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099.お兄ちゃん、碧の王子と相乗りする

 さて、それからの僕は、感謝はもちろんだが、クレッセントと仲良くなるために彼女の世話を続けた。

 早朝、登校前に馬房へと赴き、放牧場へと出ていく彼女を見送ると、馬房の掃除をする。

 そして、学校に戻って授業を受け、午後には、また牧場へと赴く。

 放牧場で彼女と合流すると、ゆっくりと手綱を引きながら馬場を散歩したりして過ごした。

 夕方になると身体を洗い、丁寧にブラッシングをし終えて、さようならをする。

 そんな日常を5日ほども続けた頃、次の休日がやってきた。


「さすがに頃合ですわね」


 今日はたっぷり1日、クレッセントと触れ合える時間がある。

 もうそろそろ、再び騎乗に挑戦してみる頃合かもしれない。

 この1週間足らずの彼女との生活の中で、すでに、僕は彼女に全幅の信頼を寄せている。

 前世における僕の最期の状況とは、もう何もかもが違う。

 それに、たとえ僕が気を失ってしまったとしても、彼女は僕の安全を必ず確保してくれるだろう。

 ……頭では、そう理解している。

 それでも、魂に刻み込まれた恐怖心が拭えないのもまた事実だった。


「とにかく、やってみないことには……ですね」


 クレッセントに鞍を装着した僕は、手綱を引いて、馬場へと移動した。

 今日はフィンもいない。

 一人と一頭だけの空間の中で、僕とクレッセントはお互いを見つめ合った。


「クレッセント、また、あなたにご迷惑をかけてしまうかもしれませんが……」


 僕がそう呟くと、彼女は、構わない、とでも言うように、穏やかな表情で鳴いた。


「行きますわ」


 左足を鐙にかける。

 だけど……。


「くっ……何で……!!」


 足が動かない。

 身体が、心が、馬の背に上がるのを拒んでいる。

 こんなにも信頼できるパートナーに乗るのを僕は怖がっている。

 なんて情けない……。


「くそっ……」


 何度もチャレンジしようとするが、その度に身体から力が抜けてしまう。

 これでも……これでもダメなのか……。

 大人しく待っていてくれるクレッセントの横で、僕はそのまま背中から土の地面へと倒れ込んだ。

 再び、諦めが心を支配しかける。

 でも、ダメだ。

 僕は誓った。

 ルイーザと、そして、このクレッセントに。

 僕は、僕らしく。トラウマなんかに負けるわけにはいかない。


「もう一度……」


 フラフラと立ち上がりかけた、その時だった。

 何かが、僕の頬を舐めた。


「えっ……?」


 何事かと横を向くと、そこには、クレッセントと同じ三日月の模様があった。


「シャムシール?」

「にゃあ♪」

「苦戦していらっしゃるようですね」

「えっ……」


 突然声を掛けられ、振り向く。

 すると、そこに立っていたのは、優雅に青髪を風になびかせた碧の国の王子の姿だった。


「エリアス様……!?」

「しばらくぶりです。セレーネ様」


 彼はゆっくりと僕へと近づくと、手を差し出した。

 そのまま彼の手を借りて、僕は立ち上がる。


「あ、ありがとうございます……。でも、エリアス様がなぜ……」

「ええ、僕は乗馬も趣味なものですから、この牧場にも度々来ているのです」


 シャムシールの背を撫でながら、エリアスは笑みを崩さず、そう言った。

 エリアスは猫に限らず、動物好きだ。

 その上、王族でもあるし、当然、乗馬の嗜みもあるのだろう。


「というのは半分嘘で、実はフィン様に頼まれてきたのですよ」

「フィンに?」

「ええ、自分は役に立てないから、姉様の手助けをして欲しいと、彼にせがまれまして」


 フィンがまさかそんなことを。

 確かに、乗馬の指導を上手くこなせないことをフィンは嘆いていた。

 もっとも、フィンの指導が悪いわけではなく、僕自身のトラウマが原因なのだが、律儀な彼はそれを自分の責任だと感じたようだ。

 我が弟ながら、なんとも責任感が強い……。


「今の様子を見させていただいたのですが、セレーネ様は、馬の背に乗るのが怖いようですね」

「は、はい……そうなのです……」


 実際のところは、前世のトラウマのせいなのだが、説明しようもない。


「ふむ」


 エリアスはおもむろにクレッセントへと近づいた。

 クレッセントは、いきなりやってきた彼に驚く様子も見せず、ただ、ジッとその顔を見つめている。


「大人しく利口な馬ですね。それに美人だ」

「馬の美醜がわかるのですか?」

「実家でもたくさん飼っていましたから」


 そう言いながら、優し気にクレッセントの首筋辺りを撫でるエリアス。

 彼の手の感触が心地よいのか、彼女は満足そうに鼻から息を吐いた。


「うん、身体つきも丈夫そうだ。これなら、大丈夫ですね」

「大丈夫……?」

「はい」


 応えるや否や、鐙に足をかけると、彼はおもむろにクレッセントの背に騎乗した。

 そして、まるで先ほど立ち上がらせてくれた時のように、僕へと手を差し出した。


「えっと、まさか……」

「ええ、相乗りと行きましょう。セレーネ様」


 馬上から僕を見下ろしながら、エリアスはまるでなんでもないような顔で、そう宣ったのだった。

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