜いたな。君達は死ぬ覚悟があるという事だな。」
「「!!」」
凍てつくほどの冷え切ったオーラを放つとチンピラ共は動かなくなる。
それを見たナナシは少しオーラを弱め、そのままゆったりとした調子でチンピラに歩み寄る。
そして
ポキッ!パキッ!
チンピラの持っていた剣をマッチ棒を折るかの様に素手で真っ二つにする。
「君達も騎士だろう。一般人相手に抜剣は頂けない。
脅しのつもりだったのだろうが、もう少し考えて行動すべきだ。
この件は上司に報告させてもらうからそのつもりでいてくれ。」
そう言い残してナナシは扉から決闘場所である訓練場に向かう。
残されたチンピラ達はと言うと
「た、助かった・・・」
「死ぬかと思った・・・俺、もうあいつとは関わらない。」
「うぅっ、痛ぇ~、肩がいて~よ~。」
彼らは呻き声を上げ、泣き言を呟き、涙と鼻水を流しながらズボンを濡らしていた。
そしてこの後彼らは社会的に死ぬ事になるのだが、今は物理的に命がある事をただただ喜んでいるのであった。
そして場所は変わって
決闘場所である騎士団の訓練場
「よぉ、ペテン師。待ちくたびれたぜ。
今から貴様の化けの皮をはがしてやる。」
「そうか、所で君は兵士長だったな。部下の躾はキチンとした方がいいぞ。」
「あぁ、何の話だ!まさか俺にいちゃもんつけようって魂胆か、あぁ!!」
「・・・そうだな、後で自分の控え室に行くといい。それで分かる。」
早速ナナシと兵士長がさっきのチンピラの事で揉めていた。
それを見かねた大臣が二人を叱責するように声を上げる。
「二人共控えろ!陛下の御膳であるぞ!
陛下、後はお任せ致します。」
「うむ、それではまずは条件の確認からだ。
今回の決闘者はフレイムと兵士長。
決闘の理由はそこにいるフレイムが潔白か否か。
フレイムが勝った場合は彼の潔白を認めると共に『結界の聖女』の護衛の候補として考慮する。
兵士長が勝った場合はフレイムは投獄とし、『結界の聖女』の護衛は兵士長の推薦した者とする。
武器の使用は可だが相手を殺してはならない。
怪我については当事者の責任とする。
以上だが、何か質問、異議、注文があれば今のうちに言うがよい。」
ダニエルが決闘の説明したのに対して、ナナシが手を上げ条件について要望を口にする。
「陛下、確認と要望がそれぞれ一つずつございます。」
「フレイム、申してみよ。」
「まず確認からです。『結界の聖女』の護衛の候補とありますが確定ではないのでしょうか。
兵士長を倒すと言う事はそれなりにアピールポイントにはなると思うのですが。」
「うむ、確かにその通りだ。
しかし決闘中に怪我をしたりすれば護衛は困難になるし、決闘の内容に納得いかなければ護衛を任せる事も出来まい。
故に候補と言う形をとっている。十分に力を示せば護衛として認めよう。」
「分かりました。次に要望ですがどうやら騎士団の綱紀が乱れているようです。
自分は先程そこでこの国の騎士と思しき3人に襲われました。
この3人への正しい処罰と騎士団の綱紀粛正を望みます。」
「・・・うむ、それに関しては事実関係が確認出来次第、勝敗に関わらず行おう。以上で良いか?」
「はい、ありがとうございます。自分からは以上です。」
「兵士長は何かないか?」
「いえ、ございません。」
「宜しい!では・・・・・始め!!」
ダニエルの合図と共に兵士長がナナシに突撃する。
兵士長が持っている武器は大型のメイス。これに殴られれば普通はひとたまりもない。
だがナナシは隙だらけの状態でまた余計な事を考えていた。
(さて、実力を示せと言われたがどうすればいいものか。
一般人に見えない攻撃をするとまたペテンだ手品だと言われる可能性がある。)
「くたばれ!!ペテン師が!!」
兵士長の強烈なメイスの一撃がナナシの頭に吸い込まれそうになったその瞬間、
ズン!!ピタッ!
ナナシの右手がメイスをあっさり掴み受け止める。
これには兵士長も驚愕するが、すぐに次の攻撃に移るべくメイスを引き戻そうとするが、
「くっそ!!ちっとも動かねえ!!どうなってんだよ!!チキショーめが!!」
「凄い!陛下、あの怪力で知られる兵士長と互角の力比べをしております。」
「あぁ、そうだな。(この騎士の目は節穴か。どう見てもフレイムの方が手を抜いている。)」
ナナシと兵士長の力比べ?に場が沸き立つ中、ダニエルだけは冷めた目でそれを見ていた。
ダニエルの目にはナナシと兵士長は力の差があり過ぎて全く勝負になっていない様に見えるからである。
いつまで経ってもメイスを引き戻せず、しかしナナシの方から動く気配がない事に痺れを切らした兵士長がメイスを捨てる。
そして
「こうなれば・・・くらえ『ロックランス』!!」
「出たー!兵士長の十八番、『ロックランス』!」
「これは流石にあのペテン師もお陀仏だろう。」
兵士長の放った岩の槍がナナシを襲うが・・・
バキッーーー!!
兵士長から奪ったメイスで蚊でも払う様に岩の槍を粉砕する。
そんなナナシは未だに思考に没頭中。
(何やら岩が飛んで来たし、周りも騒がしい。これはつまり飛び道具を出せば盛り上がるということか?)
一方、『ロックランス』を破壊されて兵士長は半狂乱となる。
「くっそ!!!『ロックランス』『ロックランス』『ロックランス』!!!」
バキッ!!バキッ!!バキッ!!
度重なるロックランスを無造作に破壊し続けるナナシを見て流石の節穴の騎士達も気づき始める。
この男はやばいと言うことに。
辺りがシーンっと静まり返る中、ナナシの思考はようやくまとまる。
(よし、ガンナーフォームは強すぎるし、一番弱い牽制技を使おう。)
「ではこちらから行くぞ、『火球』!」
『火球』
ナナシの術の中で最も威力が低く消耗が小さい為、よく牽制に使う技。
ナナシはいつも目くらましの感覚で使用している。だがそれはあくまでもナナシ基準だ。
ここは異世界で周りにはか弱い一般人しかいない。
兵士長は人の大きさほどある超巨大な火の玉を見るや恐れをなしてその場からすぐに飛び退く。
その判断は正解だった。
兵士長がいた地面には直径1mのクレーターができており、あのままその場にいたら間違いなく消し炭になっていた事を示している。
この瞬間、兵士長の心はポキッと音を立てて完全にへし折れた。
兵士長は無言で白旗を上げ、降参の意を示す。
それを見たダニエルは決闘の終了を宣言する。
「そこまで、勝者、フレイム。」
「「「・・・・・」」」
「えっと、終わりなのか。」
ナナシの圧倒的な力を見せつけられて、ここにいる者全てが呆然とする中、当のナナシだけが不完全燃焼ですっきりしない気分だった。
やっぱり戦闘になりませんでしたね。
力量に差がありすぎます。
それに気づけたダニエルは結構すごい人なのかもしれません。