089.お兄ちゃん、虹色の魚を捕まえる
「す、凄い数になりましたね……」
「え、ええ……」
3つ用意していた大きめのバケツ。
その中には、いつの間にか、びっしりと大量の魚達が蠢いていた。
ほとんどは最初に釣ったアジのような魚と同じ種類のものだが、他にもカワハギのようなやつや小さなタイのようなやつもいる。
素人の僕らでもこれだけ釣れるあたり、如何にここが入れ食いスポットかわかるな。
だが、これだけ釣っても、母親が魚介スープの出汁に使っていたという魚は未だ釣れていなかった。
「うーん、避暑の最中、母がよく釣りをしていたのはここのはずなんですけれど……」
古参の使用人たちの話では、夏場になるとよくこの砂浜まで涼を取りに来ていた母は、この岩場で度々竿を降ろしていたらしい。
そして、母が竿を降ろすと、決まってそのレシピに載っている虹色の魚が釣れたのだそうだ。
「虹色の魚……うーん、そんな魚でしたら、目視でもわかりそうなものですけど」
透き通った水に穏やかな波。確かに、こうやって岩場の上から見ているだけでも、多くの魚の姿が見て取れる。
でも、その中に、そんな目立つ魚の姿は見えない。
「少しだけ場所を変えてみましょうか」
「わかりました!」
僕の提案で、その場を移動しようとしたその時だった。
「あっ!?」
岩場のぬめりに足を取られたルーナが、大きくしりもちをついた。
「大丈夫ですの!?」
慌てて駆け寄ると、ルーナは打ち付けたお尻をさすりつつも、笑顔を向けた。
「大丈夫です。少しドジっちゃいました」
「もう、気をつけてくださいまし」
そう言って、立ち上がるのに手を貸した時だった。
足を踏ん張ったルーナが、痛みに眉を潜める。
「あ、つぅ……」
「ルーナちゃん、もしかして、足を挫きました?」
「そ、そうみたいです……」
どうやら、こけた際に右の足首をぐねっていたらしい。
このままでは歩けそうもないし、仕方ない。
「ラー♪」
白の魔力を解放した僕はルーナの足を包むように、癒しの力を向ける。
すると、にわかにルーナの額の脂汗が引いてきた。
「セレーネ様。もう大丈夫そうです!!」
「そう、良かったですわ」
確かめるように、自身の足で地面を2,3度踏むルーナ。
どうやら、バッチリ回復できたようだ。
「さて、じゃあ、改めて移動を……」
「ま、待ってくださいませ!! セレーネ様!!」
声を上げたのはルイーザだ。
彼女は、慌てた様子で海の一点を指差している。
その先に視線を移した僕とルーナは見た。
ほんの一瞬、巻き上がった水しぶきとともに、水の上へと飛び出した虹色の魚の姿を。
「あ、あれは……!!」
「間違いありませんわ!! あれがきっと!!」
「こ、これまでまったく姿を見せませんでしたのに……」
ルイーザの疑問の声に、僕はハッとする。
僕らの前になかなか姿を現さなかった虹色の魚。
でも、母が竿を降ろすと、いつも簡単に捕まえられたという。
時期や時間帯の差ではないとするならば、あるいは……。
「セ、セレーネ様……?」
僕は再び岩場に座ると、黙って竿を降ろす。
見た目ではやっていることはさっきとまったく同じ。
でも、僕は先ほどまでとは違い、"竿に自身の魔力を込める"。
母は、ミアと同じ病気に侵されていた。
常に魔力が膨れ上がり続けるというその病気の影響で、母が触ったものにも魔力が宿ってしまっていても不思議ではない。
そして、そんな母の魔力に、その魚が寄って来ていたのだとすれば……。
「…………来た!!」
ズシリとした手ごたえ。
それを感じると同時に、僕は力いっぱい竿を引き上げた。
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬっ!!!?」
なんだこれ、重すぎる……!!
「セ、セレーネ様!!」
「わ、私達も!!」
慌てて、ルーナとルイーザが僕の腰へと手を回す。
3人分の体重で、なんとか岩場に踏ん張るが、それでも、なかなか虹色の魚は上がってこない。凄い力だ。
「こ、こんな時は……!!」
僕は、自分の中の魔力を意識的に白から紅へと切り替える。
瞬間、全身に力が満ち満ちた。
強化された腕力をもって、僕は今度こそ竿を引き上げにかかる。
「ふんぬらばぁ!!」
がむしゃらに振り上げた竿。
糸でつながったその先には、一抱えはある巨大な虹色の魚が宙を舞っていた。
大きく弧を描いたそれは岩場の奥へと落ちていく。
「やりましたわ!! って、あっ!?」
竿を振り上げた反動で、逆に前へとたたらを踏んだ僕。
それにつられて、僕を支えていた2人も……。
バシャーン!!!
「水着を着ていて良かったですね。セレーネ様」
「ええ、そうですわね」
もつれるように海に落ちた僕らは、すぐに岸に上がると、髪の毛をぶるりと振るった。
「あーん、私の髪の毛がぁ……」
自慢のドリルヘアーがすっかりぺったりしてしまったルイーザは涙目だ。
そんな彼女に心の中でごめんなさいしつつも、僕は岸へと打ち上げられた一抱えほどもある魚へと目を向ける。
思ったよりも随分大きいが、間違いない。これこそ、母が料理に使っていたという虹色の魚だ。
大方、母がいなくなったことで長い間釣られることもなかった結果、こんなに大きく成長した個体が主のようになっていたのだろう。
僕が魔力を解放したタイミングで姿を見せたことと母の持病から、この魚が魔力に反応するのではないかと類推したわけだが、どうやらそれは当たっていたようだ。
「さて、材料も手に入りましたし、あとは料理を作るだけですわ!」
未だにぴちぴちと元気に身体を震わせる虹色の魚を眺めながら、僕は父の喜ぶ姿を頭の中に想像するのだった。
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