090.お兄ちゃん、父の誕生日を祝う
真っ暗な部屋に、じんわりと染み入るように揺れる炎。
幾本のローソクの先にゆらめくそれが吹き消されたと同時に、部屋の中に拍手が溢れた。
『お誕生日おめでとうございます!!』
ルーナやルイーザも含めたみんなが口々にお祝いの言葉を述べる最中、魔力灯の灯りが部屋に灯る。
ようやく明るくなった視界の先では、朗らかに笑顔を浮かべる僕の父、ヒルト・ファンネル公爵の姿があった。
今日は、父の33歳の誕生日。
家族と一部の使用人だけに囲まれた部屋の中には、幸福な空気が溢れていた。
「こういう祝われ方をするのは年甲斐もないように感じる気持ちもあったが……。いくつになっても嬉しいものだな」
わずかに照れた表情の父。
こんな表情を見せるのは、一年の中でも誕生日を除けば他にない。
「本当におめでとうございますわ!! ファンネル公爵様!!」
「お、おめでとうございます!!」
娘の友達の若い女の子から祝われて、さすがの父もなんだか恥ずかし気だ。
謝辞を述べるその姿は、公爵然とした公務中の姿とはまるで別人のようにも見える。
そうしているうちに、使用人たちが料理を運んできた。
まるで、社交パーティーかと思われるような豪華な料理が食卓へと並ぶ。
そんな食卓の中、父のすぐ手前に、あまり似つかわしくないような、ひときわ素朴な木製のお椀が置かれた。
「これは……」
その中身を確認した父が目を見開く。
椀の中にあったのは、僕らが今日1日をかけて作り上げた渾身の料理。
生前の母が、度々父に振舞っていたという、あの料理だ。
虹色の魚で出汁を取ったそのスープは、魔力灯の灯りを反射しながら、シャボンのように艶めいている。
「父様、これが私からのプレゼントですの」
「な、なんと、これをセレーネが……?」
「ルイーザさんやルーナちゃんも手伝ってくれましたのよ」
私の言葉に反応するように、2人は少し緊張した面持ちで頷いた。
父はわずかに呆然とした表情でしばらく椀の中身を眺めた後、ゆっくりと僕へと視線を向ける。
そんな父に僕は、黙ってただただ頷いた。
少しだけおそるおそるといった動作で、スプーンを手に取る父。
そして、その艶めくスープをひとすくいすると、ゆっくりと口へと運んだ。
「…………あっ」
それがどんな感情だったのか、僕にはわかりようもない。
ただ、その後、父は椀を空にするまで、黙々とスプーンを動かし続けた。
スープだけではなく、肉や野菜などの具材も目を閉じながら味わうように咀嚼する。
全てを食べ終えると、父はゆっくりと天を仰いだ。
「また、この料理が食べれるとは思ってもみなかった」
懐かしむように目を細めたその瞳は、わずかばかり潤んでいるようにも見えた。
「……レシピが残っていたのか?」
「はい、私になら、と料理長が譲ってくれましたの」
「そうか」
鼻から息を吐くようにして、わずかに微笑んだ父。
そうして、彼は僕らへと向き直った。
「ありがとう、セレーネ。お前のおかげで、彼女と過ごした大切な時間を思い出すことができたよ」
「喜んでいただけたなら、私も嬉しいですわ」
父の満足げな表情を見ていると、僕もなんだか満ち足りた気持ちになってくる。
母がいなくなってからも、父は僕の前では決して弱いところを見せなかった。
それどころか、母がいないことを少しでも感じさせないようにと、あらゆる面で僕に不自由をさせないようにいつも心を砕いてくれた。
それは本来のゲームの世界では、娘の自尊心を増長させてしまう、行き過ぎたものだったのかもしれない。
だからといって、やっぱり僕は、そんな父なりの愛情表現に感謝こそすれ、咎める気持ちなどありようもなかった。
ありったけの感謝を込めて笑顔を向けると、父はなんだか少しボーっとしたように僕の顔を見つめていた。
もしかしたら、最近随分と大人びてきた僕の顔に、母のそれを重ねたのかもしれない。
「どうかしました。父様?」
「……いや、自分は本当に幸せ者だと思ってな」
もはや潤んだ瞳を隠そうともせず、父はわずかばかり目元を指でなぞった。
「そうですわね。父様は、国一番の幸せ者ですわ。だって、プレゼントをくれる子どもがまだ2人もいるんですから」
「えっ……」
視線で促すと、一歩前に出てきたのはフィンだ。
そして、その傍らには、緊張した面持ちのミアも控えている。
「フィン、ミア……」
「父様。僕らからもプレゼントを贈らせていただけますか?」
「ああ、もちろんだ」
そう確認を取ったフィンは、ミアに一歩前に出るように促した。
一度大きく瞬きをしたミアは、フィンに向かって頷くと、おそるおそる父の眼前へと踏み出した。
「ファンネル公爵様。その……あの……」
話し始めたミアだったが、すぐに助けを求めるようにフィンへと視線を送る。
しかし、フィンは優しい笑顔を浮かべつつも、首を横に振った。
覚悟を決めたように、再びミアは、父へと向き直る。
「プレゼント……ご用意したのですが、その、あまり上手にできなかったというか……そもそも、こんなものを公爵様が喜んで下さるか……」
あっちへこっちへ映る視線。
しどろもどろと要領を得ないそんなミアの手には、綺麗に包装されたプレゼントが握られている。
「ミア、どんなものでも、君が用意してくれたものなら、私は嬉しいよ」
「公爵様……」
家族だけに向ける優し気な口調でそう伝える父。
それを聞いたミアは、意を決したように、手に持ったプレゼント袋を父へと差し出した。
丁寧な所作でそれを受け取った父が「開けていいかい?」と問うと、ミアはコクコクと頷いた。
包装用紙が破れぬように、ゆっくりと愛おしむように開いていく父。
そして、その中から出てきたプレゼントを父はゆっくりと掲げた。
「これは……」
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