087.お兄ちゃん、妹に救われる
「何をしてるのですか!!」
「えっ!?」
突然かけられた声に、僕はびくりと身を震わせると、慌ててアミールから距離を取る。
やってきたのは、ミアだ。
彼女は、トテトテと駆けてくると、アミールから僕を遠ざけるように僕の身を抱いた。
そして、アミールをキッと睨みつける。
「わ、私のお姉様に、何を……!!」
「ちっ、タイミングが悪いぜ。まったく……」
ボリボリと不機嫌そうに頭を掻いた彼は、ゆっくりと僕らへと背を向けた。
「お嬢様、俺の気持ちはわかってもらえただろ? 学園が始まったら、また迎えに行く。それまでは良い子にしてな」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……!!」
憤るミアを無視するように、彼はキザッたらしく背中越しに指を振ると、そのまま劇場の方へと歩き去っていった。
「あ、姉様。よかった。なかなか戻らないから、そろそろ探しに行こうかと思ってたよ」
劇場のテーブル席まで戻ると、少しだけ心配そうな顔をしたフィンが出迎えてくれた。
「え、ええ、すみません。心配をかけて……」
「どうかしたの、なんだか顔が赤いけど?」
「べ、別に何でもありませんわ」
慌てて頬を隠すように顔を背けると、視線がミアと合った。
彼女は、そんな僕の様子を見て、むぅと不機嫌そうな顔を浮かべている。
どうやら、僕を連れ出し、あまつさえ唇を奪おうとしたアミールに対して、相当嫌悪感を抱いているらしい。
いや、でも、あれ、本当にキスしようとしていたんだろうか。
2年前だって、結局は僕の勘違いだったし、今回だって……。
いや、やめだ、やめだ。考えたらドツボにハマりそうだ。
「お嬢様方、劇場でのアフターは楽しめたかい?」
そんな中、シレっと現れたのは当の本人、アミールだった。
彼の姿が見えた途端に、まるで渡すものかといったように、ミアが僕の腕をギュッと抱きしめる。
「とっても楽しかったです!! アミール様!!」
「ええ、最初は戸惑いましたが、貴重な経験をさせていただきましたわ」
「そうか。そりゃ、良かった」
無邪気に言葉を返すルーナとルイーザ。
そんなやりとりを見ていると、横からフィンが声をかけてきた。
「姉様、そろそろ……」
どうやら、父と合流する予定の時間が近づいてきているらしい。
「あの、アミール様。私達、そろそろ……」
「ああ、時間か。着替えはさっきの部屋を使ってくれ」
「は、はい……」
なんだか、直接アミールの顔を見ることもできず、僕はルーナ達の後ろに着くようにして、足早にその場から立ち去ったのだった。
その後、別れ際になっても、結局アミールの顔をまともに見ることができなかった。
完全に意識してしまっている。
やはり、これも強制力なのだろうか。
でも、だったら、やはりルーナの方を誘わないのはおかしい。
彼が言う"演劇"は、このゲーム世界において、聖女試験にも絡んでくる重要なものだ。
世界を正しい流れに収束させるというならば、アミールが僕にいつまでも執着するのは明らかに間違っている。
「もう、何が何だかわからないよ……」
帰りの馬車の中で、空を見上げながら、ため息を吐く。
こんな時に妹に助言をもらえればいいんだけど、生憎、見上げた2つの月には、まだまだズレがある。
次に妹と話ができるのは、2つ目か3つ目の聖女試験が終わった後になるだろう。
それまでは自分で考えて、行動しなければならない。
「姉様、なんだか元気がないけど、疲れた?」
「あ、いえ、そんなことはありませんわ」
横に座るフィンに僕は微笑みかける。
馬車の中を見回せば、1日中はしゃいで疲れたのであろうルーナとルイーザがお互いに肩を寄せ合って寝息を立てていた。
ミアも、ついさっきまでなかなか怒りが収まらない様子だったが、怒り疲れたのか、いつしか僕の膝の上で瞳を閉じている。
穏やかな表情の彼女達の寝顔を見ていると、どこか焦燥に駆られていた気持ちが、少し落ち着いたような気分だった。
「今日という1日は、大切な宝物になりましたわ」
優しく、ミアの魔力の籠った髪を撫でる。
彼女にとっては、初めての外出だ。
最後こそ怒らせてしまったが、楽しい1日を過ごせたことは、何ものにも代えがたい宝だった。
「ミアも満足してるよ。もちろんルーナとルイーザさんもね」
「そうだと良いのですが。……ところで、フィン。"あれ"は上手く選べましたの?」
「ああ、あれね」
フィンは隣を走る父の馬車の方を少しだけ気にしながら、声を潜める。
「大丈夫。材料はすっかり揃ったよ」
「決行は3日後ですわね」
「うん、僕の方でも準備はバッチリ進めておくよ」
色々今後について考えることはあるが、まずは目の前に事に集中するしかない。
安らかに寝息を立てるミアの髪を梳きながら、僕は頭の中で、フィンと考えたとある計画を反芻するのだった。
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