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094.お兄ちゃん、パートナーを選ぶ

 アルビオン学園から馬車で二十分ほど。

 市街地のすぐ外に作られた牧場では、貴族や僧兵達が移動に使うための特別な馬達が飼育されている。

 有事にも騎乗されることになるこれらの馬達は、基本的によく調教されており、普段はおとなしく利口なものがほとんどなのだそうだ。

 そんな優秀な馬達の中にも、ひときわ馬体が大きく、気性の荒い一頭がいた。

 ピアノ線のように銀色に艶めく美しい芦毛から、"シルバー"と名づけられたその馬は、驚異的な馬脚を持ちながらも、その荒すぎる気性のために、牧場主も持て余しているような状態だった。

 しかし、試験のために馬を選びにやって来たルーナは、来るなり真っ先にシルバーのいる馬房へと走っていったのだそうである。


「白馬!! すっごく綺麗!!」


 子どものように目を輝かせたルーナは、そのまま他の馬を見るまでもなく、そのシルバーという馬をパートナーとすることを決めたらしい。


「最初は儂も止めとけって言ったんだけどなぁ。あの娘、どうしても聞かなくてよ」

「あはは……ルーナちゃんらしいですわね」


 表面だけなぞればルーナの無邪気なエピソードに過ぎないのだが、実際のところ、ルーナは最高ステータスの馬を引き当てたと言っていいだろう。

 あとは乗りこなせるかどうか、といったところだが……。


「でも、そんな暴れ馬にいきなり乗れるものなんでしょうか?」

「さてね。けれど、一緒にやってきた仮面をつけた不思議な兄ちゃんが、そそくさとシルバーに鞍をつけちまってよ。まあ、随分慣れてる様子だったし、あの兄ちゃんがいれば、大丈夫じゃないかね」


 ……やはり現れたか。

 暁の騎士(ナイト)。"力"の試験でルーナの手助けをした彼は、どうやら今回も万全のサポート体制のようだ。

 その上、ヒロイン補正のあるルーナは、間違いなく暴れ馬だろうが乗りこなす。

 ダメだ。正直言って、勝つビジョンがまったく浮かばない……。


「どうしたんだい。えらく気落ちして」

「い、いえ……。少し時間をいただけますか。じっくり選びたいので」

「構わんよ。ただ、こういうのはフィーリングさ。こいつだ、と思う馬が見つかったら、そいつに決めるといい」


 最後に、フワッとしたアドバイスをもらいつつ、僕は改めて馬房へと目を向けた。


「じゃあ、姉様。行こうか」

「ええ」


 フィンと共に、馬房の中にいる馬達を一頭ずつチェックしていく。

 普段から馬車で移動することも多い僕だ。

 別段、馬という生き物が嫌いだったりとか、そんなわけじゃない。

 問題は別にあって……。

 いや、とにかく今は、少しでもルーナの選んだ馬に勝てそうな馬を見つけないと。


「うーん、どれが良い馬だとか、ちょっと僕にはわからないな……」


 一応は、父との乗馬経験のあるフィン。

 だが、彼をして、馬の良し悪しというのはあまりよくわからないらしい。

 おじさんは、こういうのはフィーリングだと言ったが、こうやって一頭一頭見ていっても、何か心にピンと来るような感覚はまるでない。

 そもそもどの馬もほとんど同じようにしか見えない。

 せめて、走っている姿とかが見られれば、別なのかもしれないけど……。

 焦る気持ちとは裏腹に、馬房の端から端まで歩き切った僕は、フィンと顔を見合わせた。


「姉様、どうです?」

「しょ、正直……その、あまりピンと来なくて……」


 言葉を濁す僕に、フィンも、うーんと唸る。

 もう一度見てみよう、ということで、来た通路を戻りながら再び馬達を眺めていくが、結局それも何も感じることがないままにスタート地点まで戻ってしまった。


「おっ、どうだい? ビビッと来る馬はいたかい?」

「いえ、その……」

「その様子じゃ、見つからなかったようだね」


 ふむ、とおじさんは口へと手を当てる。


「あ、あの、この馬房にいる馬で全部なのでしょうか?」

「放牧に出してる馬もいるが、そっちも見てみるかい?」

「は、はい、是非お願いします……」


 そんなわけで、おじさんに連れられた僕らは、近くの草原へと足を運んだ。

 ぐるりと柵で大きく囲まれたその中では、三十頭ほどの馬達が自由気ままに過ごしていた。

 馬体からすると、半分近くはまだ子どもと言える歳だろう。


「今、放牧に出してるのは、こいつらでほぼ全部だな」

「そうですか……」


 眺めていると、元気なのは子どもばかりで、大人と思しき馬体の馬はどれも大人しそうな馬ばかりだ。

 でも、そんな中で一頭だけ、仔馬と同じくらい元気に動き回っている馬がいた。

 いや、違う。

 その馬は、仔馬達の遊び相手をしてあげているのだ。

 たてがみを軽く毛づくろいするようにはんであげたり、一緒に追いかけっこをしてみたり。

 随分面倒見が良いようで、仔馬達もその馬に構ってもらえるのが、なんだか嬉しいようにも見える。


「あれは、お母さん馬ですの?」

「ああ、あの牝馬かい。人間で言うと"お姉さん"ってところだな。まだ若い馬なんだが、まるで母親みたいに仔馬達のお守りをしてくれるんだよ」

「へぇ……」


 その時だった。

 子ども達と遊んでいたその馬が、突然こちらへとゆっくり駆けてきた。


「えっ、えっ……」


 柵越しに僕の眼前までやってきたその馬は、キラキラとした目で、僕の方をじっと見つめている。

 茶褐色の毛並みをしたスタイルの良い馬で、顔立ちも、なんとなくだけど美少女感がある。

 額にある三日月形の斑点はシャムシールにも似ているが、上に向かって欠けている彼と違って、横向きに欠けているのが特徴的だった。


「こいつは驚いた。どうやらお嬢ちゃんに興味があるらしいな」

「そ、そうなんですの?」


 何かするでもなく、ジッとこちらを見つめているお馬さん。

 それは、まるで、あちらから僕を選んでくれているようでもあった。


「触ってみな。お嬢ちゃん」

「は、はい……」


 おそるおそる手を差し出すと、僕はその三日月の模様あたりをゆっくりと撫でる。

 すると、その馬は、気持ちよさそうに目を細めた。


「……決めましたわ。私、この子がいいです」


 そう宣言すると、おじさんも「それがいい」と笑った。


「優しい性格の美人だ。きっと、お嬢ちゃんとも仲良くやれるさ」


 おじさんの言葉を聞きながら、僕は何度も彼女の頭を撫でる。

 とても賢そうな馬だ。

 この馬なら、もしかして……。

 こうして、"心"の試験に向けた、僕のパートナーが決まったのだった。

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