092.お兄ちゃん、学園へと帰る
さて、楽しい夏休みは瞬く間に過ぎた。
公爵家にいる間、ルイーザとルーナ、そして、ミアと一緒に僕はとにかく遊びまくった。
海辺に海水浴にも行ったし、高原にピクニックなんかにも出かけた。
ルイーザの寮から大量に送られてきた南国のフルーツを使って、みんなでスイーツを作ったりなんかもしたな。
ミアは終始楽しそうで、そんな姿を見ているだけでも、帰ってきた甲斐があったなと思う。
だけど、いつまでもそんな休息が続くわけもなく、僕らはいよいよ公爵家を発ち、学園へと向かおうとしていた。
「うぅ、セレーネお姉様……」
僕の腰には、ミアがべったりと張り付いている。
朝、起きた瞬間からこの調子だ。
以前から僕の事を慕ってくれていたミアだったが、父への感情を伝えられた事で、家族間の距離がさらに縮まったようだ。
おかげで、今まではわずかばかり躊躇があったようなこんな行為も、すんなりと行えるようになっていた。
そんな可愛らしい妹の頭を僕は優しく撫でる。
「ミア、顔を上げて下さいまし。最後にあなたの可愛い顔が見たいですわ」
「お姉様ぁ……」
顔を上げたミアはガン泣きしていた。
こんだけクシャクシャな顔なのに、ちゃんと美少女してる辺り、改めてこの世界の顔面偏差値高すぎなんだよなぁ。
「そんなに泣かないで下さい。半年後には、先輩、後輩として学園でも一緒にいられるじゃないですか」
「そ、そうでした……!!」
ミアは僕の腰から離れると、ハンカチで涙を拭った。
「半年後、ちゃんと学園に入学できるよう。私、頑張ります……!!」
涙で紅潮した頬のまま、むんと拳を握るミア。
夏休みを一緒に過ごした彼女の身体は、以前とは比較にならないほど健康体になっていた。
このままリハビリが進み、余剰魔力のコントロールも完璧になれば、おそらく学園への入学も問題なく許可される事だろう。
「ええ、ミアと同じ学び舎で学べることを楽しみにしていますわ」
そう伝えると、ミアは寂しさとこれからの決意と両方の感情が入り混じった、複雑な表情をしていた。
と、その時だった。
「ぴぽ」
「あっ……」
僕が腰に提げていた竹筒から、モグラが顔を出した。
「あら、モグラちゃん」
「ぴぽ」
モグラは、するすると竹筒から飛び出すと、ミアの肩へと飛び乗った。
そうして、そのまま彼女の髪をハグハグとはみはじめた。
「あらあら」
「またですの……」
実は、モグラがこんな行動を取ることは、この家に帰って来てから度々あった。
どうやら、僕の浄化の影響で半ば精霊と化しているこいつにとって、ミアが発する余剰魔力というのは大変な美味であるらしく、時折出てきては、彼女の髪の毛をああやってモフモフしつつ、魔力を食べているようなのだ。
ある意味、余剰魔力を処理してくれる行為ではあるのだが、さすがに女の子の髪の毛をはむはむするのはいただけない。
「女の子の髪をそんなふうにはんではいけませんわよ」
「ふふっ、構いませんよ、お姉様。それに、なんだかこの子に魔力を吸ってもらうと、身体が少しすっきりするのです」
そう言って、実際に気持ちよさそうに目を細めるミア。
そんな光景を見て、ふと、僕の口が自然と開いた。
「ミアがそう言うのでしたら、モグラを残して行きましょうか」
「えっ?」
「ぴぽ!」
驚いた表情を浮かべるミアに対して、モグラの方は言葉の意味を理解したのか、嬉しそうに声を上げた。
「その子も喜んでいるようですし、ミアが良ければ、ですけれど」
「えっと……この子がいてくれるなら、私も嬉しいです!」
パァと顔をほころばせるミア。
僕らが帰ってしまえば、ミアは多くの時間をこの屋敷で一人で過ごすことになる。
父とは随分親しくなったが、忙しい立場の父は、それほどミアと長い時間を過ごすことはできないだろう。
そんな中で、ペットともいうべき、このモグラがいれば、少しは寂しさを感じずに済むかもしれない。
住処としている竹筒をミアの手に握らせると、僕は微笑む。
「では、モグラはミアにお任せします。あっ、ついでなので、名前をつけて下さっても構いませんわよ」
「ええっ!? そんな、いきなり……」
ずっとモグラと呼んできたが、こうやって改めてペットになるというのなら、呼び名も必要だろう。
数十秒ほど、唸りながら熟考したミアは、モグラのつぶらな瞳をマジマジと見つめながら、こう言った。
「もぐぴー……なんてダメでしょうか」
「ふふっ、可愛らしい名前ですね。良いと思いますわよ」
そう伝えると、ミアは満面の笑みを浮かべながら、モグラ、改め、もぐぴーを抱きしめた。
「もぐぴー!! あなたの名前は今日から、もぐぴーですわ!!」
もぐぴーを抱いたまま、くるくると回るミア。
ずっと庇護される側ばかりだった彼女にとって、もぐぴーはもしかしたら、初めて自分が庇護する対象になるのかもしれない。
そう考えると、この小さなモグラが傍にいてくれることは、彼女にとってとても意味のあることだと、僕は思い始めていた。
「では、ミア。もぐぴーを宜しくお願いしますわね」
「はい、セレーネお姉様!!」
さて、随分話し込んでしまったが、いよいよ本当に別れの時だ。
ミアとともに、多くの使用人、そして、父が見守る中、私達の馬車が駆け出していく。
「セレーネお姉様!! フィン兄様!! 絶対、絶対、私は、学園に入学してみせますから!!」
「ええ!! その時を、心待ちにしていますわ!!」
首を垂れ続ける使用人達、そして、父の傍らで、いつまでも手を振り続けるミアに向かって、私達もまた、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「次に会えるのは、半年後だね」
「ええ」
フィンの言葉に、僕は穏やかな表情で首を縦に振った。
楽しい夏休みが終わる。
学園に戻ったら、また、日常が戻って来るだろう。
そうしたら、聖女試験も……。
「あっ……」
その時、僕の額から、冷や汗がタラリと流れた。
しまった。
楽しすぎてすっかり忘れてた。
僕、この夏。
聖女試験対策、何もしてない……!!
次話から再び聖女試験が始まります。
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