088.お兄ちゃん、釣りをする
「公爵様の誕生日……ですか?」
「ええ、そうですわ」
屋敷の自室へとルイーザとルーナを呼び出した僕は、2人にそう切り出した。
「明日は私の父、ヒルト・ファンネル公爵の33歳の誕生日なのです。お二人にも是非、私と一緒に父を祝っていただければと思いまして」
「うわぁ、素敵です!! 誕生日パーティーだなんて!!」
「こ、公爵様の誕生日パーティーというと、たくさんの人を招いて、大々的に行うのでしょうか……?」
「まさか。家族や使用人達だけの慎ましいものですわ」
仕事関係のパーティーならいざ知らず、自身の誕生日くらいは、家族とプライベートで過ごしたいというのが父の考えだしね。
僕やフィンの誕生日もそうだったし。
「でも、それでは、かえってご家族だけのパーティーに水を差してしまうのでは……」
「そんなことありませんわ。娘の友達に祝われるのは、父としても嬉しいことだと思います」
「と、友達……!」
またも"友達"という言葉に反応したルイーザが、鼻息も荒く手を挙げた。
「セレーネ様!! 私、精一杯、公爵様のお誕生日を祝わせていただきますわ!!」
「私もです!!」
「ありがとう。2人とも」
と、元気に挙手したルイーザだったが、たちまちその顔が曇る。
「あっ、でも私達、何もプレゼントを用意しておりませんわ……」
「それなら、大丈夫ですわ。私、父に手料理をプレゼントしようと思っているのです。それに、お二人もご協力いただければ」
「な、なるほど……!」
つまるところ、3人で1つのプレゼントを用意するということ。
僕がしたいプレゼントは、それなりに手のかかる料理だし、2人の力は是非借りたいところだ。
「わかりましたわ! 全力でお手伝いさせていただきます!!」
「私も!!」
「ええ、頼りにしていますわ」
こうして、父の誕生日パーティーに向けての準備が始まった。
僕が今回作ろうとしている料理は、母親が生前父によく振舞っていたものだ。
母が亡くなったのは本当に僕が幼い頃だったので、その料理を食べた記憶は僕自身にはない。
けれど、当時から屋敷に仕えてくれている料理長が、母の料理のレシピを再現したものを用意してくれたのだ。
何かプレゼントできるものはないかと考えていた時に、使用人達に相談してみて本当に良かった。
「それがこれから作る料理のレシピですの?」
僕が右手に持つ羊皮紙にルイーザも視線を向ける。
「ええ。このレシピに沿って作れば、父の思い出の味が作れるはずですわ」
さて、そうと決まれば。
「お二人とも、まずは材料を集めますわよ」
これから作る父の思い出の料理は、魚介スープに様々な肉や野菜を入れたポトフのような料理だ。
前世で言うところの肉じゃがのような家庭の味。
先日バザールに行った時に、実はほとんどの材料に関しては購入していたのだが、市場では調達できないものがあって、それだけは後回しにしていた。
それは虹色の魚と呼ばれる海水魚。
母は魚介スープのメインの出汁として、自身で釣った虹色の魚を利用していたらしい。
見たことも聞いたこともない魚だったが、それが獲れる場所については、料理長から教えてもらっている。
「というわけで、ここが釣りスポットですわ」
釣具片手にやってきたのは、夏になると毎年やってくるあの砂浜だった。
かつてアミールとも出会ったここは、ファンネル領の中でも知る人ぞ知る美麗スポットであると同時に、多くの魚たちが集まる入れ食いスポットでもある。
「あの、セレーネ様。その……なんで私達、水着なんでしょうか?」
ひらひらとした真っ赤なパレオを揺らしたルイーザが僕に向かって問い掛ける。
その隣には、同じく髪色に近い、ビタミンオレンジのワンピース水着を着用したルーナの姿もある。
うんうん、二人ともよく似合ってる。見繕った僕のセンスは間違いではなかったな。
「もしかしたら、海に落ちてしまったりとか、そういうトラブルもないとは言い切れませんからね。一応です。一応」
「なるほど。さすがの用心深さです、セレーネ様」
素直に納得したらしいルイーザ。
ちなみに僕自身も、髪色に合わせた牡丹色の水着を着ている。
2人の水着を見繕っていた時に、アニエスがシレっと僕の分も用意してくれていたのだが、彼女の見立てだけあって、結構似合っているんじゃないかと思う。
スマホがあったら、前世の妹みたいに自撮りしてただろうなぁ。
とそんな事を考えながらも、2人を引き連れ、僕は入り江の岩場辺りまで歩を進めた。
この辺りなら、竿を垂らすにもちょうど良いだろう。
さすがに、アニエスのように素潜りで獲るというのも僕らには無理だし。
「では、さっそく始めるとしましょう」
実は少しだけワクワクしていた。
釣りなんて前世以来だが、果たして上手くいくかどうか。
一定の距離を取ると、僕らは岩場の安定した場所に座って、竿を降ろした。
すると、1分もしないうちにさっそく手ごたえが……。
「そこですわ!!」
タイミングを合わせるように竿を上げると、針にはしっかりと魚が食いついている。
前世でよく食べたアジのような見た目の魚で、食卓でも見たことがある。
目的の魚ではないが、この魚も他の料理に使えるだろう。
「うわぁ、凄いです!! セレーネ様!!」
手放しに誉めてくれたルーナにドヤ顔を向ける。
すると、その隣で竿を降ろしていたルイーザが身動ぎした。
「セ、セレーネ様っ!! こ、こっちにも!!」
「落ち着いて下さい、ルイーザさん! そのまま引き上げるのです!!」
「わ、わかりました!!」
焦りつつも、ふぅと一度深呼吸したルイーザは、一気に竿を引き上げる。
すると、その先には、僕が釣ったのと同じ魚がかかっていた。大きさも僕のより一回りほど大きい。
「ルイーザさん!! グッジョブですわ!!」
「わ、わ、こ、これ、どうしたら……!!」
「ルイーザちゃん、このバケツに!!」
ルーナが持って来た水を張ったバケツに釣った魚を入れると、ルイーザはようやく、ふぅと息を吐いた。
「……ちょっと楽しいかもしれないですわ」
おっ、どうやら、ハマったようだな、ルイーザ殿。
「さて、じゃあ、この調子でバンバン釣るとしましょう!」
こうして、僕らの朝釣りは日が高くなる時間まで延々と続いたのだった。
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