091.お兄ちゃん、家族の温かさを感じる
「これは……」
ミアからもらったプレゼントをゆっくりと顔の高さまで掲げた父。
それは、いつもフィンが作っているのによく似た人形だった。
でも、僕を模したそれとは違い、ミアのそれは、父であるヒルト・ファンネル公爵を模したものだった。
普段公務の時に着ている黒い外套を羽織った姿を元にデフォルメされたその人形は、フィンがいつも作っているものに比べると、少し不格好ではあるが、遠目にもわかるほどに、ひと針ひと針丁寧に仕上げられていた。
「ミア、君が作ってくれたのかい?」
「は、はい……。そ、その……こ、こんなものしかご用意できず、申し訳ありません!!」
「何を言う。こんなに素敵なプレゼントはないよ」
父は、自分を模したその人形をマジマジと眺めると、とても嬉しそうに笑った。
「ミアのやつ、とても頑張ったんですよ。何度も針で指を刺したりしながらも、最後まで一人でやり遂げました」
「ちょっ、お兄様!!」
「凄いな。自分一人の力でこれを作ったのか?」
「は、はい……。お兄様に教えてもらいながら、その……がんばりました」
ミアの言葉を噛み締めるように、改めてその人形を眺めた父は、ゆっくりとそれを抱きしめた。
「ありがとう。お前達は、本当に最高の息子、娘だよ」
父のその言葉を聞いて、ミアの顔がようやく安心したかのようにほころんだ。
と、そんなミアの両肩に、僕とフィンはポンと手をかける。
「お姉様、お兄様……」
左右を振り返ったミアは、僕とフィンが何を言おうとしているのかわかったのだろう。
不安そうな顔を向けるミア。
でも、大丈夫。
父は、きっと彼女をしっかりと受け止めてくれる。
力強く頷いてやると、ミアは未だ不安げな表情ながらも、微笑む父へと視線を向ける。
父の方も、そんな態度に何かを感じ取ったのか、もらった人形を自身の膝に乗せつつも、彼女の事を真っすぐに見据えた。
「あの、ヒルト・ファンネル公爵様」
「なんだい、ミア」
「その……この機会に、公爵様に改めてお伝えしたいことがあります」
胸に手を当て、ミアはゆっくりと語り出す。
「私は公爵様に本当に感謝しています。本当なら、お姉様へと危害を加えた罪で、それこそ命を取られてもおかしくありませんでした。それなのに、お姉様も公爵様もこんな私を許し、家族として受け入れて下さいました。その上、病気の治療にまで親身になって下さり、そのおかげで、ずっと叶わなかった街に行くことさえもできるようになりました。言葉では伝えられないくらい、本当に、本当に、私は公爵様に感謝しています」
彼女の真摯な言葉を、父は真剣な表情で聞いている。
「でも、だからこそ、私はずっと公爵様に対する後ろめたさがありました。してもらうばかりで、何も返せていない自分が、本当にここにいてもよいのか、と何度も考えました。けれど、そんな私の考えこそ、公爵様が望むものではないのだと、お姉様もお兄様も教えてくださいました。そして、今、私のプレゼントを笑顔で受け取って下さった公爵様を拝見して、それは本当の事だと私は確信することができました。だから、その……」
わずかばかりの戸惑いを浮かべつつも、ミアは頬を赤らめながら、最後の言葉を伝える。
「……"お父様"。そうお呼びさせていただいても、構わないでしょうか……?」
語尾になるほど、それはもう消え入りそうな声だった。
それでも彼女は伝えた。
後ろめたさから消えることのなかった心の壁を、今、取り払おうと一歩踏み出したのだ。
ミアの気持ちを聞いた父は笑みを浮かべながらも、ふん、と鼻で笑った。
その態度に、一瞬ミアの顔が不安に染まる。
「その……あの……公爵様がご不快だったら、その……」
「不快なわけない」
ゆっくりと立ち上がった父は、不安げな顔を浮かべるミアを優しく抱きしめた。
「あっ……」
「お前はもう私の娘だ。どう呼ぼうがお前の自由。そして、父と呼んでもらえることを、私はこれ以上なく嬉しく思うよ」
その言葉を聞いて、ミアはほんのわずかに目を見開いたかと思うと、その後、なんだか泣きそうな顔をした。
「ありがとうございます……。お、お父様……!」
「ああ、これからも、ずっとそう呼んでくれ。ミア」
優しく抱きしめ合う父とミア。
そんな姿をルーナとルイーザも、目に涙を浮かべながら見守っていた。
「さあさ、せっかくの料理が冷めてしまいますわ」
こうして、改めて誕生日パーティーがスタートした。
家族と娘の友人、そして、アニエスを含めた一部の使用人達。
みんなに慕われる父の誕生日に、誰もが幸福感を感じていた。
そして、宴もたけなわになった頃。
「ふふっ、本当に伝えられて良かったですわね。ミア」
「は、はい。お姉様に背中を押していただいたおかげです」
「あれ、僕は……?」
見事にスルーされたフィンの焦った態度を見て、僕とミアは顔を突き合わして笑い合う。
「そうそう。ミア。せっかくお父様と呼べたことですし、この勢いのまま……」
「えっ、お、お姉様!? それは、さすがに……」
「大丈夫ですわ。私が保証致します」
「お、お姉様が、そこまでおっしゃるなら……」
僕からの提案に、一瞬躊躇したミアだったが、パーティーの浮かれた雰囲気も相まってか、素直に父の前へと進み出た。
「ん、どうしたんだい、ミア?」
「えーと、その……」
わずかばかりしどろもどろとしたミアだったが、すぐに胸の前で両の手を組むと、全力で笑顔を作った。
「改めて、おめでとうございます。パ……"パパ"」
ズキューン!!
そんな音が聞こえた気さえした。
わずかに首を傾げつつ、朗らかな笑顔で"パパ"と呼んだミア。
恥ずかしさから頬を紅潮させたその姿は、世のロリコンどもなら、一撃で葬り去れるほどの威力を秘めていた。
そして、それを真正面から受けた父は、案の定固まっていた。
「撃ち抜かれましたわね」
ふっ、とドヤ顔でつぶやく僕。
昔から、"パパ"と呼ばれることに憧れがあったであろう父だ。
こんなに可愛い娘に、全力の笑顔でそう呼ばれたならば、落ちないはずがない。
フリーズした父を前に、若干オロオロし始めたミアだったが、次の瞬間、父がガバッと立ち上がった。
そして、ミアの細い身体を抱き上げる。
「え、えっ……!?」
「ミア!! 何か、欲しいものはないかい? どんなものでも、この"パパ"が買ってあげよう!!」
「い、いえ、私は別に……」
「いいんだよ。だって、私はお前の"パパ"なんだから!! アニエス、御者を手配してくれ!!」
「旦那様、今日はもう遅いので店は閉まっています」
パパと呼ばれてテンションの振り切れた父の奇行を眺めつつ、僕らが学園に戻ってからも、きっと2人は楽しくやっていけるだろう、と確信するのだった。
ちなみに、後日、父の部屋の掃除を担当する侍女から聞いたところによると、ミアから贈られたファンネル公爵人形は、フィンがこれまで作ってきた数々のセレーネ人形に囲まれて、ハーレム状態で部屋に飾られているらしい。うーん、もはや、僕からは何も言うまい。
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